創作世界

□記憶を探した分岐点
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――自分の記憶が正しいだなんて、誰が確信を持ってそう言えるだろう。

生まれた街、卒業した学校、どれも実在する場所でありながら、
「自分がそこに居た記録」は何1つとして残っていなかったのだ。

自分の記憶が可笑しいと気付いたのは、
旅団に入って、初めて『故郷』に戻った日のことだった。







短い髪が風で揺れる。 伏せた瞳、右瞼には痣らしき痕。
飛空艇の甲板、その縁に肘を付いた彼は空模様をぼんやりと眺めていた。

気ままに旅をする・・はずだったが、
あの瞬間から旅の目的はガラリと変えてしまった。

無論今でも観光などを楽しむ気持ちは残っているが、
それ以上に『目的』の存在は存外大きい。

空が、綺麗だった。
記憶が微睡む瞬間を知った。

生まれたはずのアニティナで、自分が生まれた記録がないと知って。
大体1年ほどが経っただろうか。 手がかりらしい物は未だ0だった。


「(こんなにハッキリ覚えているのになぁ・・)」


記憶と過去というのは案外結びつかない物なのかもしれない。

本当は現実に起こったから記憶してる、のではないのかもしれない。
記憶しているものを、現実にさせたがっているのかもしれない。

何はどうあれ、現実、彼の記憶は正しい物ではなかった。

深くなりがちな溜息をつき、再度空を見上げる。
後ろから、誰かが近づいてくる音がしていた。

振り向くのとほぼ同時くらいだったか。


「や」


顔色を伺うように屈んだ白金色が視界に映り込んだ。
瞬きを繰り返す。 見覚えがある、女性だった。

「あっ」と呟いた彼は指をさして驚いたような表情を浮かべる


「『双重』の・・・!」
「久しぶり。 また会ったね」


1年ほど前、飛空艇の甲板で乗り合わせていた女性だった。
陽気な笑顔に細められたアメジストみたいな紫色の瞳も見覚えがある。

『双重』の異名が付いた彼女の活躍は今でも時折耳にしていた。


「へへ、見覚えあったから声掛けちゃった。
 えっと そんで、ごめん。 名前が 出て、こない」


申し訳なさそうに片手を上げて、唸るような素振りを見せる
『双重』エルフリーデに、彼は笑いながら「ソブラスだよ」と答えた。


「あーっそうそう! 去年1回会ったっきりなもんだから
 名前すっかり出てこなくて。 ごめんごめん」
「や、エルさん 寧ろよく俺を覚えてましたね?」
「だって同郷だもんね」


驚いている様子のソブラスに、彼女はケラケラと笑いながら答えた。
その単語に彼の表情が変わったことに、エルフリーデは気づけなかったが。


「1年越しの質問になるけれど。 里帰りは楽しめた?」
「・・・あー・・」
「え? 何その反応は」


渋るような反応を見せるソブラスに、彼女は疑問符を浮かべる。
飛空艇の縁に肘をついたまま、彼は困ったような表情を浮かべた。


「・・予定外のことが起こったっていうか・・
 予想も想定もできなかったというか・・・」
「? ・・・聞くけど、話す?」


陽気な笑顔を浮かべる印象が強かったエルフリーデがいつになく・・
と言ってもソブラスが彼女と会うのは今日で2度目だったが。

彼女がいつになく、真剣な表情をしていて。
綺麗な紫色の瞳をソブラスに向けたまま、自らを指していた。

去年の初対面時に、エルフリーデに話した内容のこともあり
彼はゆっくりと口を開いた。

あの後アニティナに降り、実家周辺に向かえば全く知らぬ街並みだったこと。
そもそも自分はアニティナ出身ではなかったこと。

それどころか、自分が存在していた記録が、
街にも学校にも存在していなかったこと。

自分の名前ですら、本名かどうかも怪しいことを。


「・・だからエルさん、同郷だって喜んでたっぽいけど、
 違ったみたいで。 申し訳なかったな、と」
「そんなの気にしてたの。 別にいいのに」


彼女はそう笑いながら手を振ると、落ち着いて「でも、そっか」と呟いた。


「記憶と現実が違うんだ」
「そう、ですね」
「不安じゃない?」

「・・・不安、ですよ。 だって本当は、
 今だってエルさんを見た時も、本人だったか心配だったのに」


彼は少し弱ったように息を吐き出した。

・・・去年会った時とは随分と状況と雰囲気が違うようだった。
エルフリーデは彼を横見に。 彼の背景には青空が映っている。


「・・・にしても」


彼女は小さく呟いた。
その声に反応したソブラスが振り向いてエルフリーデを見つめる。


「その内容、よく私に言ったね。 結構内容が・・アレだけど」
「・・まぁ、謝らなきゃって気持ちがあったのと
 これを言わないことには伝わらないんで・・・ 寧ろ、」


そこまで言いかけた彼が彼女をじっと見た。
本人は瞬きを繰り返して疑問符でも浮かべんばかりの表情。

ソブラスの唇が微かに開く。


「・・なんていうか・・こっちが驚くくらい 驚かない、んだね」


数秒、ふっと笑みを浮かべたエルフリーデは
飛空艇の縁に背を向けて空を見上げた。


「高校のセンパイがさぁ、すんごい人でねぇ」
「? うん」


突拍子のない発言に、次に疑問符を浮かべたのはソブラスだった。
エルフリーデは笑みを浮かべたまま続ける。


「その人からぶっ飛んだ話を聞きまくったせいかなぁ」
「っはは、そんなに凄い先輩なの」
「もー凄い、もー凄い。 特徴言ったらすぐ本人がバレるくらい、
 目立つ人だからあまり口にしては言えないんだけどね」


ケタケタと笑みを見せた彼女は浅く息を吐き出す。
アメジストのような紫色の瞳がソブラスと見つめた。


「・・だから、驚いてはいるけれど 嘘だとは思ってないよ」
「・・・ありがとう」


彼女の真っ直ぐな声色に、ソブラスは安堵した表情を見せた。

少し笑みを浮かべた彼は再度空を見上げる。
スッキリしたような、落ち着いたような表情をして。

悩んだような表情をしたエルフリーデが、
「あー・・」と何か思い当たったかのように呟く。


「・・・ソブラスのー・・過去の記憶って、平和な奴?」
「平和、じゃないかな。 そりゃ多少嫌な記憶もあるけれど、
 それも含めてある程度一般的な人生歩んでるような・・そんな記憶だよ」
「・・・なら、案外そっちの方が幸せかもね」
「?」

「嫌な記憶にほど鍵が掛かるんだってさ。
 抑えた結果がそれならば、掘り起こさない方が懸命なのかもね」


ゆっくりと息を吐き出しながら、そう放ったエルフリーデ。
彼女の瞳はどこかを、真っ直ぐ見ていた。

真剣な意思を湛えたアメジストを見ながら、ソブラスは少し眉尻を下げる。


「・・そうかも、ね。 モヤモヤしてるよりは、
 ハッキリした方が気楽かなーとも自分では思ってて」
「それは そうね、気持ちは分かるよ」


頷き、透き通らんばかりのアメジストの瞳を伏せて、
空を見上げるソブラスを横目に見た。

本当だと信じていた嘘を平然と告げてしまった、1年越しの謝罪。

彼の答え合わせはいつになるのだろう。





記憶を探した分岐点



(あんたが思うよりも、きっと、真実は残酷なんだろうね)

(そんな気がするんだ)
(・・・何故かは分からないけれど)

(無事でね、なんて 言えなかった)






1年越しの謝罪編。


ソブラス・ヘリッヌ
  記憶と現実が合わない系旅団員。 自分の名が本名なのかさえ分からない
  幸運なことに旅団員登録による手続きは正式に受理されていた。
  どうやら旅団員手続きの時は現実・・である可能性が高いかもしれない。

エルフリーデ・レヴェリー
  旅団員『双重』 去年から髪がほとんど伸びてない。 多分切ってる
  彼女の言う「すんごいセンパイ」って言えば騎士団部隊長経験があって
  闘技大会世界部門優勝経験があって今は旅団十二使してるとかいうあの人





 

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