創作世界

□事件後彩る桜と蝶
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陽は長くなり、蒸し暑い季節になった。

腕を上げて後頭部で手を組んだ彼は、
隣を歩くクラスメイトの友人カデンの話を聞きながら、
学院の廊下を歩いて窓から空を見上げた。

廊下の開かれた窓からは涼しいとは言い難い生温い風が入り込み、
彼の色鮮やかな紫色の髪を揺らした。

彼と友人を含む、廊下ですれ違うほとんどの生徒は半袖で、
季節が1つ過ぎたことを感じさせる。


「もうすぐ闘技大会かぁ」
「あー、そういや来月末か」
「ディスは参加すんの?」
「俺?」


カデンに話を振られ、ディスと呼ばれた彼は目線を空から外した。
少し日焼けした腕越しに、耳が横に伸びたエルフ種族である彼が頷く。


「去年参加してたじゃん。 やたら良いとこまで行ってたし」
「あれは腕試しっつーか、アイツとの比較を見たかったっつーか」
「比較ってメーゼ?」
「それ」

「お前あの美人な幼馴染を『それ』呼びとか一部の男子が抗議しに来るぞ」
「幼馴染っつーか腐れ縁っつーか・・あーもういいや」


会話を投げたように笑うディスに、彼は小さく口を尖らせた様子だった。


「お前もメーゼも1年の時点でやたら強かったよなぁ。
 高校部門とは言え、1年で余裕で参加権あったのがすげーよなぁ」
「まぁ俺らに基礎教えた先生がね」
「地元の?」
「そ」

「たまにその先生の話聞くけど、そんなすげー人なん?」
「すげー人だよ」


彼はクツクツとした笑みを見せる。

カデンは詳細を聞きたそうにディスを眺める。

メーゼやディスに「先生」の詳細を聞こうとしては幾度かはぐらかされている。
訊いても答えないと悟ったのだろう、今回カデンがそれ以上言及しなかった。

そろそろ教室、教室内に入ろうとしたカデンが
何かに気付いたように、廊下の先に目を向けた。

「お」と呟いた彼の声につられて、ディスも足を止めて顔を上げた。

肩ほどの蒼い髪の女生徒がこちらに向かって歩いてきていた。


「噂をすればメーゼだ」
「・・・?」


疑問符を浮かべたのはディスの方だった。

蒼色の髪、廊下を歩くその足元が、心なしか覚束ないような気がして。
よくよく見れば彼女の視点、焦点が合ってないようにも見える。


「メーゼ、っ」


すぐ近くに居たカデンが聞き取れるかどうかの声量で、
彼女を呼んだディスがメーゼへと駆けた。

異変の前兆。

ふと歩は止まり、メーゼの身体がぐらりとフラついた。

彼女が倒れ込む寸前、ディスがメーゼの腹に腕を回して彼女の身体を支える。
微かに乱れた息は、彼だけが聞いていた。

メーゼの異変に廊下に居た生徒達がざわつく。
そう経たぬうちに教室に入りかけたカデンも2人へと近付いた。


「うそ、 メーゼ、顔真っ青」
「メーゼ、意識ある?」


メーゼの腹を支えたまま、ディスが彼女に問う。
返事はなく、彼女の乱れた息は廊下の喧騒に掻き消された。

ディスは数拍悩む表情を浮かべると、彼女を座らせるように下ろした。
彼はその隣にしゃがむようにして、彼女の顔色を伺う。

寝顔にしては表情は辛そうで、眉は寄せられ瞼は閉じられている。
血の気が引いた真っ青な顔と、赤みの消えた唇がそれを物語っていた。

半袖である彼女の左腕にはテーピング・・・が、珍しく巻かれていない。

彼女の左腕、肘から手首に掛けて浮かぶ紅桃色の桜は、
父方の家系から来る物なのだと本人が言っていた。


「・・なんか、見たこともないくらい顔色悪いな」


彼はメーゼを自身の身体に抱き寄せて、倒れないように固定させた後、
腰に巻いていたブレザーを解き、スカートである彼女の脚に掛けた。


「医務室連れてく。 両手塞がるからさ、
 ドアの開閉役にカデン来てもらっていい?」
「あ、それは勿論いいけど。 無事、なのか?」
「多分気失っただけ・・貧血かな」


ディスはメーゼの脇下と膝裏に腕を通すと、
「よっ」と一言、彼女を横抱きで持ち上げた。

顔色悪そうなメーゼを抱きかかえ、ざわつく生徒達の間を抜け
カデンを先頭に医務室へと向かう。


「・・・緊急とは言え、さぁ」
「?」
「メーゼがお姫様抱っこされるのってディスくらいなもんだよな」
「今それどころじゃねーだろ」


クラスメイトの素朴な本音混じりの発言に、ディスは苦く笑う。

校舎の廊下を進み、階段を下り始める。
階段を下りて行く途中、彼女が小さく「ん・・」と唸った。


「あ、起きた?」


階段を下りながら、ディスは彼女へと目を向けた。

彼女は返答こそせず黙っているが、意識だけは戻ったようだった。
長い睫毛が伸びた半開きの瞳は、不定期に瞬きを繰り返している。


「医務室まで連れてこうとしてる。 休んでていいよ」
「・・・そ、か」


数拍の合間の後、頷いた彼女は瞼を閉じた。
その様子をカデンが、階段の下から見上げている。

階段を下りきってすぐの医務室に、カデンが一足先に入って行く。
先生に説明をしているのか、医務室から話し声が聞こえる。

彼女を抱きかかえたまま、ディスが医務室に入ると
先生が少し驚いたように駆け寄った。


「せんせ、こいつ倒れたからベッド1つ貸して」
「わ、メーゼさん災難ね・・・」
「これ原因貧血?」
「『例の件』があるから、貧血の可能性は高いと思うわ」


先生はカーテンが開かれたまま、空いているベッドを1つ指した。
メーゼを抱きかかえたまま、指定の場所へと向かう。

ディスはベッドにメーゼの寝転がせると、
彼女の脚に掛けていた自身のブレザーを回収して腰に巻き直し。

足元に置かれているタオルケットを彼女の腹から下へと掛けた。

様子を伺いに来たカデンがメーゼの様子を一目見る。

時間を確認しようと医務室内の時計に顔を上げれば、
そろそろ次の授業が始まる時間だった。


「そろそろ」
「ん、そーだな」


促すカデンに頷き、メーゼの顔色を伺った後歩き出す。
・・・歩き出そうとしていた彼の足は一歩も出されぬまま停止した。

ベッドから伸びる細い右腕。
彼が腰に巻いたばかりのブレザーを、メーゼが弱々しく握っている。

顔色悪いながらも切実な表情で、彼女はディスを見上げている。


「いかないで、」


微かに、掠れたような震える声で確かにそう呟いた。
滅多に弱みを見せない彼女が、彼を引き止めていた。

幼き頃から共に居たディスは驚いたような表情で。

無理もない、高校生のメーゼしか知らないカデンまで
大層驚いた表情をしてるのだから。


「・・どうした?」
「・・・怖い、 ・・今は、特に」
「・・・あー、」


彼女のこれほどまでに切実な「怖い」を、初めて耳にした。
理解したような唸りを見せるディスに、カデンは少し首を傾ける。


「えっと・・どうするよ?」
「あー、サボリ! って先生に言っといて!」
「待って俺がそれ言うの!?」
「言っといて!」


ゴリ押しで頼みかけるディスに、カデンは頬を掻きながら浅く息を吐き出す。

教室に戻ろうと、その場から離れるカデンをディスが名を呼んで引き止めた。
足を止めて、疑問符を浮かべたままディスへと顔を向ける。

メーゼの脇に立つ彼は、口元に人差し指を寄せて
申し訳なさそうに笑っていた。


「今の、誰にも言わないでやって」
「・・りょーかい」


了承の意を唱えた彼は、先生に一言挨拶した後医務室を出て行った。

ディスは数歩進み、医務室滞在の先生を呼ぶと
「小説とかで良いから本1冊貸して」と声を掛けた。

ベッド脇に置かれている椅子を引き、腰を下ろす。

微かに瞼を開いた彼女は、椅子に座ったディスの様子を視認すると
少しだけ安堵したような表情を見せた。


「・・寝て、いい・・・?」
「いーよ、寝てれば。 起きるまで居とくから」


投げ出されたメーゼの右手に、自身の手を重ねる。
彼女は自分の手と、ディスの手を視界に入れた後、微睡み瞼を閉じた。

程なくして鳴ったチャイム、メーゼはすぅと小さく寝息を立て始める。
彼女の手は、暑い気候のわりに少しひんやりとしている。

数分後、医務室の先生が渡した小説を手にし、ディスはそれを読み始めた。


序章が半分ほど行った辺りで、寝返りを打ったメーゼを視界に
ディスは読むのを中断し、彼女の様子を伺った。


「(・・まぁアレがあった後だもんな、無理もないわ)」


浅く吐き出した息。 全貌を知るのは結局彼女1人だけだ。

ふと、寝返りの際に投げ出されたらしい彼女の左腕が目に留まる。
テーピングされていない細い腕は、綺麗な桜の模様が浮かび上がっている。

・・・いや、それだけじゃ、無い。

彼は起こさないように、メーゼの左手首を掴んだ。


「・・・・蝶、?」


彼女の細い腕に浮かぶ、色鮮やかなまでの紅桃色の桜と深い紫色の蝶。

現実で桜に蝶が寄るのを見たこと無いのは無論、
細い腕にその組み合わせは、異様にも感じた。





事件後彩る桜と蝶



(・・ん、 ・・・おはよ)
(おはよーさん)
(・・・・増えてる?)
(それ言おうと思ってて。 この間まで無かったよな、その蝶)

(え、えぇー・・・これはちょっと・・派手すぎるわね)
(家系で浮かぶのは知ってっけど、蝶まで浮かぶっけ)
(聞いたことない・・親族の中で私が一番濃いとすら聞くけど、)






学生時代。 彼女の左腕を描写したのはこれが初めてのような気がする

ディス・ネイバー
  メーゼの腐れ縁。 彼女の異変にいち早く気づくのはやはり彼である。
  1年生の時に、闘技大会に出場している。 今年度は思案中。

カデン・アガフィア
  メーゼ、ディスの同級生でクラスメイト。 エルフ種族。
  存在こそ前々から考えていたものの、見た目はほとんど定まっていない

メーゼ・グアルティエ
  襲撃事件から1週間も経ってない事件の張本人であり被害者。
  半袖時は基本的に左腕にテーピングをしている。
  腕の模様が派手だからとの理由で隠しているが、同級生の女子には不評





 

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