創作世界

□金色に映るユークレース
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陽は随分と傾き、薄暗くなってきた頃だった。

各家では夕飯に準備に取り掛かっていても可笑しくない時間にも関わらず、
帝都レーヒルの中心部を道行く者は多い。

その人達が、これから家に帰るのか、
どこに向かっているかまでは判別が付かないが。

グリフェン帝国、帝都レーヒル。

帝国の中心であるレーヒルは、国内最大規模の街であり活気づいている。

帝都レーヒルの中心部周辺では、未だに露店がいくつか並んでいる。
半分ほどはもう店じまいを始めているようだ。

人混みに紛れた男が1人、不意に足を止めた。

夕焼けで微かにオレンジ色に照らされた白髪。
その髪をかき分ける、エルフ種族特有の横に長く伸びた耳。

青年の右頬には色鮮やかな赤い印が刻まれている。

黒のロングコートのポケットに手を突っ込んだまま、
彼は金眼の瞳で、どこかを見上げている。

指摘されただけでは分からないほど微かではあるものの、
青年の瞳は確かにそれを捉えていた。

薄く、薄く、遠くの空に伸びた真っ白な光の柱。

金色の瞳を幾度か瞬きを繰り返し、彼は小さく口笛を吹いた。
青年は見上げたまま、口端を吊り上げる。


「おっ、そこのエルフの兄ちゃん、よかったら見ていかねぇかい」


青年のすぐ脇にあった露店から、男性の声が掛かる。
振り向くと露店の中に、中年ほどの男性が店番をしていた。

露店に売り出されている品はほとんどが装飾系の物らしく、
ピアスやネックレス、ブレスレット等がずらりと並んでいた。

店主は青年の耳をちらりと見やる。
エルフ耳にはシンプルな金色のピアスが両耳に1つずつ付けられている。


「兄ちゃんのピアスは貰い物かい?」
「いんや、自分で買った奴」
「ほーう、お気に入りの品なのかい?」
「愛着ってほどはねぇなぁ」

「そんなら、気分転換にでも新しいピアスはどうだい?
 いろんな種類を取り揃えているよ」


いくつかの質問からの、この引き込み文句。

このピアスが貰い物だと答えれば、きっと店主は
「お返しにこれらはどうだい?」とでも言うつもりだったのだろう。

そこまで予想は付いたが、だからと言い、どうということはない。

「ふぅん」と零しながら、口元に手を寄せ商品を見比べた。
確かに屋外、個人の露店にしては種類が豊富と見える。

彼が耳に付けているような装飾が施されていないシンプルなピアスから、
凝った装飾のリング状のものから、ぶら下がるタイプのものまで多種多様だ。

やがて彼は金色の石が嵌められた、比較的シンプルなピアスを指す。


「これ在庫いくつくらい?」
「え、在庫かい? えーっと……15点かな」
「それじゃこっちは?」


すかさずその近くにあった小さなリング状の金色のピアスを指す。
店主は在庫の確認をしながら「こっちは……7点だな」と答えた。

青年は少々悩んだ表情を浮かべた後、
一番最初に指した金色の石がはめ込まれたピアスの方を手に取った。


「こっちの方10点買ってっていい?」
「毎度……えっ、兄ちゃんそんなに買うのかい?」
「あ、ちゃんと金あるよ。 適当に詰めて」
「ま、毎度!」


在庫を置いているのであろう棚から、青年が指したピアスを10個取り、
袋に詰めていく店主の姿を横目に、彼は先程見上げていた空を見つめた。

薄く、微かに空に昇っていた光の柱……は、今はもうその姿を消しており、
周囲と変わらない暗がりの空と雲があるだけだった。


「(……待ってた)」


待っていたんだよ。

口元を緩め、薄く笑みを浮かべた彼は、
やがて空から視線を外し懐から財布を取り出した。


「いやぁ、同じピアスをいくつも買う客は兄ちゃんが初めてだよ。
 一体何の用途なんだい? これ訊いてもいい奴かい?」
「同じの使いたいって奴が居てさぁ。 そいつにくれてやっかなーって」

「同じピアスを、いくつもかい?」
「そ。 変な奴だよなぁ」
「そうだねぇ、何に使うんだろうねぇ……」


全く予想が付かないようで、首を傾げながら袋詰作業を行う店主と、
会話をしながら彼は財布から何枚かのコインを取り出す。

支払いを行おうとする青年の目が、財布ではなく陳列棚へと留まった。

紅色の石が付いたピアスと、海色の石が付いたピアス。
対照的なその色に惹かれて1つずつ手に取った。


「なぁ、こっち2つ自分用にもらっていい?」
「毎度!」
「キレーな色してんね。 紅色の方はガーネット?
 青いのはサファイア……じゃないな、なんだこれ。 ていうか高ぇな」


手にした海色の石が嵌められたピアスの値札は、
他の物よりも一回りも二回りも高い数字を示している。

青年が手にした海色の石を見て、店主は納得したように「あぁ」と呟いた。


「そいつはユークレースだね。 石としては割れやすくて、
 装飾品や宝石として加工されたものは凄く貴重なんだよ」
「へぇ。 だからやけに高いの」

「珍しくてなかなかお目に掛かれる品じゃないけど……
 ユークレースは、ほら、色がうんと綺麗だろ?」
「……そーね、気に入ったよ」


先程、静かに思いを馳せた誰かを連想させる。

脳裏に浮かんだ「彼女」と重ね合わせるように、
彼はユークレースと呼ばれたその石を、金色の瞳を細めて見つめた。





金色に映るユークレース





(……うわ、ユークレースってそんな希少なの。
 出会うことが奇跡とすらまで言われてんじゃん、露店侮れねぇな)
(何? ピアス買ったの? あら、良い色)
(これすっげぇ値張ったよ。 割れやすいらしーから触んなよ)
(もう早観賞用になってんじゃない)

(ん、あとこっちはお前用。 ピアス10点)
(あら、ありがと。 いくらした?)
(20くらい)






ユークレースは色がとてもとても綺麗なので、
是非画像検索等で見ていただきたい。



 

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