創作世界

□旋律奏でる第3部隊長と
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アルヴェイト王城の一室、グランドピアノが1台置かれた部屋。

長い桃色の髪を結い、黒いグランドピアノに向き合っている若い女性は
白い鍵盤に指先を添え、いつか弾いていた曲を演奏する。

指をなぞらせながら、沈む鍵盤を指先に感じながら。

楽譜も無しに曲を奏でる彼女は弾き慣れた様子だった。

アルヴェイト王国直属シェヴァリエ騎士団。
ピアノを演奏する彼女はその第3部隊長である、ヨエナ・プレシアンスだ。

もっとも彼女が部隊長に就任してからまだ1年にも満たず、
ひよっこ部隊長であるのもいいところではあるが。

元々第3部隊兵士の1人に過ぎなかった彼女が、
ピアノが置かれたこの部屋で演奏する姿はある日を境に度々見られた。

前第3部隊長とのヴァイオリンとのセッションが行われることもあり、
一時的ではあるものの彼女達の演奏は密かに兵士達に流行っていた。

ヴァイオリンを弾いていた前部隊長が退任し、
前部隊長の指名で部隊長に就任した彼女は職務を全うするのと同時に。

1兵士だった頃とは段違いに忙しくなり、
ピアノに触れる機会がめっきりと減った。

最近になってようやく、部隊長としての生活が落ち着いてきたのか
ヨエナが生活の合間にひっそりとピアノを再開したことを知る者は少ない。

セッション時には開け放たれていた扉も今は閉じられたまま、
部屋の前に人が群がることも今はもう無い。

意図したものではなかったが、彼女自身ピアノからは幾度か離れていた。

ただピアノを弾くこの瞬間は落ち着く。
忙しい生活から離れ、趣味であるピアノを弾く時間は心の安寧そのものだ。

なんだかんだピアノの元に戻る辺り、
自分はこれを弾くのが性に合っているのだろう。

趣味の範囲ではあるし、プロなんて言葉はほとほと遠い腕ではある。
それでも、きっと死ぬまで続く趣味になりそうだった。

ピアノを弾くヨエナの表情が、一瞬和らぐ。

ピアノでの音色とは別に、脳裏にだけ響くヴァイオリンの旋律。

彼女のヴァイオリンのセッションは、
何度もと呼べるほどの回数はこなせなかった。

最後に前部隊長のヴァイオリンを聴いたのはもう1年も前だ。
それでも耳に残っている・・・綺麗だった。


演奏していた曲がエンディングを迎えると、
ヨエナは満足したような表情を浮かべて、鍵盤から手を離した。

鍵盤の上に布を被せ蓋を閉じ、椅子を引きその場に立ち上がる。

室内を一回り確認した彼女は、その部屋から出ていこうと
王城の廊下へと続く扉を内側に引く。

その部屋から出ていこうとする、はずのヨエナの足が止まった。

扉を開けてすぐ、こちら側の壁にもたれ掛かり腕を組んでいる少年の姿。
色素の薄い紫色の髪に、目を伏せた彼の顔はまだあどけなさが残る。

少年はゆっくりと目を開くと、
扉を開けたまま硬直しているヨエナの姿を目に留めた。


「・・・もう終わりか?」
「・・し、シオリビア王子・・・い、いつから」


ヨエナは取り乱すほどではないが、確かに動揺した様子を見せた。

シオリビア王子と呼ばれた少年の身なりは整っている。
少年はヨエナの言葉に返事はせず、少し思案したように口を開いた。


「・・・やはり扉越しまでの気配には気付けないのが本来か。
 基準が可笑しいとは言うが、あいつが言えた発言じゃないだろう・・・」
「お、王子?」
「5分ほど前から居た」


タイムラグが生じながらも、ヨエナの問いに返事を行ったシオリビア。

彼は腕を組んでいたのを解き、凭れていた壁から離れてヨエナを見つめた。
2人の身長差が然程無いからか、目が合うのは容易だ。


「上手いんだな」
「きょ、恐縮です・・・」
「・・緊張してるのか?」
「聞かれてたことと、相手が王子だったことで半々・・・」

「ピアノは、よく弾いているのか?」
「良くて週3です。 あまり時間が取れなくて、」
「・・・流石に部隊長は忙しいか」


シオリビアは少しだけ目を伏せ、どこかに視線を落とした。

シオリビアとヨエナの面識はほとんど無い。
互いに存在と顔を知っているレベルのものだ。

元々王子が騎士団に関与する機会が少ないために、
シオリビアと親しい仲である騎士団員の方が異常なまでに珍しいのだが。

彼は少しだけ顔を上げ、ヨエナを見つめる。


「また、聴きに来てもいいか」
「つ、拙い演奏でよろしければ」


少々驚いた様子を見せつつもそう答えたヨエナだが、
その返答を受け取った少年は表情を変えずに居た。


「・・人よりできることは卑下しない方がいい、と メーゼが言っていた」
「・・・!」
「自らの腕の評価を低く見積もると、
 その腕を知るはずの者も『そうかも』と思わせかねない・・とは思う」


ほとんど変わらない表情でそう告げたシオリビアに、
彼女は小さく口を開いたまま、王子の言葉を耳にする。

数秒の沈黙。 ふとシオリビアは口元を緩め、柔らかい笑みを浮かべた。


「充分綺麗だった。 また来る」


比較的端正な顔立ちである彼は、あどけなさの残るなりに美麗な笑みを見せ、
マントを翻しながらその場を去り、廊下を歩いていった。

彼の言葉に何も返せず、廊下を歩いて行く王子を後ろ姿を
中途半端に部屋を出たままのヨエナが見送る。


「(・・・腕組んで凭れてた王子の体勢、メーゼさんにそっくりでした、)」


部屋から出ることもせず、瞬きを繰り返しながら。
シオリビアの姿が見えなくなっても、彼女はしばらくそこに立っていた。





旋律奏でる第3部隊長と



(おぉ、シオンじゃねぇか。 どうしたんだ?)
(寄り道に寄り道重ねた)
(おおう、珍しいな・・お前さんが気を惹くもんでもあったか?)
(・・・メーゼの後任の・・・今の第3)

(ヨエナのことか?)
(そう。 ピアノ弾くのか?)
(あー・・・去年までは結構弾いてたらしーなぁ。
 メーゼとのヴァイオリンセッションが兵に人気だったとかなんとか)
(・・・・)






久しぶりの騎士団編。 シオン王子初登場回。


ヨエナ・プレシアンス
  前任部隊長であるメーゼの指名により、
  ここ1年以内に騎士団第3部隊長に就任した。 22歳。
  趣味の腕ではあるが、一時期はほぼ毎日ピアノに触れていたため、
  学校の音楽祭等で伴奏役を任せられる程度には上手い。

シオリビア・アルヴェイド
  アルヴェイド王家の第一王子。 16歳。 下の兄弟姉妹は居ない。
  当時19だったメーゼが部隊長に就任した際、彼は11歳と思われる。
  年が近いというきっかけからメーゼと話す機会が増え、
  人外じみた彼女の教えを強く受けた1人。 元々物知らずなのは否めない。
  蛇足だがランドルとの会話での一番最後の沈黙は「俺それ知らない」の意。

メーゼ・グアルティエ
  もう言わずもがなって気がしている例のアレ。
  元騎士団第3部隊長であり、今現在は旅団十二使の一角を担う『夜桜』
  やらせたら粗方こなせる天才肌な彼女が一番得意だという楽器が、
  楽器の中で難しいと言われる筆頭ヴァイオリン。 兄の影響。

ランドル・プルーデンス
  最後の方でシオリビアの会話した騎士団第9部隊長。
  まぁまぁ良い年したおっちゃん。
  シオリビアの愛称であるシオンを呼べる数少ない1人。
  高校生だったメーゼを騎士団に勧誘したのは彼。





 

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