創作世界

□眠れない彼女の眠る条件
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「ベッド借りていい? 流石に少し休みたいわ」
「構わないが」


了承が取れた彼女はゆっくりと息を吐きながら、
彼が端に座っていたベッドへと潜り込んだ。

藍色の瞳は閉じられ、海のような長く蒼い髪は白いシーツに散らばっている。

その一室に居るクロウカシスとディスは、
彼女の様子を無言ながらも見つめていた。

ベッド脇に座るダークブロンドの髪と左耳にシルバーのリングピアス。
手元には小説本があり、つい先程まで読まれていた形跡すらある。

大層端正な顔立ちである彼女、メーゼは人前で滅多に寝顔を見せない。
そもそも休んでいるのかすら危うい。 一応宿は取っているようだが。

そんな彼女の姿の珍しさからか、クロウの視線は自然とメーゼへ。

更にメーゼとクロウを遠巻きに、ベッドからは少し離れたテーブルの椅子に
座っていた色鮮やかな紫色の髪をしたディスは無言ながらも見つめていた。

頬杖をしたまま、手元にはタブレット。

タブレットの画面には旅団関係のページが開かれているので
粗方情報収集中だっただろうと推測できる。

その情報収集も今は中断されているが。

・・・一定の静寂。

一室に小さく広がった、微かな寝息は不定期であったものの、
彼女が眠りに落ちたと予想するには充分だった。


「・・・・・」
「クロウ」
「?」


無言でメーゼを見つめていたクロウが、
テーブルの方から名を呼ばれて顔を上げる。

眠ったメーゼを起こさないためか声量は抑え気味のようだが聞き取れる。


「俺は今、ちょっとだけ驚いている」
「・・・メーゼが眠ったことに?」
「半分。 クロウの隣でメーゼが眠ったことに」


いくら声量を抑えてるとはいえ、少々の距離がある。

眠りが浅い人間であれば目を覚ましそうな声量だが、
ディスはあまり気にせずに答えていく。

どちらかというと声量を抑えているのは、
メーゼの睡眠が珍しいと思っているクロウの方だ。

ディスは椅子から立ち上がり、メーゼが眠っているベッドの端に腰を下ろす。

彼女越しではあるが、一応会話の距離は縮まったことから
声量はもう少し下げられるだろう。


「・・傍らで話していては起きるんじゃないか」
「や、意識切れてっから案外起きないよ」
「メーゼが、寝る瞬間見せるのは珍しい」
「そうだな」


当の本人は右肩を下にし、瞼を閉じて小さく寝息を立てる。

実年齢よりも大人びた表情を見せることが多い彼女だが、
こうして眠っている場面を見ると、年相応のようにも思う。


「俺も、俺以外の人が居る前で寝入る瞬間は初めて見たよ」







メーゼという者が、人前で寝ないのは今に始まった話ではない。

隙を見せない、単に昼は寝ない、後は単純に彼女らしい。
いろいろ予想は挙げられるが、どれも理由の一端に過ぎない。

その上で核には程遠い。

彼女は『眠れない』のだ。


「ま、言うて人だから睡眠は必要みたいだけどね。
 条件が揃わないと、ってとこが若干難儀だけど」


メーゼと腐れ縁だという彼は言う。

眠るのが怖いという彼女の本意は、
自分の意識が「其処」に無いことに恐怖を感じるのだという。

要は彼女の意識代わりになり得る人物が傍に居ればいい。

彼女が信用、信頼している者であること。
その上でメーゼとある程度戦えること。

対人戦闘に強い、対人であれば十二使最強という説まである彼女と
『サシである程度戦える』という条件は予想以上にハードルが高い。

その上で隙のない、メーゼが信用する相手となると相当絞られる。


「・・・お前はよく見ているような口ぶりだったな」
「これ高校の時からだからね。 当時に居合わせてっからよく知ってるよ」
「条件とやらは・・今回俺を含むのであれば、俺とお前の2人だけか?」
「騎士団の先輩にもう1人居るっぽい」

「・・3人?」
「本人曰く、十二使にもう1人頼れそーな人が居るらしいけど思い当たりは?」
「・・・・」
「・・・・」

「・・・ミーザ?」
「ミーザ?」


名に思い当たりが無かったらしいディスは首を傾げた。

2人の対話に挟まれているはずのメーゼは起きる様子を見せない。
条件が揃わない時は寝ていないに等しいのだ、無理も無いだろう。

挙げた名にそれ以上クロウが口にすることはなく、
代わりにすぐ傍で眠るメーゼを見やった。

・・・寝顔が年相応、 いや、それよりも多少幼いと思うのは、


「(当時の面影が、ということなのだろうか)」


メーゼの顔に掛かった髪を耳に掛けようと指を伸ばす。

彼女の目を覚まさずに成された目的。
その手は続いてメーゼの頭を優しく撫でる。


「・・まぁ、死に恐怖する概念はあるみたいで
 人らしい一面が残ってるのは俺としては安心するけれど」
「・・・・」
「本人が聞いたら怒るかな」


少し申し訳なさそうに笑うディスに、クロウは黙ったまま。

一区切りついたのか、ディスは大きく背伸びをすると、
ベッドの上に散らばっていたメーゼの髪をまとめた。


「クロウ起きててくれんなら俺も寝よ」
「おい」


言うやいなやクロウの制止も聞かずに、眠るメーゼの隣に寝転がり
ベッドに潜り込んだディスは、彼女を一瞬見やると数秒もせずに瞼を閉じた。

・・・しばらくして室内に響く2つの寝息。


「・・どうしたものか」


ため息混じりに呟かれたその声は、本人しか聞こえずに。
どちらかが目覚めるまでは席を外すことができなくなってしまった。





眠れない彼女の眠る条件



(鮮やかな紫と、海のような蒼)
(2人はそれを対とする)


((・・・・まるで子供みたいだ、))






クロウが借りた一室にて。


メーゼ・グアルティエ
  眠れない、眠らない。 何故起きてまともに活動できているのかが
  不思議なくらいには彼女は眠っていない。 高校2年の頃から。

クロウカシス・アーグルム
  人並みには睡眠取ってる。 メーゼが眠そうにしている瞬間すら
  見たことがなかったので、正直不思議に思っていた。

ディス・ネイバー
  足りるように寝てる。 メーゼが眠れなくなったその境目を知っている。
  メーゼの部隊長時代、ちゃんと寝てるのかと割りかし本気で心配してた。





 

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