創作世界

□姫とリコリスの花
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「姫ー、居るー?」
「開いておるぞ」


ノックも無しに扉越しに投げかけた声に返事が来るのに
そう時間は掛からなかった。

まるで王族の部屋のように装飾が豪勢な、
両開きの扉の片方に手を掛けて扉を引く。

身体が通れるほどの隙間を開けて室内に滑り込む。

室内は一室にしては相当広く、アンティーク調の物で揃えられており、
扉の前には天蓋付きの黒いベッドが室内中央に鎮座している。

更に左手側の奥には驚くべき量の本が収まった本棚と、
その少し手前には随分と立派なテーブルと椅子。

右手側の壁には大きな窓があり、目当ての主はその前に立っていた。

赤混じりの黒い髪を長く長く伸ばし、その髪を高い位置でまとめ、
服はノースリーブ状のワンピース・・にしては
骨盤近くまでスリットが入っていて隙間から彼女の素足が伺える。

姫と呼ばれた彼女は、すんとした表情で来訪者へと振り返った。


「何の用じゃ?」
「ヘアゴム。 貸して」
「ぬ?」


白髪と金眼、種族が分かりやすい横に伸びた耳と金色のピアス。
右頬には色鮮やかな赤で印が刻まれている。

白いシャツに緩められてるネクタイ、そして黒いロングコートを身に纏い、
来訪者・・アインは距離があるながらも、片手の彼女に差し出した。


「なんじゃ、しばらく離れるのか」
「ん、トリメスの方まで。
 休暇ついでにあの辺りの魔力値測定頼みたいんだってさ」


アインに姫と呼ばれた若い容姿をした女性は、
奥に置いてあったチェストの引き出しを開け、ヘアゴムを一本手に取る。

姫の側まで歩いてきていたアインに手渡すと、
彼女は少し悩んだ表情を浮かべる。


「・・メイチェかフラージュ辺りにも足を伸ばすのか?」
「うん? 多分行くけど」
「成程、よお分かった。 これ、アイン」
「ん?」

「我も連れていかんか」
「え」


唐突な姫の発案に、黒い手袋越しの指に
ヘアゴムを通していた彼の動作が止まった。

少々渋い顔を浮かべた彼が、呆れたように息を吐きながら姫を見つめる。


「・・流石に姫の外出許可までは俺取れねーんだけど?」
「構わん、出発前に我が得てくる」
「直前に許可取る気かよ。 ・・・自動的に俺護衛かー」

「む? 護衛は要らぬぞ」
「そーゆーわけには行かねぇんだよなぁ」
「我は死なん」
「知ってる」

「1時間で準備するからどっかで待っておれ」
「あ、そんなもんでいーんだ。 部屋か談話室居るから終わったら呼んで」







――・・・姫が最後に外に出たのはいつだったっけ。
監禁されてるわけではないし、彼女が病気だということもない。

外に出て不自由があるとすれば、
それは「彼女が長年そこに留まる」こと他ならない。

そもそも姫は俺らの組織に属す人ではない。

にも関わらず、組織で一番と言っていいほどの良い部屋が与えられていて、
俺が組織に来るより以前からそうだったから、正直気にもしなかった。

不思議があるとすれば、外出しない人なのに筋力が衰えないことくらいか。
・・・それ以上に大きな不思議も無くはないけれど。


前髪を掻き上げて、人より少々重く作られた横髪も掻き上げる。
後ろに回した髪を、先程姫に借りたヘアゴムで数周。

両手に嵌めていた手袋を脱ぐと、手の甲に頬とよく似た赤い印。
手袋を近くにあったテーブルに置き、そばに置いてあった包帯を手に取る。

包帯を広げ、向かいにある鏡と見比べた。
包帯を左側の頭に掛け、右頬の赤い印を隠すように包帯を巻く。

幾度か繰り返して慣れた作業、包帯は右頬の鮮やかな赤い印を覆い隠した。

服も着慣れたシャツ、ズボンとロングコートではなく、
Vネック、カーディガン、サルエルと彼にしては珍しい姿だ。


「(・・・後は、)」


室内を見渡した彼は、傍に置いていた旅行用ケースの上に
置いていたタブレットを手に取る。

手袋を置いたのと同じテーブルへ、タブレットを置き、
幾度かの操作を続けるが壁に一面、表のような画面がズラリと。

更に彼はテーブルに現れたキーボードをしばらく打ち続ける。
画面は切り替わったが、先程と似たような表が画面へ。

[Brigade『Safali』 Fluggast lista−Especial]


彼はしばらく表を眺めた後、「ま、いっか」と呟いた。
タブレットをケースの中へしまい、手袋と包帯もケースの中に突っ込む。

程なくして扉からノックの音が室内に響いた。


「アイン。 準備終わったぞ」
「あ、許可取れた?」
「『我の行動を縛る約束はしてなかったはずじゃ』と言いくるめた」

「・・・これ俺に責任来ねーよな?」


扉越しに聞こえる姫の声に、少々眉を寄せながらもケースを引く。

部屋から出ると、先程着ていた服に上着を羽織った姫が、
扉のすぐ近くにある壁に凭れて、腕を組んで待っていた。


「そんじゃ行くか」
「ん」

「今更だけど連れて行けっつった理由は何?」
「今が時期なのじゃ」
「時期?」
「リコリスのな」







目的地はトリメス王国。 可能であれば各地で魔力測定。
休暇ついでの任務だったはず、が 突如姫を連れて行くことに。

2つほど街を跨いだ後、姫の外出理由である
希望を果たそうと花の街と呼ばれるフラージュへ。

ホテルに適当に荷物を放り込み、スーツケースの傍に掛けるように置いていた、
異様な雰囲気を醸し出す長方形のケースから彼愛用の大剣を引っ張り出す。

鞘に入れられた大剣を背負い、「行くぞ」と一言
ヒールでスタスタと歩き出す彼女の後を追った。

フラージュの街を出て、姫の案内で徒歩数十分。

幾度かの魔物の襲撃は、粗方魔術で片付けていたが
目的地に近づくごとに魔物の気配は減っていった。

代わりに流れる川の音と、赤い花畑。


「おぉ、咲きよるの」


ここら一帯の草原を覆わんばかりの赤い花。
茎から伸び盛り散らばった花弁は細く花独特の雰囲気を纏わせる。

花と言えば可愛い、綺麗を感じさせるものが多い。
それに比べこの花への感想は、美しい以外の言葉が正直思い浮かばない。


「この辺りは魔物の姿ねーな」
「リコリスは有毒じゃからの」
「・・メイチェ付近にたまに咲いてるのも魔物避け?」
「多分の」


そう答えながらリコリス畑を突き進んでいく姫の後ろ姿を見つめる。

黒以外にもう1つ色を当てるならと言われたら、
彼女を知る大方の奴が赤と答えるであろう彼女の足元に赤いリコリス。

その場でくるりと周る姫の顔立ちは充分すぎるほど整っていて、
容姿年齢に不相応なほどの大人びた表情。


「(・・映えるなぁ)」


高い位置で括られているにも関わらず、腰よりも長い髪を左腕で抱え、
彼女は足元にあったリコリスの花を1本手折った。

手に取った赤い花を見つめる色素の薄い紅色の瞳。


「・・・悲願の花と呼ばれるリコリスじゃが、
 昔は彼岸の花とも呼ばれておってな」
「彼岸?」


姫は手折ったリコリスを口元に寄せ、瞳を細めて口角を上げる。
・・こういった時の彼女の風貌は妖艶そのものだ。


「言うなれば、あの世のことじゃ」
「・・魂が向かうとこ、って奴?」
「そうじゃ」

「・・姫、そーいうの信じるんだ。 ちょっと意外」
「ふふ、長く生きてりゃ珍しい者にも会うでの。
 嘘を付いてるように見えんかったから信じた、それだけじゃ」


赤い花をその視界に入れ、瞼を伏せる。

・・さっきその花、有毒だと言ってた気がするけど
そんなに顔近づけていいものなのか一抹の不安が。

顔からリコリスを離した姫は、何を思ったのかしばらく花を見つめ。
俺の元へと開いていた距離を詰める。

リコリスの花を、包帯に巻かれた彼の頬に掲げるようにして。


「お主の頬の痣にそっくりじゃな」
「・・この花ほど派手じゃねーよ」


掲げられたリコリスを持つ姫の手首を逸らすようにして、花を遠ざける。

遠ざけられたことに嫌な顔はしなかったが、彼女は小さく笑みを浮かべると
背を向けて、また数歩リコリス畑へと歩き出した。


「――世界は随分と落ち着いたなぁ、ドレッドよ」





姫とリコリスの花



((お主が願った形かは知らぬがな))


(・・今日は挨拶だったの?)
(似たようなもんじゃな)
(リコリスが彼岸だから・・えー、『近い』みたいな?)
(他にも理由はあるが、まぁそんなところじゃな)

(ふーん・・ たまに言う名だよね。 人名?)
(ふふ。 今は誰も知らぬ伝説じゃよ)
(肝心の質問には答えられてねぇ気がする)






ニコタサークルでの9月お題「彼岸花」で一作。
彼岸花の別名。 悲願の花。

アイン・フェルツェールング
  書きながらこんな奴だったかなと思ったけど、まぁ大体こんな奴だった。
  旅団の敵対組織に属し、その上で一部の旅団関係者には顔が割れている。
  旅団提供の飛空艇に乗る時は、変装(軽度)ではあるが誤魔化している。


  外見年齢20歳の、赤黒のロングロングポニーテールの超絶美人。
  創作世界初登場。 外見に不相応な雰囲気を纏わす彼女にも理由が。
  彼女が着ているのはチャイナ服。 この世界にチャイナという概念は無い

Brigade『Safali』 Fluggast lista−Especial
  旅団『サファリ』 乗客表(特別)
  何を隠そう彼はハッキングしてるのである。
  ハッキング理由は出先で旅団幹部の十二使と鉢合わせないため。
  尚この世界は外国語入り混じりに付き、英字が全て英語とは限らない。





 

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