創作世界

□お目覚めですか、聖職者
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シルワの森の中心部から、湖の街ロトまで片道1時間半ほどか。

真昼にロトを出発して、巨大植物を撃破した頃には
もう昼下がりも良いところだった。

彼女は地べたであるも関わらず座り込み、
1度穴が空いた腹部に手を添えて、焼けきった植物を見つめていた。

腹部を押さえた手は直接肌に触れており、
その部分を覆うはずの服は歪な円を描いて破れている。

回復魔術は、怪我を完治させるための術ではない。
先刻の戦闘で貫通した彼女の腹はまだ止血しきっていなかった。

ずきりすぎりと痛む傷口に小さく息を吐き出したセラは、
すぐ傍の木の幹に凭れさせられた彼を見つめた。

俯いたままのミケリオの表情は穏やかで、
先程まで動いていたにも関わらず糸が切れたように身動き1つしない。

それも仕方のないことだった。 彼は死んでいたのだから。

死んで尚、操られて望まない行動を繰り返し、
中途半端に意識が残る苦痛はどれほどのものだろう。

もう話せない、けれど。
・・・彼の解放に、救いになったなら良かったと、思う。

ミケリオを地面に埋める案は出したものの、彼女と共に任務に同行していた
ミザキの属性的にも、セラの属性にも掘るという概念はなかった。

深い傷を負っていたセラと、死んで動かない彼、燃えていた巨大植物と
状況を総括して、ミザキは1人シャベルを取りにロトへと戻ることになった。

既にそこそこの時間が経っているが、巨大植物が周辺の魔物を
食い散らかしていたからか、魔物の襲撃に遭う気配は未だにない。

森に立ち入る時と同様、不気味なほどに静かだった。
あの巨大植物がどれほど森を荒らしていたのかがよく分かる。

陽も傾きかけてきて、夕方と呼ぶには少々早い時間になった頃、
森の隙間からガサゴソと道を分けて近づく足音を耳にした。

木々の隙間から、ひょっこりと姿を見せる茶色の馬と、
その上に跨る薄水色の髪をした男性の姿。


「お帰りなさいませ」
「お待たせセラ! 帰り道用に馬も1匹借りてきたわ!」
「あら、ありがとうございます」

「それとその、後から気付いたんだけど魔物平気だったかしら?」
「襲われることもなく静かな時間でしたわ」
「ほ、良かった・・ よいしょ、っと」


馬から降りたミザキは馬の上に積んでいたシャベルを手に取る。
開けた場所にまで馬を誘導すると、そこで休むように馬をしゃがませた。


「彼を埋めたい場所の希望あるかしら?」
「目立たないけど踏まない場所、でしょうか?」
「そうよねぇ、そんで土が掘れる場所よね。 この辺なら・・・」


周辺をぐるりと、ミザキはシャベルを土に何箇所か刺して周る。
往復に差し掛かった頃、彼はシャベルを何度か突き刺す。


「・・この辺かしら? ここでもいい? セラ」
「異存ありませんわ」
「決まりね」

「・・・借りてきたシャベルは1つだけでしょうか?」
「そうよ?」
「・・あの、わたくしは」
「やぁねぇ、怪我人に労働なんてさせないわよ。 決まってるじゃない」


さも当然と言い放ったミザキに、セラは小さく口を噤んだ。

ミザキが来ても座りっぱなしで動きの少ない彼女だ、傷口がまだ痛むはずだ。
そうでなくても腹を貫通した出血量は相当で、貧血でも不思議はない。

それでもミザキ1人に労働させるのが気になるのか、
彼女は落ち着かない表情を浮かべていた。


「・・・じっとしてるのが気になるなら現場写真撮ってもらってもいい?
 焼けた後のアレはまだ撮れてないし、彼のお顔もまだ撮れてないのよ」
「承知いたしました」
「ついでに旅団長にも一言、無事報告してくれると助かるわ!」
「はい、お任せください」







「かったいわねぇっ、んもう! 水でも掛けたら緩まるかしら?」
「そういえばミザキ様が水魔術使うのはあまり見たことないですわね」
「地水特化なんだけど、まさかの二種派生になっちゃったからねぇ。
 片方だけ使うよりも樹属性として発動する方が楽なのよね」

「樹属性になる原理はどういう感じなのでしょうか?」
「うーん、なんて言えばいいのかしら・・・ 実際の花は土に種を植えて、
 水を掛けて、まぁ肥料とかもあげてようやく芽が出るじゃない?」
「えぇ」

「その過程を、うーん・・・自分の中で消化してる、って感じかしら?」
「ミザキ様の術は突然芽が出してるようなものだと?」
「そんな感じね! だからあまり地魔術だけ、
 水魔術だけみたいな、単体属性は使ったことがないのよね」
「成程」


そんな会話をしながら数十分ほど。

現場写真やミケリオの写真、そして旅団長の一言報告も終えて
暇を持て余し始めたセラへ「掘り終わったわよー」とミザキから声が掛かった。

カラン、とした音を立ててシャベルを地に置いたミザキは、
木の幹に凭れさせていたミケリオを横抱きで運ぶ。

掘り終えた穴の前で、待機していたセラの前へとミケリオを連れてくる。

セラは血が抜けきった彼の冷たい頬に指で触れ、
重力に従って地面に向けられた、枝と化したミケリオの右手を握る。

握りしめた枯れ枝に近い右手を、自らの頬に寄せて瞼を閉じる。

貴方が守ってくれた。
貴方が助けてくれた。

かけがえのない大事な人だったのは確かだけれど、
しばらく考えても自分が彼と同じ想いかどうかは分からなかった。

礼も、謝罪も、伝えきれていない気がする。
・・・許してなんて言葉も、ちぐはぐな気がした。

ゆっくりと瞼を開けば、ここ2年会うことのなかった友人の死に顔。
つい3時間くらい前まで動いていた彼が、今は少しも動かない。

もう会うことも、話せることもないんだと理解はしていても、
どことなく実感が沸かないのも事実で。

握りしめて頬に寄せていた彼の右手を離し、彼の腕をゆっくりと下ろした。


「・・もう、挨拶はいい?」
「・・・はい」


彼女は頷くと一歩後ろに身体を引く。
ミザキは抱えたミケリオを、地面を掘ってできた穴にゆっくりと寝かせた。

別れから2年が経って、彼の身体は枝で埋められた箇所が見受けられる。
彼の纏う服は随分とボロボロだし、黒くこびりついた血の痕も残っている。

寝かされた彼の姿を無言で見つめるセラの表情を伺ってから、
ミザキはシャベルで、彼を足の方から土をかぶせ始めた。

掘った土は穴の傍で山になっており、掘る時よりも埋める速度が早い。
少しずつミケリオの足が埋められ、胴体に土が掛かり始める。

埋められていくミケリオを、じっと見つめていたセラに
涙が一筋、頬に伝って顎の辺りで雫を作る。

すん、と小さくすすられた鼻。
眉が寄せられ、微かに歪んだ表情を隠すように手で口元を覆った。

それを境にセラの瞳から、涙が止め処なく溢れていき、
口元を覆った手と頬の間に水が溜まり始める。

ミザキは彼女の様子を見て、ミケリオを埋める作業を中断した。
シャベルを土の山に立てかけ、セラの背中をあやすように優しく叩く。

彼女は涙を流したまま、ミザキに小さく
「ごめ、なさ」と途切れた謝罪の言葉を口にした。


「いいのよ、お顔見れるのも最後だもの」
「・・・・」
「大事な友人だったのよね」
「・・・、」


口元を手で覆ったまま、泣きながらミザキの問いにこくりと頷くセラ。

数時間前まで行ってたやり取りが、まるで全部夢だったみたいだ。
久しぶりに聞いた声が懐かしかったのに、もうはっきりと思い出せない。

青空を映したような綺麗な瞳だって今は閉じられている。

自分を好きだなんて知らなかった。
まだ話したいことだって残ってたのに。

土に埋められた彼の姿を見て、一気に実感が湧いてしまったのか。
彼女はしばらく泣き止む気配を見せない。


セラの涙がその姿を隠したのは10数分が経った頃だった。
微かに鼻を啜りながらも落ち着いた様子を見せ、短く謝罪の言葉を述べる。

ミザキは少しだけ微笑んで頷いた後、シャベルを手に作業を再開した。

土に埋められ、少しずつ姿を隠していくミケリオの身体。
しばらくて顔を覆い始め、眠るような表情も地に埋もれていく。

セラは取り乱すこともなく、静かに涙を流した。

完全にその姿を隠し、その場に土が盛り上がる。
この上に墓標でも置けば、人の目には「これは墓だ」と察しが付くだろう。

ミザキは外れたところに置いていた鞄の中から小刀を取り出し、
近くにあった少々平たくも大きい石と共に、セラに手渡した。


「アタシ彼の綴り分かんないから、書いてもらっていい?」
「承知いたしました」
「そういえば姓すら知らないわ。 ミケリオ、何君?」
「シュッツですわ。 ミケリオ・シュッツ」


カリカリ、と石を掘るように彼の名を刻む。
数分もせずうちに彼の名前と、今日の日付が石に刻まれる。

[Mikherrio Schutz]

セラから字の刻まれた石を受け取ったミザキは、
盛り上がった土の上に墓標を立てた。

ミザキに小刀を返すと、2人は彼の墓を見つめていた。


「魔物避けの魔石も買ってこなきゃねぇ」
「そうですわね。 激減とは言え、居ないわけではありませんし。
 あの植物が消えたからには寧ろ増えてくるでしょう」

「・・・あんだけ消えて生態系は大丈夫なのかしら?」
「旅団長に相談した上で研究機関に依頼を回しましょうか」
「そうしましょ」

「・・・それでは、」
「無事に任務完了ってことで」
「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様。 ・・そんで、」


ちらりと建てられたばかりの墓に目を向けるミザキ。

つられてそちらを向いたセラが墓の前でしゃがみ、瞼を閉じて手を合わせる。
ミザキも墓の前で、目を瞑り手を合わせて祈りを捧げる。


「・・・ありがとうございました、ミケリオさん」
「短い時間だったけど随分世話になったわね」


一言の挨拶を残し、ゆっくりと開いた瞼。
深い色の瞳は墓標の字を見つめ、少しだけ細められる。


「帰りましょうか」
「えぇ」

「さ、馬ちゃんお待たせ! 大分待ったわね!? 帰るわよーん」
「(雌でしたのね)」
「セラが怪我してるから背中に乗せてちょうだいね」







「あああもうセラ、帰ってきて早々何動こうとしてんのよ!?
 今日は1日動いちゃダメよ!! ご飯もアタシが作って持ってくるから!」
「し、しかし 旅団長への報告書がまだ完成してなくて、」
「もぉぉ今はそんなのいいから!
 報告書なんてアタシが大部分済ませちゃうから! 休んでてちょーだい!」
「・・・座ってでの作業ですのに・・・」

「アナタね!? 自分の腹ぶち抜かれてんのよ!?
 回復魔術があったとは言え、流れた血はすぐに戻らないんだから!
 目の前でセラの身体に蔓が貫通した時のアタシの気持ち分かる!!?」

「承知いたしましたわ・・ご心配お掛けして申し訳ございません、」
「素直でよろしい!! さ、何か食べたい物あるかしら?」





お目覚めですか、聖職者



((礼を言いたかったのは、わたくしの方だったのかも))


(・・・ミザキ様)
(ん、なーに?)
(ありがとうございました)
(え!? 何、なに突然!? ヤダもー照れるじゃない!)

((セラ・セイクリッドは、森が怖かった))






閉幕。

セラ・セイクリッド
  回復特化のセラだが、最近メーゼに聖属性攻撃魔術の助言を貰ってた。
  彼女はミケリオの死んだ日から、
  森を経由するルートをほとんど使っていなかった。

ミザキ・セレジェイラ
  彼はヒール靴で森を往復してた。 ピンヒールじゃないだけまとも。
  結局報告書もセラのご飯もミザキが用意した。
  ミザキの作る料理をセラが食べるのは、この日が初めてだった。

ミケリオ・シュッツ
  『聖職者は夢を見るか』ではまだファミリーネーム決まってなかった。
  人の身体を残している彼は心臓、腹、右腕が植物で再生されている。
  巨大植物が燃えた後はどの部分も萎れている。





 

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