創作世界

□変化の気配を感じた冬
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クレールド大学の敷地内には大木がある。

学校の大木と言えば、木の下で結ばれたカップルは別れないというジンクスや
大木にまつわる逸話もなくはないが、夏では最高の日陰スポットである。

尚現在は冬であるためこの季節、好んで日陰に行く物好きは居ないだろうし、
そもそも冬だから葉は全て落ちて枯れ木なのだが。

夏には深緑の葉が生い茂るだろう、今は寂しい大木の枝に、
1人座る赤い長髪の男性の姿があった。

片足を枝から宙ぶらりんに下ろし、もう片足は枝の上に乗せて。
背中から左右に生えた白い2枚の翼。

目元にはゴーグルが付けられており、
薄い青色をした半透明のレンズ越しにビー玉のような水色の瞳を覗かせた。


「・・ふむ、確かにこれは随分だな」


周囲に人の姿のない彼の独り言は風に掻き消されていく。

まだ日中であるクレールド大学のグラウンドでは、
授業を行っているようで結構な人数がその姿を見せている。

彼はゴーグル越しに映るある青年の姿を眺め、観察していた。

一頻り観察し終えたか、微かに頷いてゴーグルを外そうとした矢先、
・・目当ての人物が、ふとした拍子に大木の枝に座る彼に振り向いた。

グラウンドに居る青年と、その姿を観察していた彼には相当な距離がある。

実際彼が装着していたゴーグルは望遠機能が付いており、
当機能を使用しての観察で、肉眼では姿の確認すら厳しい距離があった。

目が合った、ように感じたのはほんの一瞬で、
青年は大木からはすぐに視線を外して授業へと戻っていった。

彼は瞬きを繰り返した後、ゴーグルを外し口元に小さく笑みを浮かべる。







数分もすれば彼は大木の枝の上からは姿を消していた。

持ち前の翼で高さのある大木から飛び降りた彼はグラウンドから離れると、
校舎外にあった案内板を一目見、校舎の中へと入っていく。

校舎に入ってすぐ左手側に事務室はあった。
ロビーと事務室を隔てる壁1枚、カウンターと小さなガラス窓。

事務室の透明ガラスへ、数度のノックをすると
窓際付近に座っていた女性が椅子から立ち上がり、ガラス窓を開けた。


「ようこそ、クレールド大学へ。 何のご用件でしょうか?」
「サファリ旅団長、ハイノ・エルンストの遣いの者です」


彼は懐から取り出した旅団員証を掲げてそう告げる。

事務員の女性は彼の告げた言葉に思い当たった表情をし、1つ頷いてみせた。


「ご連絡は承っております。 旅団員証の確認を行いますね」
「よろしく頼む」


旅団員証を事務員の女性に預ける。

手元でカタカタと何かしらを打つ音が響く中、彼は大学内を少し見渡した。
なかなか趣きのある建物だった。

この大学はつい最近に建てられた物ではなかったはずだが、
手入れが行き届いているのか、学内は綺麗な印象だ。

途中で見かけた花壇も綺麗に整えてられていた。
時間さえ許されるなら見学したい。

そんな願いを胸に秘めていると、事務員の女性が投げかけた
「旅団員証をお返しします」の言葉で、学内から受付の方へと視線を戻した。


「ただ本日来客がございまして・・応接室が使えない状況なのですが、」
「あぁ、構わないよ。 それほど長い話にもならないだろうし・・
 適当にそこらで済ませるさ」


事務員の女性の申し訳なさそうな言葉に、彼は微笑んだ後に一息付く。


「それでは特戦科3年生、クロウカシス・アーグルム
 彼を、呼び出してもらえるかな」







呼び出し先に選んだのは、大学の敷地を表す塀の向こう側、
敷地からは少しだけ外れた森だった。

大学の塀が見える枯れ木の下、グラウンドの方向へと目を向ければ
先程彼が座っていた大木の頭も少しだけ伺えた。

長く赤い髪を揺らし彼は辺りを見渡す。
ジャリ、と地を踏む音を気づき彼は振り返る。

彼がゴーグル越しに観察していた青年、特戦科3年クロウカシスが、
武器である剣を腰のベルトに挿したまま呼び出しに応じてやって来た。

観察していた時には気づかなかったが、
彼の左耳にはリングピアスが付けられている。


「やぁ、来てくれてありがとう」


柔らかい表情で青年を迎える男性。

クロウは男性を視界に収めしばらく瞬きを繰り返すと、
疑問を言葉に乗せてゆっくりと口を開く。


「先程・・大木に居た人ですか?」
「あぁ、やはり気付いていたのか。 あの距離で気づくとは随分だね」
「視線を感じたので」


目が合ったように感じたのは気の所為ではなかったようで、
彼の発言からは目視こそできなかったが存在は感知してたようだった。

赤い長髪の男性は胸元に手を添えた後、小さく頭を下げた。


「まずは自己紹介をしよう。 僕はグラシア・クウェイントという。
 本日はサファリ旅団長の命で君に会いに、そして1つの話を持って来た」


グラシアと名乗った長髪の男性は頭を上げる。

クロウはサファリ旅団長の命、との言葉に引っかかったような表情をした。
彼は確かにサファリ旅団に属する者だが、一般旅団員に過ぎない。

旅団長の存在は知っているものの、顔を見たこともなければ、
わざわざ一般団員に介入するような噂も聞いたことがなかった。

「話を持ってきた」ならばお叱りではないような気もする。
クロウは黙って彼からの続く言葉を待った。


「さて、本題に入る前に前提の話をしよう。 君は十二使を知ってるかい?」


グラシアはそう問いかけたが、合間なく彼は首を横に振る。
想定内だと言わんばかりに小さく頷いたグラシアは続けた。


「十二使とは、サファリ旅団の幹部を指す」
「・・幹部、」

「欠員が生じることもあるが、十二使の名の通り基本的に12人。
 面々はまちまちだが全員の共通点は、
 通常の旅団員とはかけ離れるほどに、戦闘を得意をすること」


「第一条件って奴だね」と付け加えて小さく笑みを浮かべたグラシアは
胸ポケットから1枚、旅団員証に似た1枚のカードを掲げた。

表紙には短長の剣が2本十字架のように交差したものと、
その交差部分を覆うような円。


「ここまで聞いて予想したかもしれないが、僕もその1人だ」
「・・・貴方が、旅団の幹部?」
「そう。 とは言っても僕もここ近年に参入したばかりで新人な方だけどね」


小さく肩を上げてみせた彼は胸ポケットに証をしまう。

クロウは耳を傾けながら、少しばかり実感が湧かないような、
若干の驚きの表情を浮かべていた。


「勘が働くならこちらも予想しているかもしれないが・・
 前提の話はここまでにして、本題に移ろう」
「・・・」


グラシアはそう言って「本題」を語り始めた。

十二使の古参に1人、戦闘職の旅団にしては年を召した方が
十二使及び当団の引退を考えていること。

その方が引退をすれば12人で構成している十二使に欠員が生じること。
新しい十二使を探している時に、クロウカシスの名が挙がったこと。

大学3年生にして充分すぎる戦闘能力と旅団でこなした依頼の数々、
特殊な試験を受けて付与される対人許可証も難なく取得したことと。


「これは旅団十二使への正式な勧誘だが、あくまで勧誘であり強制ではない。
 断っても何ら問題はないし批難もしない。 ここまでで質問は?」

「・・成人とは言え、大学生を候補に入れていいのですか?」
「一応規定ルールは守られているよ。
 十二使は成人から3年が経過した人物、21歳以上であること」
「・・・経過したばかりだが」
「ふふ、それも存じている。 だからこそのタイミングだった」

「大学の片手間ではやはり厳しい職種ですか?」
「うーん、正直緩くしてもらっても授業の半分くらいは潰えそうだね」

「基本的に十二使は何の活動を?」
「一般旅団員に加えて、彼らには手の負えない依頼の消化、
 特殊依頼の掲載許可、世界に散らばる異変の調査が主となるかな。
 少々濁した箇所や細かい部分はあるが、大体はこんなもんだよ」


口元に手を当て、考える素振りを見せるクロウ。
そこから質問が一度中断され、風が吹き抜けていく。

彼から出てくるであろう質問をグラシアがじっと待つ。
少ししてクロウは、ゆっくりと口を開いた。


「・・最後にもう1つ、質問が」
「なんだい?」
「返事を1年ほど、保留にすることは可能ですか?」
「ん」


クロウからの保留案に、彼は少しだけ反応を見せた。
その反応の意図が予想外から来るものか、寧ろ予定通りかまでは汲めないが。


「自分はまだ未熟です。 戦闘技術を伸ばすためにこの大学に来ました。
 だからここで受けられる授業は最後まで受けたい」
「ふむ」

「卒業後は・・旅団員以外の希望も特になかったので、
 前向きに検討したいと思います」


質問に秘めた思いを付け加え、勧誘への回答を行ったクロウ。
グラシアは納得したように、一度深く頷いて「ふむ」と呟いた。


「それが今の君の回答、ということで長に伝えていいかい?」
「構いません」
「承知した。 他に質問があったり、気が変わって参入意志が付いたなら
 支部の受付に僕の名前を出せば連絡を付けてくれるはずだ」
「はい」

「尚今まで話したことは旅団の機密であるため、基本的に口外しないこと。
 避けられないとしても、口が固い人物くらいに留めておいてくれよ」


口元に指を寄せて笑うグラシアに、彼は小さく笑って頷く。

グラシアは1つ、大きく息を吸い込むと自己紹介の頭、
挨拶した時のように胸元に手を添えて、小さく頭を下げた。


「では今日はここで失礼しよう。 貴重な時間をありがとう」
「こちらこそ。 候補とは言え名が挙がったこと、大変光栄でした」





変化の気配を感じた冬



(ん、クロウおかえりー 用件なんやったん?)
(旅団の勧誘)
(ほー。 ・・・アンタ今でも普通に旅団員やなかった?)

(・・・・)
(あ、これもしかして聞いたらアカン奴?)
(・・・お前ならいいか・・・・)
(なに!? 何!? あたしの与り知らぬとこで何かの許可が下された!)






クロウ、大学3年生の冬(だから機密だってば)
何かもう1つ入れたい会話があったはずだが忘れて思い出せずじまいだった。
タイトル修正してぇ


グラシア・クウェイント
  クロウへの勧誘に来た十二使『八駆』 詳細な日月は決まってないが、
  彼は十二使に就任してから1年以上3年以内くらいが経ってる。

クロウカシス・アーグルム
  大学の中でもトップを争うほどの成績を収める大学特戦科3年。
  誕生日を迎えて少しした頃だった。

アキ・カシュナータ
  最後の方でちらっと出てきた。 クロウと同級、特戦科3年。
  学部は違うが、特戦科生徒同士見かければよく話す。





 

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