創作世界

□王都にて新十二使との再会
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見知った街の、見知った建物の、見知らぬ部屋に案内された。


先日、アルヴェイト王国所属シェヴァリエ騎士団の
第3部隊長の退任式が正式に執り行われた。

19歳という驚きの若さで部隊長に就任した彼女が、
4年を経て、23歳というその若さで部隊長の退任を決意。

批判する者も居たが彼女は素知らぬ振りをした。
そして退任式、「こんなのしなくていいのに」と呆れたように肩を上げた。

数日の間、城内に持ち込んでいた家具や荷物の整理を終えた元第3部隊長、
メーゼ・グアルティエは王都ラクナーベルのサファリ旅団支部に姿を現した。

出会い頭こんにちは、と短い挨拶もそこそこに、
受付は「こちらへ」と彼女を支部の3階まで連れ上がった。

ラクナーベル支部の3階まで上がったのは、この時が初めてであった。

支部の3階は旅団員限定の休憩所であったため、
騎士団に属していたメーゼは案内されることもなければ、
3階まで上る理由も権利もなかった。

旅団支部も3階まで来ると人気は少ない。

簡易なキッチンが並び、いくつか並ぶベッドと覆われたカーテンを横目に、
受付は廊下を真っ直ぐ進み、執務室と書かれた扉の前へ。

受付の女性はカードキーのように証を当てて扉を開ける。
本とちょっとした木の香りが鼻を擽った。


「ここは……十二使の執務室?」
「えぇ。 後は十二使の承認が必要な書類を置く際に、
 受付の者が出入りすることもございます」


……成程、機密保持。

勧められるがまま室内へと立ち入り、辺りを見渡した。

左手側に天井まで届くほどの高い本棚に掛けられた梯子。

右手側には壁に向かい合うように置かれたテーブルと椅子。
飲食店で見かけるようなカウンター席みたいだった。

室内の奥にある向かい合わせにされた2つほどのテーブルは恐らく執務机。
机の上には資料らしき紙束や小物等が意外と雑多に置かれる様子だった。

受付の女性が執務室の鍵を閉める。


「改めて、ようこそサファリ旅団へ。 新十二使、メーゼ・グアルティエ様。
 貴女様ともあろう方の十二使就任を、受付共々嬉しく思います」
「ご丁寧にありがとう。 旅団に属する者同士としては、初めましてね?」
「そうですわね。 先日まで部隊長でいらっしゃったんですもの」


くすりと女性は笑みを見せた後、壁に立ち並ぶ本棚へと近づき、
一角に入っていたファイルを取り出すと、ぱらぱらと捲り紙を1枚手に取った。


「まずは旅団員登録の手続きをよろしいでしょうか?」
「勿論」


ファイルを元の位置に戻した女性は、向かいのテーブルへと歩きだし、
テーブルに書類を1枚広げた。

座るように促すと、メーゼは椅子を引き腰を下ろす。
壁に取り付けられたペンを手に取り、彼女は書類へと向かい合った。


「懐かしいわね、これを書くの」
「あぁ、確か以前は旅団員で……」
「高校卒業してから6月までの3ヶ月ほどだったかしら。
 ふふ、短い期間だったけれど結構依頼は消化したのよ」

「王都にまで依頼を探しに来られたとの噂をお聞きしておりますが・・?」
「噂じゃないわ、本当よ」


書類にさらさらと字を綴っていく。
旅団に関するものや、受付の見えぬ苦労話等を耳にしながら。

Mese Gualtie
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出身、卒業校、特戦科での取得単位、旅団経験の有無、対人許可証の有無。
そういった書類に記載されている項目を書き終えてペンを置く。

メーゼが記入した書類に改めて目を通した後に、受付の女性は頷いた。
そして彼女は立ち上がり、執務机へと指をさす。

旅団支部での十二使の仕事。

一般に掲載するのが躊躇われた難易度の高い依頼や、
上流階級に属する者からの正式依頼の掲載許可の判定、及びその処理。

後は受付の者が頭を悩ませた相談事なども来るらしい。
具合例を挙げるなら山賊の活動が最近酷くて、などの相談だ。

他受付が知る限りの情報を残し、メーゼは深く1つ頷いた。


「さて、粗方のことはお伝えしたのですが……」
「うん」
「この後、本部に向かってもらってもよろしいですか?
 十二使の正式な手続きと十二使証の譲渡は本部でしか行っていないのです」
「その本部はどこにあるの?」

「実は我々受付も本部の場所は知らないんです。
 十二使の迎えがあるので、彼らの案内に沿って」
「成程ね、機密保持か。 この支部で待っていればいいのかしら?」
「はい。 旅団員証の件もありますし……一旦下りましょうか」
「異存ないわ」


執務室から出て鍵を閉め、廊下を渡り階段を下りていく。

1階へと下りてくるとすぐ視界に入るテーブルスペースに、
足を組んで本を読んでいた男性の姿がそこにあった。

ダークブロンドの髪と、こちらに気付き視線を上げた瞳。

右側の髪は少し長く伸びているが、
すっきりした左側からはリング状になったピアスが見えた。

メーゼより先に階段を下りていた受付の女性は彼の姿を捉えると、
手にしていた本を閉じた男性が座る椅子のあるテーブルへと近付いた。


「ん」
「お待たせいたしました、クロウ様」
「いや、構わない」


椅子から立ち上がり、受付にクロウと呼ばれた男性が
受付の背後に居たメーゼへと視線を投げる。

10センチほど高いか、メーゼは彼の顔を見上げて、
何か思い当たったような表情をすると小さく「あら」と口にした。


「……やはりお前か、久しぶりだな」
「そっか、十二使……貴方が迎えなの?」
「の、はずだが。 相変わらずのようだな」
「さて、何を指しての『相変わらず』かしらね」


少しばかり呆れたような溜息に、小さく肩を上げて笑うメーゼ。
間に挟まれた受付はと言うと、2人を見比べて首を傾げた。


「……お二人ともお知り合いですか?」
「一昨年の闘技大会で少しね」
「マッチング相手だった」
「あっ、成程……!」


納得したように目を見開く受付に、彼女は「ふふ」と笑みを口にした。


「メーゼ様の旅団員証発行に参ります。 少々お待ちくださいませ」


一歩身を引いて頭を下げた受付に、
それぞれ了承の意を述べるメーゼとクロウ。

先程まで座っていた椅子に腰を下ろすクロウを見、
彼女はテーブルの向かいまで回り込み、椅子を引いて座った。


「改めて名乗ろうか、サファリ旅団十二使の一角を担う
 『氷軌』クロウカシス・アーグルムだ」
「今日付けで十二使になる予定のメーゼ・グアルティエよ。
 クロウと呼ばれてたわね、愛称?」

「そちらの方が呼びやすいだろうと」
「私もそう呼んでいいのかしら?」
「構わない。 寧ろその方が慣れている」


それぞれ名乗り終えて、少しの静寂。

メーゼの胸元まである横髪と、背を覆い隠すほどの長い髪。
海の波のように、揺れる蒼い髪を彼はじっと見つめていた。


「大会の時はもう少し短かったように思うが……随分と伸びたんだな」
「んー、なんだか長い方が落ち着いて」
「あまり女に向かって言う発言ではないだろうが。
 剣士として動くんだ、邪魔にはならないのか?」

「動作自体には慣れてしまえば特に。
 しいて言えば戦闘時よりも強風時の方が困るかしら」
「あぁ……それは難儀だな」


メーゼが細い指先で髪を耳に掛ける動作を見ながら、
彼は強風時の想像をしたのか小さく笑みを浮かべた。

すぅ、と一瞬の静寂。

大通りの前に建つ旅団支部1階は、外の喧騒が微かに届く。
支部の奥では受付を担当している者達の話し声が聞こえてくる。

ダークブロンドの髪の色とよく似た瞳は幾度かの瞬きを繰り返した。


「1つ、質問をいいか」
「何?」
「何故十二使に?」
「……何故?」

「部隊長から十二使への異動理由は知らないなと」
「ん、」


不意に問われた質問にメーゼは不思議そうに目を細めたが、
彼から続いた言葉に反応を見せた。

少しだけ返答を悩ませた彼女の藍色の瞳を見つめ、クロウは言葉を続けた。


「十二使の大半は旅団員の時に勧誘を受けた者達だが、
 お前は騎士団部隊長だったろう。 部隊長の仕事内容こそ存じないが、
 大変度合いと言われれば似通ったものだと思う」


無論旅団と騎士団は組織であれど行動そのものが異なる。

仕事内容を比べ、どちらが大変だと判断を下すには難しいだろう。
人による場合もあれば、時と場合や良し悪しもある。

若くして部隊長が務まるほどの指揮能力が有り、
戦闘能力の面では、一昨年自分を負かしたほどに強い。

騎士団の、彼女率いる第3部隊の噂は旅団にも流れていた。

何か大事を起こし、責任を取って辞めたといった気配はない。
慣れた仕事を辞めてまで、旅団に来る理由がクロウには分からなかった。


「お前がどのような人物かは……まだ分からないことも多いが、
 職務を放棄する人物には見えなかった。 だから異動の理由を問うた」
「……そうね。 理由は……あるけれど」


そうして言いかけた口を噤んで、藍色の瞳を瞑る。

数秒、ゆっくりと持ち上げた瞼はテーブルへ。
そして向かいに座るクロウの目へと、視線を投げた。

肩を上げて少々悪戯っ子のように笑みを浮かべて。


「回答はまた今度にさせてもらおうかしら」
「……分かった。 今日のところはこれ以上訊かないでおく」
「ありがとう」


端正な顔立ちで、彼女は年齢不相応なほど大人びた笑みを見せた。

会話も一区切り付いた頃。
少しして旅団員証を手にした受付が2人の元へと戻ってきた。





王都にて新十二使との再会



(旅団員証の受け取りもしたことだ、そろそろ向かおうか)
(そうね。 対応や説明、請け負ってくれてありがとう)
(いえ。 本部までお気をつけて)
(ん)

(荷物はそれだけでいいのか?)
(あ、アルヴェイト離れる? ルベクトに大きな荷物置いてるの)
(本部は国外だからな、取りに行こう。 ……何故ルベクト?)
(家がそこなの)






後の『夜桜』


メーゼ・グアルティエ
  19歳で騎士団部隊長になり、21歳で闘技大会世界部門を優勝し、
  23歳で部隊長を辞め十二使就任が決まった人間女性。

クロウカシス・アーグルム
  当時25歳、十二使の一角を担う『氷軌』
  2年前の闘技大会でメーゼとマッチングしている。





 

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