創作世界

□彼女は睡眠を恐れている
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自身に腐れ縁に当たる人物が思い浮かばない、居ないせいだろうか。
腐れ縁と呼ばれる関係に対して少々疑問は起きる。

本を片手にベッドの端に座り、足を下ろしているクロウは、
同じベッドで横になり眠っている男女を横目に入れた。

恋仲でもなしにいかがなものか。

本人達がそれでいいのなら止める理由は無いが、
つくづく腐れ縁というのは分からん。

初めて見るメーゼの眠った顔と、時折仮眠時に見るディスの寝顔を見比べ、
彼は1つ息を吐き出した。

まるで子供みたいだ。
外に遊びに出て、ひたすら遊んで帰ってきた子供が疲れ果てて眠っている。

身体の大きさはさておき、2人の眠る姿はそんな様子に見えた。


腐れ縁だと言う彼は言った。

彼女が眠らないのは後天的なものであると。
そこに意識が無いことに恐怖しているのだと。

『意識代わり』が居ることで眠ることができるということは。
今起床しているクロウの意識はその通り、メーゼの意識だ。

ディスの話しぶりで規模や内容はさておき、
明確な地点があったことはなんとなく理解をした。

その上で会話途中にメーゼに死を恐れる概念があると出たところから、
意識が無いことと死を恐れることは繋がっているのだろう。

彼女は強い。 えげつない。
メーゼを敵に回した時点でそいつの勝利は無いに等しい。

彼女は闘技大会である年、世界一を収めている。

それだけじゃない。 十二使ともあろうクロウですら、
彼女は今まで出会った中で一番強い人物だとすら思っている。

だがそれらはメーゼに意識があるのが前提だ。
いくら彼女と言えど寝込みを襲われては、ということなのだと思う。 推測。

・・・随分と難儀な悩みで、

寝言のような小さい「ん、」を耳に、声の主と思しき方へと視線を向ける。
少し寄せられた眉とひくりと動く瞼。

藍色の瞳はゆっくりとその姿を見せた。


「・・・おはよ、」
「おはよう。 珍しいこともあるな」
「ん、 半分試した節もあって、」


寝起き特有の掠れた声と、眠そうに目元をこするメーゼ。

彼女は幾度かの瞬きを繰り返した後、首元に掛かっている重さに気が付き、
自身の左側に寝転がっている腐れ縁の姿を認知した。

数秒見つめて、彼女は小さく息を吐き出す。


「なんでディスまで寝てんの?」
「俺が居るからだとさ」


彼女は呆れたように息を吐き出すと、自身の首に回っていた
ディスの腕をゆっくりと持ち上げて枕の上に落とした。

そしてその後メーゼは、ベッドの上で身体を起こす。
起き上がった際に揺らめいた蒼い髪色は彼女の背中にふわりと落ち着いて。


「ずっと居てくれたの?」
「そのように聞いた」
「ディス、どれくらい言ってた?」
「眠る条件とその理由、高校の時に何かがあったとだけ」

「そっか」
「・・・この問いは、自分の知らぬ間に伝達されたのが不本意だったのか?」
「ううん、ただの確認。 遅かれ早かれいずれは、ね」


室内に響く寝息は1つに、無音ではないものの静寂が部屋に響いている。

寝起きだったはずの彼女はある程度意識がハッキリしているようで、
瞳は見慣れた藍色を湛えていた。

彼女はふと顔を上げて、傍に座っていたクロウへと顔を向けた。


「・・ねぇ、私の就任の日、貴方聞いたでしょう?
 どうして部隊長から十二使になったのか、と」


数ヶ月前、メーゼ・グアルティエが十二使に就任予定だった日。
本部までの道案内役として彼女を迎えに行った。

その日、一概には測れないが、
大変さでは似通ったものだろうに何故似た職を選んだのかと質問をした。

質問はしたが返答はまた後日にと保留をされていたところだった。

疑問だったのは彼女が十二使就任した後も残っており、
差した発言を思い出すことは容易だった。 クロウは頷く。

メーゼは藍色の目を細めて口元を緩め、
彼女という人間にしては珍しいだろう、少々自虐的な笑みを見せた。


「眠りたかったの」


騎士団では唯一、1人だけ『特別』が居た。
ただ自分と同じ役職であった部隊長であり、お互いに多忙だった。

ろくに眠らなくても平気な身体ではあったけど、身体は睡眠を欲していて。
表には一切出なかったものの、私は基本的に常に眠かった。

先輩部隊長の力を借りながら、睡眠を挟んでは騙し騙しで。
1ヶ月眠らないこともざらにあったけど、不調は出なかった。

不思議な話、人は3日寝ないと死ぬという。

それを覆す自らの体質は超能力と呼ばれるものなのかとも感じていた。
超能力としての判定は出なかったから体質なのかもしれない。

まぁそういった経緯はさておき、
騎士団時代はとかく自分が求む以上の睡眠を得られなかったのだ。


「望んだ時間にだなんて贅沢は言わないけど、もっと気楽に眠れる時間が。
 怯えずに眠れる時間が、もう少し欲しかっただけなの」


そうして彼女は自身の隣に眠りこけている腐れ縁の姿を視界に収めた。

旅団員の生活は意外と安定していない。
大陸を跨ぐと狂う上にそれを常習化させて、昼夜の感覚はズレがちである。

彼は派手な大陸跨ぎはしていないと思うが昼寝や夜更かしをすることは多い。
ぐぅ、と寝息を立てる姿はさして珍しいものではないが。


「・・・本当は誰かの手を借りて眠るのも、正直怖くて。
 普段眠らない私が意識を手放した睡眠は深くて、
 人の手ではなかなか起きないらしいから」

「『何か』に自ら対応できない?」
「そう。 だからある程度私と張り合える力を持つ人が、
 傍に居てほしいの。 特別が『特別』である理由」


そこに自分の意識が無くても、自らの肉体が動かずとも、
ある程度の状況に対応してくれるだろうという心理からか。

『自分がそこに居ない』
迫るその恐怖を、どう和らげればいいのかも分からずに。


「あの日、意識を手放した時にもし死んでいたら、
 もう目覚めなかったらと考えたらぞっとして」
「・・・・」
「・・それが、トラウマになったのかな。
 体質、が変わるのと同時に眠れなくなっちゃって。 ・・・」


そこまで続けたメーゼはふと口を噤んだ。
数秒思案した表情、幾度かの瞬きを終えて彼女は顔を上げた。


「・・・続きはまた今度話すことにするわね」
「・・そうか。 ならば今回はそうさせてもらおう」
「ふふ。 ありがとう」


いつかに聞いたような返答に、メーゼは安堵した様子で微笑んだ。





彼女は睡眠を恐れている



(ディスはいつ頃から寝てるの?)
(お前が眠ってから10分ほど経ってすぐ)
(・・起こす?)
(疲れてるんじゃないか? 少々気が引けるな)

(貴方ほんと良い人ね)
(・・・何の話をしている?)
(優しい)
(・・解せんな)






「眠りたかったの」の切実感


クロウカシス・アーグルム
  メーゼの眠った様子、寝ている時の話を聞いたことがないとは思ってた。
  今回詳細を受けて想像以上に深刻だったことに驚いている。

メーゼ・グアルティエ
  1ヶ月近く眠らなかったこともあるが、心なしか具合悪いかなー程度で、
  戦闘時などの感覚は一切落ちてなかった。 表にも不調にも出ない。

ディス・ネイバー
  メーゼの睡眠難を本人の次によく知っている。
  もしかしたら防げたかもしれない事象に対して若干後悔も含んでいる。





 

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