創作世界

□彼なりの黒歴史と美的感覚
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7月も下旬、照りつける太陽と蒸すような暑さに夏も本番が始まると感じる。

どこの学校も夏休みに突入しだし帰省する学生も増え、
それに伴うように学校付近の旅団支部には帰省護衛の依頼も増えていた。

特戦科授業を受けた高校生からは旅団員登録の申請も増え、
首都ともあろう街では観光客も増え、旅団ならではの一種の繁忙期である。

その時期にアルヴェイト王国、王都ラクナーベルに
滞在していた十二使の一角を担う『知聖』スイリ・ミゼル。

十二使4年目となるスイリは仕事も随分慣れた手つきだったが、
王都ともなると人が多い分だけ業務や依頼も多い。

彼1人でも業務を回してはいたが、かろうじてであり正直忙しかった。

同僚であった十二使『八駆』グラシア・クウェイントが、
1人では捌くのが大変だろうと助っ人に来たのは昨日頃の話だった。

ここ数日執務室に居てずっと書類作業していたスイリに、
「ずっと室内では気が滅入ってしまうよ」と、
「書類作業は僕が請け負うから」と言って討伐依頼に向かわせ。

彼は1時間後、支部の廊下の小走りで執務室に帰ってきた。
数度のノックと執務室特有の解錠の音。

おや、と向かっていた執務机から顔を上げれば扉が開かれた先に青緑色の髪。

討伐依頼から帰ってきたばかりだろうスイリは扉を閉め鍵を掛け、
執務机に向かうグラシアを一目見ては「ただいま」と笑いかけた。


「おかえり。 意外と早かったんだね」
「数日振りに身体動かせるのが思ったより楽しかったみたいだ。
 気がついたら討伐依頼終わってたんだよ」
「ふふ。 成程、成程」


良い気分転換になったらしいと判断したグラシアは口端を釣り上げ、
頷くように笑い、女性と見間違うほどの長い赤髪を揺らした。

自販機で買ったばかりらしい飲料が並々入ったペットボトルを片手に、
スイリは腰のベルトに1本挿した剣を携えたまま、
グラシアが走らせるペンとその書類を、背後から覗き見た。

彼はそれを気にしない様子で、ペンから黒い字を綴っていた。
歪んだりせず綺麗な字が綴られている。


「報告書の時も思ったけど、やっぱりグラシアの字って綺麗だね」
「そうだろう、そうだろう」


綺麗というワードに反応したか、グラシアは機嫌良さそうに頷く。

美しいものが好きだと公言する彼は十分整った容姿をしている。

それは意識的な物でもあり、本人も綺麗だの美しいだのと
褒められるのも吝かではないようで、この時も例外ではなかった。


「字が綺麗なのも昔から?」
「いや、恥ずかしながら昔は結構下手でね」
「昔っていつ頃の話になるの?」
「10くらいだったか」

「・・そんなもんじゃない? 不思議ではないと思うけど」
「あれはそんな域じゃない!!」


気にせず書類を綴っていた彼の手が止まり、
急に顔をぐりんっとスイリに向けては本日一番だろう大声。

何が起こったかも分からないスイリは思わず目を見開く。
投げ出すようにペンを机に置いたグラシアは更に追撃一言。


「下手は下手だがド級の下手だったんだ!!」


勢い良くバンッ!!と叩かれる机と、
切羽詰まったまるで強敵との戦闘時のような必死さを見せるグラシア。

幾度かの瞬きを繰り返したスイリはようやくこの状況を飲み込んだ。


「(黒歴史かぁ)」


呆れ半分、納得半分が混じった笑いを口元に浮かべる。

そんなスイリの様子を知ってか知らずか、
グラシアは左手に握り拳を作り、その手をわなわなと震わせていた。


「小学生だった僕はある日突然気付いた、自分の字は下手なのではと。
 ふとクラスメイトのノートの字を見やる。
 無論当時は10やそこらの年齢であるため、決して綺麗とは言えぬ
 字体だったが当時は僕よりは遥かに美しかった。 僕はその時決めた」


伏せていた瞼が開かれ、水色の瞳が姿を見せる。
記憶を思い出したことで当時の決意の炎が今になって見えるようだった。


「絶対、絶対に美しい字になってやると・・・・」
「・・それで決意に満ちたグラシア少年は?」


話が落ち着いたようでスイリは笑いながらグラシアに声を掛ける。

その問いにグラシアは机の端に置いてあったタブレットを手に取り、
いくつかの操作を繰り返した後、1つの画面をスイリに見せた。

見せられた画面を見れば本が1冊表示されており、
表紙には『誰が見ても美しい字を書く方法』と書かれていた。


「しばらく愛読書兼、訓練道具だった」
「少年グラシア強いなぁ。 満足する字は書けてるかい?」
「無論。 妥協をしなかった僕の字は美しい。 ついでに僕も美しい」
「はいはい、そうだね」


小学生、10歳の頃の字が下手なのを急に自覚し、
美文字になろうと決心するような男の子はまず少ないだろう。

そして結果的にこうして綺麗な字を書く彼が凄い。

スイリの尊敬する気持ちは本心だったが、彼の目の前には
若干不服そうな表情をしたかっこいいと言うよりは美人な男が居る。


「・・・流されている感が否めない」
「ふふ、いや。 相変わらずこの人は面白いなって聞いていた」
「僕が美しい話は流してるじゃないか!?」
「あー、もー」


タブレットを机に置き、カッと効果音があらんばかりに水色の目が開かれる。
薄々こうなる気はしていた。 彼に美しい話題を振ったら大体こうだ。

スイリは若干観念したかのように手の平をグラシアへと向け、
笑いながらも困ったように眉を寄せた。


「男に綺麗だって言わせてどうすんのさ?」
「? 僕の美しさは性別の垣根を超える」
「その姿勢はかっこいいと思うよ」
「ありがとう」


けろっとなんでもないような返答に本音を呟けばグラシアからは笑みが。
ふむと一言、諦めたというよりは引き下がった様子の彼は言葉を続ける。


「まぁ僕が真に美しいと思う先は僕じゃないからこれ以上の言及は控えよう。
 それよりも情報屋が勧める美しい場所を教えてほしいのだが」
「情報屋に何の期待してんの・・」


グラシアらしい問いではあるが、付属した単語が「情報屋が勧める」だ。

『知聖』と呼ばれるスイリは一時期世界を騒がしたほどの情報屋である。

痕跡の無い人探し、国に関わるような重要機密、
ありとあらゆる情報を知り尽くした彼は世界一の情報屋と噂される。

旅団に属した彼は情報の提供元を限定的に絞り、その影響か
当時ほど世界を騒がすこともなかったが、情報は廃れてはいなかった。

とは言え彼はあくまで情報屋だ。

無論その携える情報量が多い分だけグラシアも知らぬ物を見てきただろうが、
彼が求むような芸術的観点を備えているかは少々悩みどころである。

挙げられたそれを美と感じるかどうかは人によりけりだろう。
特にグラシアは美に関わるとうるさい。

頭を悩ましたスイリは、うーんと一言唸った後に口を開いた。


「もう行ったことありそうだけど、スティリア氷城は?」
「いや、それがまだ」
「ん、意外だな。 飛びつくかと思ったのに」

「なかなか北国に寄る暇がなくてな・・美しいとは聞いているんだが」
「氷好きなら一度行ってみるといいよ。 クロウの魔術とか好きでしょ?」


グラシアは少し悩んだ表情を浮かべた後、
名の挙がったクロウの戦闘風景を思い出した。

基本として8つの属性が存在するが、中でも氷魔術は一際美しい。

グラシアとスイリ同様、十二使であり『氷軌』の名が付いた
彼、クロウカシスの魔術は洗練されていて確かに美しい。

彼は先程テーブルに置いたタブレットを手に取り、
自身と十二使全体のスケジュールを確認した。


「・・今月終わるまでには行く」
「今月もう終わり見えてるんだけど」
「問題はない」


・・・行動力の鬼だろうか。
この男は本当に美さえ絡めば人の数倍の力が出るような気がする。

タブレットにスケジュール入力を続けるグラシアはふと手を止め、
未だ立ちっぱなしであるスイリへと顔を上げた。


「他には何かあるかい?」
「んー・・そうだな・・・ 情報屋ならではの情報を求めたなら、
 王都エンドレの路地裏から入れる喫茶店『ムゥム』に行ってみるといい」
「喫茶店」


意外な提示にグラシアは言葉を繰り返し、瞬きを1つ。
路地裏に入口があるということは隠れ家喫茶なのだろうか。

彼の反応で意外そうだと感じ取ったか、
スイリは笑みを浮かべては口元に人差し指を向けた。

普段は温和で丁寧なスイリだがこのような時に若干感じさせる
悪戯っ子のような笑みは、彼の種族らしくない種族が垣間見える。


「先に言うが、勧めたいのは『場所』じゃない。
 週末の夕方3時頃か、夜10時頃をお勧めしとくよ」
「・・メモっておこう」
「尚アテが外れる場合も十分にある。 行く際にはそのつもりで」
「承知した」


タブレットに字を入力しながらのグラシアを一目見、
スイリは向かい合わせになっている反対側の執務机へと歩き出した。

机の上を見れば1時間前まで無かったはずの書類が数枚。
椅子を引き、グラシアの向かい側へと腰を下ろした。

入力を終えたらしいグラシアはタブレットを再度机の上に起き、
対面に座ったスイリへと顔を向ける。

中性的な顔立ちは幾度か瞬きを繰り返す。
ふと、その口元に笑みが浮かんだ。


「さて、情報代は何に替えてもらおうかな?」
「待て待て待て、まずは確認してからだ。
 その情報は僕の反応次第で価格変動するから」
「あぁ、大事だね。 了解したよ」


可笑しそうにくつくつと笑みを浮かべる彼に、グラシアは頬を掻く。

「情報は等価交換」だと決まって言うスイリに、
世界一の情報屋から受けた情報に値する対価は正直悩ましい。

内容が内容なだけに吹っ飛ぶような高額ではないような気もするが。


「情報代と言うが、スイリこそ僕に何を求めてるんだい・・・」
「ん? そうだな・・ミサージガルは純粋に興味があるよ?」
「む。 確かに極少数だな・・」

「後は君の携える才も気になる。 芸術分野となると、
 グラシアの方が知識が豊富そうだからね」
「情報屋に情報を教えるのはなかなかない経験だな?」
「でしょう?」





彼なりの黒歴史と美的感覚



(情報屋である君が知らない情報は何があるんだい?)
(その回答は高くつくけどいいのかい?)
(・・何気なく聞いたがタブーか、やめておこう)
(それがいい)

(そういや報告で聞いた噂の連れはまだ見かけてないな)
(ユラのこと?)
(そう)
(意外と単独行動多いんだよ。 街でも巡ってるんじゃないかな)






十二使の僕君コンビ。 そして天使と悪魔である。


スイリ・ミゼル
  事件に発展しなさそうなただの会話を書いたのは初めてかもしれない。
  十二使『知聖』の情報屋の悪魔。 一部には引退されたと思われている。

グラシア・クウェイント
  事件に発展しなさそうな(ry) 彼も戦闘に絡む話が多い。
  十二使『八駆』の天使。 芸術系には粗方手を出してる。





 

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