創作世界

□アベリアで奇妙な昼下がり
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微かな潮の匂い。 波の音は年中響いて心地いい空間を作り出している。
海に囲まれた水上都市、アベリア。

近代的なこの街では他の街と比べ建物が高く、高層ビルも珍しくない。
高い建物の隙間から射す太陽の光は眩しく思わず目を瞑る。

太陽がビルに遮られた場所は影が色濃く、
気温の高い夏場は涼しく日陰に集まる者も多い。 冬場は少々寒いだろうが。

水上都市アベリアでは全国配信であるラジオの録音環境も整っているようで、
ラジオ局がこの街に事務所を作っているとの話だ。

周囲、全世界で見ても少々異色であるアベリア。

十二使の一角を担う『北風』ノルテ・ティフォーネは、
ビルの隙間から見えた青空を仰いだ。


十二使と言えば世界規模である旅団の数少ない幹部であるが、
事務的な仕事や定期報告、また旅団長からの直接任務さえなければ、
一般旅団員とさして変わらない生活を送っている。

ある程度十二使がバラけるように滞在場所の調整こそするが、
行きたい街には行くことができるし、上記の仕事がほとんど無い時は
旅団支部の受付で依頼を選んでは内容をクリアする。

ノルテもここ数日は平和なもので、
久しぶりに訪れたアベリアの街並みを眺めていた。

都市というだけあり人口も多く、
まだ太陽の高い今の時間は沢山の人が街中を歩き進んでる。

ふと向かいから歩いてきた男性とノルテの視線が合った。

白い髪を揺らし、エルフ特有の横に伸びた耳と日焼け知らずの肌。

ラフな姿格好をしている彼からは、黒いロングコートやネクタイと言った物は
見る影もないが、風貌こそ普段と違えど見間違うはずもない。

反射的に腰に下げていた刀へと手を伸ばした。

走る緊張感、こんな街中で会うなんて。

彼もノルテに気付いていたようで、「ん」と短く呟いた後、
ノルテとの距離を少し詰めては足を止めた。


「珍しいとこで会うな・・」


意外そうな表情を浮かべた彼に対し、
険しい表情をしいつでも刀を抜ける姿勢のノルテ。

彼の髪は短いながらも後ろで括られているようで横髪が少ないと感じる。

何をしに、 どうしてここへ。
疑問は湧きつつも刀に触れ、向かいに立つ彼を睨んだ。

明確な警戒心を見せるノルテに、
エルフの彼は笑ってはひらりと手のひらを見せた。


「まぁ待てって。 俺今日は仕事じゃねぇんだよ。
 ていうか街中だし、次の機会にしよーぜ?」


大体俺今武器持ってねーし。 呟くように追記する彼。
確かに普段彼が携えてる紺色の剣身をした大剣は見当たらなかった。

彼の発言ももっともであり、街中での戦闘は避けたい。
何より彼ほどの腕との戦闘となると被害が周りに及びかねない。

仕事ではないのは確かかもしれない、と刀からゆっくりと手を離した。

ただ簡単に警戒を解くことはできなかった。
彼の動作は自然なものであったが、彼がどれほどの人物かを知っている。

彼とは敵であるから。


ダークエルフで大剣使いの成人男性、と挙げれば
十二使で知らぬ者は居ない。

こともあろうか世界的組織であるはずの旅団に人知れず敵対し、
誰も気付かぬように暗躍する組織が存在している。

その目的はいまだ不明、謎に包まれているが、
アベリアから北にある街が数年前に山崩れで廃れているのは、
この組織が絡んでいるかもしれないと旅団長は睨んでいる。

その組織の一員が、ノルテと鉢合わせしてしまった
アイン・フェルツェールングだった。

余すほどの戦闘能力、エルフゆえか魔術にも強い。
ノルテとアインは今まで何度か戦闘を繰り返していた。

その時の彼の姿こそ、白いワイシャツにネクタイ、黒のロングコート。

アインと会うと決まってこの姿であったがゆえに、
今日の彼のラフな服は少々驚いたのだ。

今思えば彼なりの仕事着なのだろうと思う。

右頬に大きく出ている赤い印は隠されもせず、彼を知る者が見たら一発だ。

ノルテと向かい合ってたアインは、街中をきょろきょろと見回しては
少し考えた表情をし、ノルテへと顔を上げた。


「つーか俺腹減ってんだ、オススメの店ない? 肉食いたいんだけどさぁ」


おすすめの店。
言葉の意味が理解できず数秒瞬きを繰り返す。

え、アベリアで肉が美味しい店。 あっただろうか。
正直自分もアベリアに来る頻度は低く店自体には詳しくないのだが。

思わず真剣に考え込むノルテに、アインは続けて口にした。


「お前腹減ってる?」


・・・・まさかさっきの質問は飯の誘い込みだったのか?
予想外の申し出に混乱しつつ、自分の空腹度を感じ取る。

一応昼ご飯は食べた後で、腹ペコというわけではない。
かといいある程度時間も経っており、満腹といったわけでもない。

返答に困った後にノルテは右手を出して、
親指と人差し指を広げた。 少しだけ。


「結構食うタイプ?」


人並み・・・だと思う、が 声が上手く出ない。
ノルテ・ティフォーネは話すのが極端に苦手だった。

動作での表現もしづらく返答に悩んだ矢先、
「普通? 成人男性レベル?」と聞き直され、頷いた。

ふむ、と小さく頷きを見せるアイン。


「んー、じゃぁ2軒くらい入るかぁ。
 1軒はお前のオススメで、もう1軒は俺が気になったとこな」


仮にも敵であろう自分を飯に誘うとか、
昼下がりもいい時間に飯屋2軒周るつもりだとか、

・・・この人正気だろうか?





アベリアで奇妙な昼下がり



(つーかお前ほんと喋んねぇな。 俺が敵だから?)
(・・・、・・)
(素でそれか、難儀だな。 声は出るのかよ?)
((コクリ))

(あれか、人見知り的な奴?
 いや厳密に言やー違うんだろうけど、そういうことにしとくな)
(・・・・)
(これうめぇな)
((コクコク))






オフ日のアインとノルテが街散策する奇妙な一日。 邂逅編。 続きそう。


ノルテ・ティフォーネ
  十二使『北風』 風>氷属性の両刀使い。
  寡黙の十二使と名が挙がったら彼。
  アインのことは意外と普通の人だなと思う。

アイン・フェルツェールング
  敵対組織の一員。 暗>風属性の大剣使い。
  ダークエルフで大剣使いの成人男性と言われたら彼。
  ノルテのことはコイツ本当に喋んねぇなって思う。





 

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