創作世界

□特異の情報トレード
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羅列した文字に目を通しながら、
ジャンルごとに振り分けしてはキーボードを叩く。

ここ最近、と言っても数日ほど前からこのような作業を繰り返していた。


時空移動について調べていたユラ・レクインは、
先日スイリ・ミゼルと名乗る男と出会った。

首に浮き出ていた使印から名乗った十二使『知聖』に疑いの余地はなく、
特異体質のことも含めてしばらく行動を共にすることになった。

数日後、スイリに呼び出された彼女はと言うと
先日やり取りしていた十二使が保有するという立派な屋敷に来ていた。

前回とは別の部屋に通され、机の上を見てみればとんでもない紙の山。
素で「なにこれ」と言い身を引いたユラに、彼は小さく笑い返した。

これは彼が集めたという情報量だという。 なんだこれ。
キーボードを叩きながら、向かいに座るスイリの顔をちらりと見上げた。

淡い青緑色の髪と中性的な顔はどちらの性別だと言われても疑わない。
男であると知ってはいるが女だよと言われても信じてしまいそうになる。

対面の彼もユラと同じように紙の山を見比べては、
キーボードを叩く作業が続いていた。

機密度の高い情報は向こうが処理しているらしい。

なんで私がこんなことを、という気持ちが全く無いわけではないが
情報屋という職には一切触れたことがなかったから新鮮、ではあった。

ていうかそもそも情報屋は秘密主義が多いらしいし、
こんな内部にまで潜り込めるのは珍しいのだろう。

基本的に分からない内容、特に人物の情報となるとさっぱり分からないが、
時折交じる国や店の知らない情報に目を留めるとおぉ、と思う。

そんなことを考えながらテーブルの上に描かれたような、
半透明の映像表示されたキーボードを叩いていた。

いや、それにしたって私は何をしているのだろう。

黙々と、テーブルを指で叩く音を耳にしながら作業を続ける。

疲れたら勝手に休憩取っていいよ、と言われているが
このタイミングでそれもなんなんだ。


「そういえばさぁ」


タイピングの音が響いたまま、対面に座っていた彼は急に口を開いた。
思わず作業の手が止まりスイリの顔を見上げる。

スイリは作業を続けたまま、タイピングの手が止まったユラの顔を
ちらりと見ては、また表示されている画面に視線を落とした。


「ユラは何故事故とは言え『飛んだ』の?」
「・・・凄い急ですね」
「事故で飛んだとは聞いていたけど、
 その理由までは聞いてなかったなと思って」


入力を続けながら喋るこの人随分器用だな。
心の端でどうでもいいことを考えながら、ユラも作業の手を再開した。


「・・私ばっかり喋りすぎじゃないですか?」
「あー、そうだね。 言いたくないならそれでもいいんだけど」

「そっちはどうなの」
「僕?」
「どうやって自分が特異体質であることを知ったの」


1秒、キーボードを叩く音が止んだ。

一瞬の静寂は彼のタイピングの音に掻き消される。


「・・・ユラの飛んだ理由を聞いたら答えることにしようかな」
「・・まぁ聞かれたからには理由答えますけど、
 その後はぐらかしたら今入力してるデータ全部飛ばします」
「ふふ、それは怖いな。 僕そんなに信用無い?」

「この期間で貴方は食えない人だと知ったんで人質は取っておかないと」
「人質」
「データですけど」


作業は続けているものの淡々と告げるユラ。

彼の入力の手が止まったように思い顔を上げる。
ユラの右側で括っているサイドテールの赤い長髪が揺れた。

対面に居るスイリはと言うと、手を口元に寄せてちょっと笑いを堪えていた。

笑われたのがあまりにも解せなかったらしい彼女が、
いかにもと言わんばかりに眉を寄せる。


「えぇ・・・」
「うん、それでいいよ。 君の飛んだ理由と僕の知った理由、トレードで。
 僕が破ったらそのデータが飛ぶってのも付加でね」


交渉成立してしまった・・・・

ここ最近での付き合いではあるが、彼という人を少しだけ知った気がする。

不都合なことは全てなんでも意地でもはぐらかすが、
情報に関わるとあれば嘘はつかない人だと。

ただ世界一と謳われた情報屋が相手なだけに、
軽率にトレード組んでしまったのはまずかったかもしんない。

・・いや、十二使だし、情報流すのも制限掛けてるとは言ってたし大丈夫か?

数秒考えて今度はどこから説明しようかを頭の中で巡らせた。


「じゃぁまず前提としてなんですけど。
 私のことはどれくらい調べたんですか」
「前提なんだね」
「調べられてるだろうと思って」

「出身地と卒業校、依頼完了履歴は確認したよ。 後は、」
「母ですか」
「・・鋭いね」


一瞬の突っかかりだったにも関わらずそれを言った。
少しだけ頷いたユラは少しだけ悩む表情を見せる。

まだ基本情報のレベルらしい、やはり最初から言うべきだろう。
作業の手を止めて、組み立てた言葉を並べる。


「昔、母から教えてもらった詠唱が1つありました。
 それがなんとも珍しいっていうか制約がいくつもあって」
「制約?」

「危険な時には唱えること、ただし平常時は何があっても唱えてはいけない、
 他の誰にも言ってはいけない、実父にも言ってはいけない、
 これを伝えるのは自分の子供にだけ・・・後何があったかな、」


スイリは作業の手を続けながらユラの話に相槌を打つ。
「伝説の口伝みたいだね」と彼は小さく笑った。

思い出すように思考を巡らす彼女は少しだけ目を伏せて。


「・・散々覚え込ませるように頻繁に聞いた話、だった」
「うん」
「5月、私の言い方が気に入らなかったのか絡まれてしまって。
 あ、これまずいな、って思った時にその言葉を思い出したから」

「唱えたら時空移動してしまったと」
「ですね」


ふむ、と頷くスイリと先日話された内容と照らし合わせて情報を落とし込む。
彼は他に気になる点が合ったのか、顔を上げて問うた。


「その詠唱を聞いた相手はどうなった?」
「詠唱から30分後の現場に向かったんですけど・・相手居なくて、
 見つかってまた絡まれるのも嫌だったし足早に街去りました」
「ユラらしいな」
「・・解せないですね」

「その詠唱、僕に言うことってできる?」
「・・・・・」
「時空移動のこととなると僕は口は堅いよ」
「・・そうですね、時空移動の詠唱だったらスイリに害は無いし・・」


スイリの提案に、母の言葉が脳裏を過ぎり数秒考え込んでしまったユラ。
誰にも言うなと言われた詠唱であるが十二使相手だ、言っていい気がする。

詠唱を唱えようと小さく息を吸い込む。


「『ラジェ』・・・・」
「・・詠唱は紙に書こうか」
「・・・そうですね。 あ、紙とペン」

「そっち側引き出しあるよ、開けて」
「あった」


机に取り付けられていた引き出しから白いメモ帳とペンを取り出し、
ユラは紙に[Rajiennu]と綴った。

対面の席に座っていた彼が立ち上がり机を回り込み、
ユラの書き込んだメモの字を見つめる。


「・・似た詠唱は知ってるけれどこっちは聞いたことないな、
 時空移動・・の、ランダム転移かな・・?」
「でも帰る時も同じ呪文だった。 それも意識した時間通りで、」

「うーん、後半に引っかかったのかな、正規はWaなんだよ」
「あ、似て・・ますね」
「詠唱したのも当時が最初だったし発音ミスはあるかもね」


確かに、の意図を込めてユラは小さな頷きを繰り返す。

椅子に座ったユラの隣で立ったままのスイリを見上げれば、
また少し考えた表情をしていた。


「事故の原因はこんな感じなんですけど」
「うん、大体分かった。 ありがとう」
「スイリは?」


彼女は普段から淡々としており表情の変化があまり見られないが、
いつもの表情のまま、催促するかのように聞き返した。

スイリはその催促に少しだけ笑みを浮かべ、ユラの隣にあった椅子を引いた。

・・・そういえば、この人から自身の話を聞くのは
本当に初めてかもしれない。 どんだけガード固いんだ。


「何故僕が特異体質であるかを知ってるか、だっけ」
「そうですね」

「自宅の地下にあった書庫に行った時にメモが置いてあったんだよ」
「メモ、」
「『君は時空移動が許された身体』 ご丁寧に詠唱も複数書かれていた」


彼の口から語られた話はあまりに奇妙で、ユラは思わず怪訝な表情をした。
情報屋である彼がトレードだと宣言したならばこれは嘘ではないように思う。


「・・・・ 変な、話ですね。 自宅なのよね?」
「そうだね。 でもメモの原因は分かってるんだ」
「え」
「僕自身だった。 20の頃の」


・・・未来の自分が、過去の自分に宛てるために
時空移動をして置いてきたということか?

また不思議な話だ。 時空移動の経験が少ないせいか殊更そう思う。

本の中では時間に関するストーリーは意外と多いように感じるが、
今の話が現実だと言うのだから本当に驚かされる。


「なら随分早い時点で気付いたのね。 いつ頃?」
「それは内緒」
「私の予想じゃ15未満なのだけど」
「ご想像に」

「・・ていうか、 自宅の書庫にって・・・
 そのメモ、スイリ以外が見つけたらどうするのよ・・家族とかさ」
「いいや、僕にしか見つけられない状態だった」
「・・まだ何かあんの?」


明らかに怪訝な表情を向ける彼女に、スイリは唇を緩めるように笑うと
ユラの隣に座っていた椅子を膝裏で押しのけてはその場に立ち上がった。


「秘密」
「この人・・・・」


情報屋は秘密主義が多いというが、本当に知った理由しか答えなかった。

彼はしれっとした顔で向かいの席に戻り入力作業を再開した。





特異の情報トレード



(・・に、しても 情報屋ってこんな事務的なのね)
(どんなの想像してたの?)
(酒場のカウンターでジメジメしたフードの暗い人に
 金渡して情報もぎ取る印象だった)
(偏見の塊)

(実際にあるの?)
(人目の少ない場所でチップ渡して、の部分なら結構あるよ)
(フードのジメジメ男居ないんだ)
(探せば居るかもしれないよ? 情報屋もジャンル別だからね)






情報屋と手伝い。


ユラ・レクイン
  ただの相手だったら情報屋の手伝いもスッパリ断れたのに、
  十二使が相手だし特異体質の件も若干絡んでるしで断りきれなかった。
  因みに後日手伝い料金が支払われている。

スイリ・ミゼル
  世界一の情報屋と謳われた世間も騒がしてしまったような人。
  情報屋は秘密主義とよく言うが例に漏れず彼もそうである。
  ユラの母については端的な情報を知っているだけで詳細は知らない。





 

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