創作世界

□痛み伴う目覚めの朝
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・・・ガリッ!

正常な痛覚は、私を一瞬で夢から現実へと引き戻した。

窓から太陽が差し込む朝、彼女はベッドで右肩を下にして眠っており、
深緑色の髪の隙間からゆっくりと開かれた瞼から、自らの手を視界に映した。


夢を、見た。 ここ最近では一番嫌な夢、
あの時の、悔しさが、顕著なまでに表れて、表れて、私は、

私は、 負けたのだ。

きっかけとなった戦闘直後、帰還するまでは逆に落ち着いていた。

そして思い出す。
尋常じゃないほどの悔しさと屈辱、時折気が狂いそうになるほどだった。

ボスはそれを何も言わなかった。
寧ろそれでいいと、君のそれを買ったのだからと寛容だった。


夢を見る。 あの戦闘自体に、怪我の類である痛みは与えられなかった。
翼は斬り落とされたが、翼を斬り落とされること自体に痛覚は伴わない。

それが寧ろ悔しかった。

『痛みを与えることなく制圧はできない』
私は、そのラインにさえ至れなかった。

時折、酷い痛みを伴って朝を迎える。

目が覚めてから視界に映る自身の手は爪が深く入り込んで、
傷ついた皮膚から血が流れている。


「(・・・痛い、)」


自傷癖とは違う気がする、だってこれは無意識だ。

しかも利き手である右手の爪で右手の皮膚に食い込ませるのだから、
怪我をした際の日常動作が一気に不便になる。

迎えた何度目かの視界に、彼女は内心またかと呟いた。







深緑色のセミロングにブラシも通さず、着替えもしないまま、
鏡で寝癖などを確認した程度の寝起きの姿で、彼女は自室から廊下に出た。

特殊な組織に属する彼女は、屋敷にほぼ住み込みの状態で、
出先で寝泊まりする方が珍しい。

アリナは流血した右手の平を上に向け、廊下を歩き進めた。
利き手の怪我の手当てをしなければ物に触れない、何事も1日も始まらない。

自室に応急処置の道具や絆創膏といったものが一切無いのが仇だ。
屋敷に取り付けられた医務室へと足を伸ばす。

意外と深かったのか、血は手の平に小さな池を作った。
切り込んだ際に付着したと思しき、爪と指の間の血が乾こうとしている。

傷跡が苦手というわけでもないが、軽く握り込んだ右手を左手で覆う。

人の気配を感じてふと顔を上げれば、
廊下の交差から同組織に属するアインが姿を見せ、彼女と目が合った。


「ん」
「あら、おはよう」
「おはよ」


白髪に掻き分けられたエルフ耳を生やした彼の姿は普段通りに見える。
白いワイシャツに黒ネクタイ、黒コート。 頬にも赤い印がいつもどおり。

コートのポケットに手を突っ込み、
手首の辺りには黒い手袋が僅かに姿を覗かせている。

左手で右手を覆うアリナを見ると、アインは小さく鼻をすんと啜った。


「・・・怪我?」
「あー・・ちょっと、」


言葉を濁すアリナに、アインはぐっと距離を詰め、
黒の手袋越しに彼女の右手を掴み上げた。

有無を言わせぬ行動と、いとも簡単に大剣を振り回す握力に眉を寄せる。

廊下を照らす明かりに晒される傷跡、
そして爪に付着した血をじっと見つめると「爪か」と呟いた。

掴み上げられた際に池になっていた血溜まりが手首を伝う。

ふと、頭上でアインが小さく笑った気配がした。


「利き手右だったろ、手当てしてやるよ」
「え、ちょっと、」


制止の声よりも先に、アリナの右手首を掴んだまま彼は歩き出した。
引っ張られるようにして足を前に出す。

・・・彼の申し出を、意外だと思ったことは言わない方がいいのだろうか。

廊下に血液を落とすのはまずい、手首の向きを変えようとするものの、
その動作を許さないほどアインはしっかりとアリナを掴んでいた。

血溜まりが指先にまで伝う。 彼の手袋まで汚しそうだ。
アイン、と口を開こうとした矢先、彼の声がそれを遮った。


「殺意の行き場も悩ましいもんだな」


言葉を詰まらせた。

原因に関しては今日の遭遇から一度も口に出していないし、
今日まで何度か怪我はしたが、その中で彼と出会いもしなかった。

それでもバレている、というか、察せられている。

伝う紅に視線を落とし、頭1つ分以上高いアインの背を見上げた。


「アインは・・・そういう時、どうしてるの」
「別に俺、殺意をもって殺してるんじゃねーからなぁ」


回答を得られなさそうな価値観の違う返答に言葉を失くす。

廊下を突き進むアインと、離されることのなさそうな手。
ふと足を止めた彼は肩越しにアリナへと振り向いた。

彼の金眼はアリナの赤い瞳を見つめ、
口の端をニ、と釣り上げては意地悪そうな食えない笑みを浮かべた。


「負けてやるつもりは毛頭ないけど俺がお相手してやろうか、お姉さん?」
「結構よ。 流石に貴方の相手は極力控えさせていただきたいわ」
「あ、そ」

「それとね、逃げないから手首離してほしいな」
「ん」







医務室に到着するなり椅子に座らせられたのも早々に、
垂れてる血拭けよと言わんばかりに濡れタオルを差し出された。

肘まで伝った乾き始めている血を拭いながら、
アインの動作を見ていると医務室の棚をがさがさと漁り始める。

道具を一式抱えた彼はアリナの向かいの椅子に座り、
脇にあったテーブルにそれらを置いた。

そして無造作に両手に嵌めていた黒い手袋をするりと外す。
白い肌に、手の甲に刻まれた赤い印が鮮やかなまでに視界に映った。

手を差し出せ、と催促するように差し出される彼の手の平。
一通り拭い終わった手を差し出すと、アインはせっせと手当てに回った。

消毒やらテーピングやら、意外と手慣れた動作の作業をじっと見つめる。


「・・・しっろ」
「白?」
「肌の色。 私より白いかも」
「ダークエルフだかんね、元々焼けないんだ」
「ふぅん・・・羨ましい種族柄ね」

「爪なっっが」
「女だからね」
「爪切りどこだよ」
「勝手に切らないで」



痛み伴う目覚めの朝



(指ほっそ。 何? これでお前は斧ぶん回してんの?)
(野蛮人みたいな言い方やめてよ・・)
(いやほんとに。 なんだこれ? てか爪長っ)
(2回目)

(斧振り回せる力があった上でこんだけ爪長いなら、
 そりゃこの薄い皮膚も削れて当然よな)
(・・・・)
(人の怪我手当してやんの、大分久しぶりかも)
(そう。 ・・意外と丁寧なのね)






アインの方が年下なんだよなぁっていう。


アリナ・サリン
  堕天使の31歳女性。 アインより学年1つ上。
  アインと身長差21cmほどあるので結構見上げる。

アイン・フェルツェールング
  ダークエルフの30歳男性。 お姉さん発言は正しかったってあれ。
  眠りが浅いので朝は意外と早いが寝過ごしてる時もある。





 

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