創作世界

□運命が素敵であったなら
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「あ」


たっ、と駆けて行ったその先で揺れる長い金色の髪と白いワンピース、
背中から生えている白い翼と見覚えのある姿に目を留めた冒頭第一声。

肩下ほどの黒髪、日差しを眩しそうに伏せる青混じりの黒い瞳の彼女は
少しだけ悩んだ表情を浮かべたがその表情はすぐに消えた。

夏仕様になったレーシュテア高等学院の制服、スカートを揺らして
彼女、ミキ・クロシェットは前方に居る天使へと声を掛けに向かった。


「こんにちは、ルゥ」


駆け寄り手にグレーのファイルを持つ天使に、
ミキは覗き込むようにして声を掛ける。

急な声掛けにちょっと驚いたように彼女は緑色の瞳を開けたが、
その人がミキであると分かると安堵したように肩を下ろした。


「あぁ、ミキ様か。 こんにちは。 お仕事の帰りですか?」
「そう、収録終わったばかりなの」


水上都市アベリアは西方大陸に位置する少々稀有な町並みである。

ビルと呼ばれる高い建物がいくつもあり、
太陽が真上にある昼間でもなければ街中の半分くらいは建物の影だ。

通信環境も整っているアベリアにはラジオ局が腰を据えている。

ミキはラジオ局でMCを努めており、
アベリアには定期的に通っている様子だった。

ルゥと呼ばれた天使、ルーエ・ディ・ティエルの持っていた
グレーの硬そうなファイルへちらりと目線をやった。


「ルゥは・・・何してんの?」
「街中の老朽、破損項目の調査中なんです」


そう言うとルゥはファイルの中身を見せた。

白い紙が何枚も挟まっているようで、開かれたページには
表になったチェック項目がずらりと並んでいた。

アベリアに綺麗に詰められた石畳、各々通りの破損チェック、
街が管理している建物の壁の老朽度合いの確認。

花壇の花は抜かれていないか、枯れてないか。
アベリアの周囲に魔物の巣はできていないか。

そういった街の環境に関する項目が多いように見える。

そして思ったより結構長い時間やっているのか、
ほとんどの項目には既にチェックが入っていたり、
ルゥ直筆であろう追記の字が綴られていた。


「ルゥ達のとこ、そういうのもやってるんだね。
 なんか組織、? の対策本部だって聞いてたから」


まじまじとチェック項目の紙を見つめるミキに、
ルゥは少しだけ笑うとファイルを手元に戻した。


「メインの仕事は主にそちらですが、アベリアを拠点とした
 傭兵業みたいなものなので悪行でなければなんでも請け負うんですよ。
 こうしたアベリアからの正式依頼も結構多いんです」

「そんで旅団とも連携してるんだよね、凄いよね・・」
「情報に関してはサファリ旅団の方がお詳しいので」


なんてことはないように笑う彼女に、
ミキは「そんなもん?」と言わんばかりに首を傾げる。

制服姿の彼女にルゥは笑みを1つ。
そして先程までチェックしていたらしい街頭を見上げた。

つられるようにミキも街頭を見上げる。


「・・ね、ルゥ。 その調査、後どれくらい掛かるの?」
「え? えーっと・・後30分もあれば」
「そっか。 その後用事は?」
「いえ、特には」

「じゃぁそれ終わったらお茶しない?」
「あら、 ふふ、喜んで」
「ん。 なんか私にも手伝えることあるかな?」
「そうですね・・門の魔石に魔力補充が残ってるのですけれど」
「魔力補充」

「ミキ様、魔石に魔力流し込んだことってあります?」
「ないです」
「ご一緒しましょう」
「待って、それ寧ろルゥを手伝わせてない? 大丈夫?」







ルゥに付き添う形で作業の過程を見ながら、
時折ミキも手伝うように働いて。

作業を終えて提出もした頃には、
夏であるにも関わらずある程度陽が傾いていた。

ルゥがお勧めだと言う喫茶店でケーキと飲み物をそれぞれ注文し、
カウンターでそれらを受け取っては人の少ない2階へ上がっていく。

窓辺の席に座り夕陽差し込むアベリアの街並みを横目に。


「今日はネオは?」
「旅団支部の方に出向いて事務仕事の手伝いだそうです」


近況報告や世間話を続けているうちに
頼んだケーキは食べきり、コップの中身はほぼ空になっていた。

自宅に戻るだろう歩く人の行き交う姿を何と言わずじっと見つめる。

喫茶店2階は人が少ないが、時折明るい声が耳に入ってきた。
直接見たわけではないが声が若いからレーシュテアの学生かもしれない。

ふと、窓の外を見つめながらミキが「私ね」とぽつり、零すように呟いた。

独り言のように紡がれた声に、ルゥは窓の外から視線を外し、
向かいの席に座るミキを見つめる。

頬杖を付いた彼女は幾度か瞬きを。


「この間、収録の帰りに馬車に乗ってたら魔物に襲われて」
「え、」


不意に出てきた言葉に声を詰まらせるルゥ。
街の外では多く生息している魔物との交戦自体は珍しくはない。

ただここ最近では彼女が怪我を負った様子も無いので、
恐らくこれは本題の導入に過ぎないのだろうと予想し一先ず頷く。


「護衛の人も居なかったから私が外に出て応戦して、
 無事に撃退できて事なきを得たんだけどね」
「はい」

「戦い方を教えられたわけじゃないのに、寧ろ初めてに等しいのに、
 人より戦えるだなんて不思議な話だと改めて思ったの」


窓の外に視線を落としたままのミキは、
レーシュテア高等学院、普通科生徒用のブレザーの制服だ。

どこか思案の色を含ませた言葉は独り言のように喫茶店の端で溢れていく。

ここから徒歩でも行ける距離にあるレーシュテア高等学院は、
授業で戦闘技術を習う特戦科の力を入れている高校とのことで有名だ。

ミキは仕事のため職場に近い寮制度のある高校を選んだに過ぎず、
戦闘技術には触れずに普通科を卒業する・・はずだったが、今やこうだ。


「記憶も体も覚えていないのに、
 この魂だけが当時を覚えている・・・本当に、不思議なの」


まだ2ヶ月。 入学して2ヶ月も経たぬうちにそれは来た。
それが運命であったと。 それが枷であったと。

貴女が持つべき物だからと授けられた剣は、
戦闘に馴染みないはずの彼女を自然に動かした。

彼女の首にぶら下がったシルバーの十字架は、
夕陽に照らされ美しいまでの輝きを放ち返す。


「・・・ルゥ」
「・・はい、なんでしょう?」


独り言のように紡がれていた言葉は急に向かいに座る天使へと向けられた。
彼女は目を細めて対象を見守っている。

頬杖をやめ、様子を伺うように見つめる緑色の瞳を、
揺れる金色の長い髪を視界に入れて、ゆっくりと口を開いた。


「預かるだけでいい、なんて言われてたけどさ」
「はい」
「本当に必要であれば私、戦うよ」


真剣な眼差しに、ルゥは少々驚いた表情をした。

私が? 戦うの? 普通科なのに? 絶対無理じゃん。
戦闘経験のない彼女がそう言って、拒んだのを幾度か聞いたことがある。

彼女の発言はごもっともだし、無論全てを任せようというつもりは毛頭ない。
託すからにはそれ以上のフォローを。 その覚悟で彼女と会った。

そうして、幾度かの戦闘報告を聞きながら。
本人は気が進まないだろうなと思いながら。

今聞いた発言は、過程を知っていたからこそ一番驚く言葉だった。


「・・でも、ミキ様は普通科で」
「うん。 だから進んで戦うとは言わない、それはきっと足手まとい」


ミキは少しだけ俯き、自らの首に下がる
十字架のネックレスを覆うように握りしめる。

いくら魂が覚えてると言ったって自身は初心者だ。
それは変えようがないし、特戦科に転向するのも体力面で厳しいものがある。

ただこの剣を託されたのは、それが『私』であったからだ。


「でも私じゃなきゃいけない時がきっと来る。
 私が生まれたように、私に託されたように。
 ・・・・貴女とネオがそうであるように」

「! ・・・」
「初対面の日の会話、今でもたまに思い出すの」


初対面は父が仲介に立ち会わせたレーシュテアの学院長室。

対な白と黒の人を見た。
随分と対象的、事実2人は対であったけれど共通点もあった。

生まれ持ったものから逃れられない、貴方だけであると。
彼は説得の際に「自分も似たような身だ」と言ったのだ。


「いくら見えないと言ったって、
 『この世界にたった1人』の枷は重いでしょう?」





運命が素敵であったなら



(私ね、結構運命って好きだったの。
 必ず、定められた、ある人にしか・・・唯一って感じがして)

(でもなってみたら感じたのとはちょっと違った)

(物語の中の運命は素敵な話であることが多いけれど、
 運命が枷になるのは聞いたことがなかったや)






久しぶりな気がするLD組。 ミキさん登場作品量底上げ予定。


ミキ・クロシェット
  レーシュテア普通科1年生。 アベリアでラジオMCの収録やってる。
  初のキャラメイクは彼女ってレベルのうちの子古参だけど、
  本編以外であまり喋らせたことがないので動きづらい難点。

ルーエ・ディ・ティエル
  彼女も随分前から私の中に居るけど(省略)動きづらいパート2。
  某組織の情報収集、サポート役に周っている。 愛称はルゥ。
  彼女もレーシュテアを卒業している。 特戦科。 19歳。





 

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