創作世界

□再現の主柱と戦う者
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作業が一息付き終えて眠ろうかと考えた直前、
喉が渇いていることに気付き、先程まで向き合っていた机を背に自室を出る。

水上都市アベリアに拠点を置いた傭兵組織『シクザール』の建物は、
通りに面した一番下の階は主に受付や客間である。

奥に入り込み一つ階を上がると事務室やキッチン等を揃えた共用スペース。

更に上の階はほぼシクザールに属する者の居住スペースとなっており、
ルーエは下の階へと続く階段を降りていった。

ぎしり、と響いた木製の階段。

あまり大きな組織ではない分、建物自体も狭い方であり、
廊下や階段は1人通れる程度の幅しかなく少々閉塞感だ。

階段を下り、キッチンスペースへと向かう廊下に出ると
キッチンからは微かに明かりが漏れていた。

夜が得意な者が多い悪魔種族が2人居るこの組織では
日付を回る直前であるこの時間でも人の気配がすることは珍しくない。

廊下から覗いてみると、焦げ茶の木材丸テーブルの上にボトルとグラス。

その隣に椅子に座った髪から衣服から黒い様相のネオルカが、
彼女の気配に気づいたようでこちらを見つめていた。


「寝付けねーの?」
「あ、いえ。 さっきまで作業でこれから寝ようかと・・・お酒ですか?」
「仕事煮詰まったから。 息抜き」


くっ、と中身の入ったグラスを傾けて酒を喉に通すネオルカ。

少し視線を外して奥のテーブルに向ければ、
作業途中と思しき画面が部屋の端で開きっぱなしで放置されていた。

キッチンに向かい、食器棚からコップを手に取り水を汲もうとする
ルーエの様子をじっと見つめていたネオルカ。

その姿に彼は不意に声を掛けた。


「飲む?」
「え、」
「嘘、ルーエが酒に弱いっつー噂は聞いてる」


呼びかけは酒の付き合い、ということだったろう。
動揺している間に撤回された誘いを持て余して手の動きが止まる。

彼女のコップの中にはまだ何も入っていなかった。


「付き合うのは会話だけでもいいけど」
「・・・割れるものがあるなら・・」
「・・・意外だな」


誘っておきながら返ってきた了承の意に驚きの表情を見せるネオルカ。

彼はその席からがたりと立ち上がると、
食器棚とキッチンスペースの奥の方に設置されている冷蔵庫を開けに行った。

粗方中身をチェックする彼の声は少々悩ましい。


「炭酸ならあるけど。 炭酸平気だっけ?」
「の、飲めないことはないです・・」
「・・大人しく水割りがいいな」
「お手数おかけします・・」


ルーエが手に持っているコップを差し出すように、手を向けて催促する。

無言で行われた手渡しの後、ネオルカは氷をいくつかコップに放り込んだ。
からんと響いた無機質な氷のぶつかる音は街の静寂もあって室内によく響く。

一定個数の氷を入れるとそれをルーエに返した。


「ティーポット取って」
「あ、はい」


近くの場所に氷の入ったコップを置き、食器棚を開けてティーポットを取る。

組織『シクザール』では紅茶派は少ないため、
紅茶用というよりはもっぱら酒の割り用として使われている気配だった。

・・・当組織で酒を飲む筆頭2名は酒にうんと強いため、
何かで割っている様子はあまり伺えないが。

いつのまにか冷蔵庫から取り出されていたらしい飲料水を、
受け取ったティーポットの中に注いでいくネオルカ。

とりあえず、と水で充分に満たしたティーポットを手に
丸テーブルに戻るネオルカの後を追いかけた。

木製の焦げ茶でできた丸テーブルは然程大きくない。 コップ2つ、瓶1つ。
それだけである程度机の上は圧迫しており、
後は2皿置けるか程度のスペースしか残っていない。

向かい合うようにしてそれぞれ椅子に腰掛ける。
2人きりは珍しくないがこの時間に酒の付き合いは初めてだった。

少し緊張する。 そんな様子のルーエをよそに、
ネオルカは彼女の飲む酒の準備に、ワインのキャップを外していた。


「奇妙だな」


キャップを捻る際の擦れる音と共に聞こえた独り言。
顔を上げればネオルカが小さく笑ってルーエを見つめていた。

言葉の意味自体には違和感を持たない。
なんなら自分だって奇妙だと感じている。

返事しないでいると彼はルーエのコップに少しだけワインを注いだ。

コップ底2センチほどを満たす、予想より鮮やかな暖色のオレンジ。
・・・ロランジュだろうか。

意外と甘そうなものを飲むんだな、と考えていると
先程の短い独り言の続きらしい言葉が飛んできた。


「てっきりルーエは俺が嫌いかと」
「・・酔ってるんですか?」
「酔ってる時にこんな話振るかよ」


少し眉を寄せた彼は再度ビンを傾けて、コップにワインを注いでいく。

3センチ、4センチ・・コップの半分まで来ても止める様子のない
ネオルカに彼女が慌てて声をあげた。


「あ、わ、も もういいです! ストップ!」


制止の声に彼はクツクツと意地悪そうな笑みを浮かべ傾けた瓶を戻す。

よ、予定より入れられた。 そして絶対これ意図的だ、わざとだ。
恨めしそうな表情で先程用意されたティーポットの水でワインを薄める。

気持ち大目に水で割ったはずだがちゃんと割れただろうか。 不安が残る。

スプーン等の混ぜる物を取り忘れたな。
今から立ち上がるのも少々ネックだな。

コップの持ち手を掴み、ゆらゆらと揺らめく水面に視線を落とす。

この意図的にワインの割合を増やしたのが、
先程の返答に納得行かなかったからか、ただの気まぐれかが分からない。

・・・嫌いだと、思われていたのか。

また一口グラスに入っているワインを、
ストレートで飲むネオルカを視界の端に収めた。


「・・嫌いというか、」


名状しがたい感情は、嫌いと言うよりは、だった。

タイムラグながらも返答ありそうな言葉に
ネオルカの視線が彼女に向けられる。


「掴めなくてよく分からない人・・なので話しづらい、節はあります、ね」
「分からないね」


本音であろう正直な返答に対し、ネオルカの返事は読めない。
なんの感情を持って、なんの意図がありその返事だったのか。

そういうところですよ。 彼女は小さく眉を寄せた。

水割りにしたワインに口を付けると口の中にむわっと広がる。
味は好きなのだがこの感じは慣れない。 酒の弱さから来る味覚だろうか。

一口分喉に通して、テーブルの上にコップを置いて両手で覆う。


「・・ネオルカは、」
「友人にはなれねーなと思ってるよ」
「・・・」

「お互いそうだろ」
「・・何も言わないでおきます」
「そう」


意図の読めぬ表情でそれ以上の言及をしなかったネオルカは飲み進めた。
お互い静かにそれぞれの酒に口を付けて飲んでいく。

少し身体が火照る。

ネオルカはルーエの方を確認していないが、彼女の顔は少し赤い。
コップの中に残ったカクテルの見つめルーエは俯きがちに小さく口を開いた。


「ここでの、傭兵業は楽しい、です」
「ん」
「旅団員では経験できないことも多いですし、
 ミラーさんも、知り合ったばかりの私に良くしてくださる。 でも、」


不意に聞こえてきた、ぐす、と泣いた時特有の
小さく鼻を啜る音にネオルカがふと顔を上げる。

続きの言葉を述べるより先にルーエは、
コップに入ってた残りのカクテルを一気に流し込んだ。

力なくテーブルに置かれる空になったコップに緑色の瞳に滲む水滴。
鼻を啜ると同時に、目尻に溜まっていた涙が頬をつー・・と伝う。


「わたしだって、ある程度普通に生きたかった・・」
「(弱いとは聞いてたがすぐ酔うし愚痴るタイプか、めんどくせぇな・・)」


運命でもなければ関わりも、すれ違いもしなかっただろうに。
あまりにも対だって、対だからこそ共にいる。

仮にも相方である知人の泣き言に全く響かないわけじゃない。
経緯こそ違えど、現在の境遇はお互い似たようなものなのだ。


「・・・まぁ俺も、」


ぽそりと呟くような同意を聞き届け、彼女は腕に顔を埋めて目を閉じた。
数分も経てば規則正しい寝息が静寂に小さく響く。

薄暗い室内、黒に染まった彼の対なるように金色の長い髪と白い服を纏う。

・・・初めて出会ったのはお互いが高校生の時だったか。
当時、顔を合わせた時から思った。 本来なら関わらないだろうと。

人と話すのが嫌いなわけじゃなかった。
ただ仲良くなれるだろう相手は限られていると思っていた、今も思っている。

気が合うと思った瞬間も、似てるなと思った箇所もろくにないけれど。


「(お互い苦労すんな)」


小さく吐き出したのは溜息か。

階段の続く廊下から不意に人の足音を耳にしてそちらに視線を向けた。
足音に混じり眠そうな欠伸。

ルーエはここで酔い潰れて寝てるし、他に滞在してるのは1人しか居ない。
入口からふらりと姿を見せたのは長い銀髪とラフな格好をした友人。


「ふぁ・・・あー、よく寝た・・・ って、なんだ? この状況」
「おう、ミラーおはようさん。 こいつ適当に部屋運んでやって」

「え、何酔い潰れ? ルゥ酒弱いって聞いてるけど・・まさかネオ」
「なめんな、強要してねーよ」
「ならいいけど。 おーい、ルゥ身体動かすぞー」



――私達は、なんのために。

何の為だなんて生まれた時から分かりきっている。
それはお伽噺のような過去の再現。

叶うならば。 それらの恐るべし重圧を忘れて1日を生きたいと願う。
我儘だろうか。 私達以外は、皆そのように生きているというのに。





再現の主柱と戦う者



(・・・・昨晩の記憶が途中からないんですけど・・)
((記憶も飛ぶのかめんどいな))
(私・・、何か言ってましたか・・)
(別に。 なんも)

(・・・・)
(ジト目でこっち見んなよ、疑りぶけぇな)

((聞かなかったことにしてんだからよ))






LD組って主軸がアレのせいかなんかいつもタイトルかっこいいっすね


ルーエ・ディ・ティエル
  聖派生のこの世にただ1人存在する光属性の持ち主。 愛称はルゥ。
  酒弱い設定になったのは若干予定外なものの人らしくなったなと思う。

ネオルカ・ジーヴェ
  ひっそりと名前が変わった。 ルーエと対にある暗派生の闇属性の持ち主。
  愛称はネオ。 今作書いてちょっと悪魔種族み増したなぁと思う。

ミラー・カーリック
  あまりにも容姿が白すぎる悪魔種族。 ネオルカと同級生。
  夜型なので昼間は寝てることも多い。





 

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