創作世界

□架空ノスタルジア
1ページ/1ページ






1036年、6月。

早朝に生まれたらしい俺は、深夜の睡眠時間を削った
迷惑な赤子だったと母親から散々聞かされた。

母の話しぶりからすると少なくとも悪意のある発言ではなく寧ろ笑い話で、
その話を聞かされる度に「はいはい」と流した。

流石に赤子の時の記憶はなくて当然だ。

そして生まれた時から、俺の右目には傷のような痣があったらしい。

しかしこの世界には生まれつき「痣」とは言い切れぬほど
ハッキリした模様が浮かぶ人も少数ながら居るという話は聞く。

親も自分も特に気にしていなかったし、
聞かれたことも少なかったから痣がどうとかで揉めたこともなかった。


自宅は戦神の街アニティナの南東区画の住宅街にあった。
自宅は2階建てでキッチンやダイニングと言ったものは全部1階にあった。

幼馴染のフィークは近所に住んでいて、昔からの友人であること。
遊び相手で連れ出したり連れ出されたりだった。 ・・・幼馴染か、これ。

物心付くまでの幼少期の記憶はあまりないけれど、物心付いて以降も
かなりやんちゃ坊主だったらしく両親によく怒られていたのは覚えている。

物心付いた頃には地元で開催された闘技大会を毎年観戦しに行った。
開催時のアニティナの熱気は、壮大な祭りのようで凄くわくわくした。


高校は単純に距離で選んだら自然とレーシュテア高等学院になった。

レーシュテアには当時から結構大規模な寮があったけど、
アニティナが学院最寄り街なことから自宅通学だった。

アニティナには普通科生徒も住んでいたし、特戦科生徒であっても
卒業まではまだ半人前だから、毎日護衛として旅団員が生徒の送迎をしてた。

送迎の旅団員さんは度々見かける人から1回きりな人も居て、
旅の中での出来事とか、いろいろ話を聞くきっかけになった。

特戦科に通っていただけに、そう言った話を聞くと
旅団という組織を凄く身近に感じる。

高校を卒業したら即旅団に、なんてほど性急ではなかったけれど
機会があれば旅団に入って旅をしたいという想い、憧れは当時からあった。

特戦科では主にナイフと体術を教えてもらっていた。

当初の予定ではナイフをメインに授業を受けていたが、
短剣、ナイフは武器が軽いだけに弾き飛ばされた時が難儀だと気付いた。

そして先生からも「ソブラスは体術向いてるよ」という
お声もあったことから、体術の授業も受けるようになった。


幼馴染のフィークはと言うと、同じレーシュテアに通っていた。
アニティナ出身アニティナ在住ももれなく自宅通学だ。

同じように特戦科に通い、同い年で幼馴染であるがゆえに敵対心があり、
成績や点数では競い合うライバルのような存在だったこと。

度々喧嘩して教室内を騒然とさせたこともままあったが、
少なくとも不仲というわけではなかった。

だからこそ、 だからこそだ。

高校を卒業したのと同時に、
自然消滅という形で縁が切れたのはどこか不思議だった。

連絡先を交換しても可笑しくなかったにも関わらずだ。

フィークの進路を聞いていたわけでもなく、
更に両親と引っ越すのだとかで、卒業以来彼とは音信不通で消息不明だった。


卒業後はアニティナ属する共和国周辺から離れ、
海を越えた東方の地に移動した。

風車の街ミューレで家を借り、しばらく一人暮らしをしていた。

ミューレの暮らしを楽しんでいたのも束の間、一人暮らし開始して間もなく
アルヴェイト王国の旅行に行った両親が、時計塔の街ツァイトで
大規模な事故に巻き込まれて亡くなったのだと病院から連絡があった。

1054年、 俺が19歳の頃のことだった。

王国まで飛んで両親の遺体を確認してから、
卒業から半年も経っていないアニティナの地に足を付け、
自分が生まれ育ち、両親が住んでいたアニティナの住宅から立ち退く。

粗方の手続きをして、改めて訪れたツァイトの南西区画には
更地だったらしい場所に墓地ができていた。

大半の人は同じ事故で亡くなった人達らしいことを耳にした。

いくつかの花を選んで両親の名が刻まれた墓石を探す。

・・・どこか、信じられない気持ちがあった。
両親の遺体を見ても、まだ。

墓石の大まかな場所は教えてもらっていたので、
見つけ出すのにそれほど苦戦は強いられなかった。

墓石の前に膝を付いて花を置く。
事務的に墓石周辺の掃除をして、近くの低い塀に腰を下ろした。

姿が見えなくなってから、
今後両親に会えないのだと気付いて。

両親の遺体を見た時も出なかった涙が、今頃襲ってきた。


両親から様子見の連絡も、近況報告もなくなった
風車の街ミューレでの一人暮らしは、少し寂しいものになった。

顔馴染みが増えてきた街の人達と会話する頻度が増え、
少しだけ寂しさは紛らわせられた。

自炊することが多く、いつのまにか料理が得意になった。

ミューレでは仕事もしていたが、数年して閉業したのと同時に仕事もやめた。

趣味が少ない方で金遣いも決して荒くはなかったから、
仕事がなくなった後はしばらく貯金で生活をやりくりした。


そうして過ごしていて。

そういえば旅団員を経験してみたいと思っていたことを思い出した。

戦闘を主としてなかったがゆえに学生の頃と比べると
体力は落ちていたけれど、実際戦闘になると思ったより動けた。

身体が覚えているという奴だろうか。

特戦科卒業して年数がそこそこ経っていたものだから、
鈍っていないか魔物との実戦測定が入ったものの、
基準値は見事クリアで、そのまま旅団員登録を行った。


ミューレの自宅はとりあえず契約を伸ばしたままで、
しばらく転々といろんな街を巡った。

学生時代に送迎の旅団員の人から聞いたオススメの場所、
ニュースとかでよく話題に挙がる観光スポット。

雑誌の端にあった少し不思議な雰囲気の喫茶店だとか、本当にいろいろだ。

大御所そうなところを粗方巡り、次に行くのはどこに行こうかと
地図を睨めっこしていた時、故郷のアニティナの字が視界に入った。

両親が居ない故郷になかなか足が運べずに居た。
幼い頃から毎年観戦しに行っていた闘技大会にも見に行かず、だ。

両親の死から10年近くも経てば、
もう落ち着いて故郷を巡ることもできるだろうか。

そうしよう。
次の目的地はアニティナへ。

その移動する飛空艇で『双重』と呼ばれたエルフリーデと出会った。
故郷が同じだと知って話が盛り上がったこと。

アニティナに降り立って懐かしさを噛み締めながら歩いて。
元自宅があった南東区画の住宅街に足を伸ばして。

・・・なんだか、違和感があって。

自宅が建っていたはずの場所に立った時、
あまりにも、自分の知る景色と違って。

違和感が不穏な確信に変わって。

町長の家にお邪魔してまで、出生記録を確認させてもらって。
・・・自分が存在しないどころか、幼馴染のフィークの記録もなくて。

気付いてしまった自分は、そっからはひたすらしらみつぶしで。

自分の卒業アルバムは引っ越しの際に紛失してしまったので、
アニティナ町長の連絡で、自身の卒業年のアルバムを確認させてもらえた。

ただそのアルバムの中に自分やフィークは居ない、
それどころか知ってる顔が誰一人として居ない。

両親が事故で亡くなったツァイトにも行った。

1054年の事故は実際にあった出来事だったが、
墓参りしたはずの両親の墓は見つからなかった。

旅団に相談して連絡を回してもらい、犠牲者のリストも見せてもらった。
両親の名は、なかった。

一人暮らししていたミューレにまで戻ってきた。

旅団のミューレ支部の受付に行って、
旅団員登録を手伝ってくれた受付さんを呼び出した。

貴方が本当に俺の登録手続きの担当してくれたのか、と。

返事は「はい」だった。
・・・旅団に属してからの記憶は、本物かもしれないとようやく思えた。

鬼気迫る様子だったようで何事かと聞かれた。
経緯を話して、旅団に本格的に相談をした。

でもミューレで一人暮らしの家の契約は、自分ではなかった。
その代わりに不思議な証言が得れた。

ソブラス以外の誰かが訪れ、ソブラス名義で登録が行われていたと。

家の契約と旅団登録の間で正確な証言取れそうな場所は、
職場だが閉業している上に関係者にも連絡が取れない。

ミューレで出会った顔馴染みは引っ越したりとか、
出張だとかで会えない人が大半だった。


粗方調べて、調べきると今度は手がかりが何も見つからなくて。

途方に暮れながらも何かを探し続けるようにあちこちを旅して、
1年ぶりにエルフリーデに出会って。

記憶のことを告白して、 改めて旅団に連絡が行ったらしくて。
アニティナに訪れたら、ミザキが居て。


経緯を、今までの人生を、自分の中では本当にあったんだと、
学生時代までは確実に偽りだと分かっている記憶を綴るように述べて。

テーブル向かいの席に座って、
頷くミザキがあまりに真剣に話を聞いていたものだから。

記憶が現在に追いついた時、話し終えた直後に瞳からぽろりと涙が伝った。


「こんな・・こんなにっ・・・」
「うん」
「こんなにも、記憶ははっきりしているのに・・・!」
「うん」


ぼろぼろと溢れ出る涙は、両親の墓の前で泣いた時以来かもしれない。

こんなんじゃまるで八つ当たりだ。
ミザキさんは何も悪くないのに。

そこそこいい年してるのにも関わらず感情のコントロールが効かない。

でも彼は、彼女は?
愚痴も任せてくれって、


「なんで、俺が生きた形跡が一切残ってないんですか・・!!」
「本当にね、」


上擦って聞き取りづらい声だろうにも関わらず、
寄り添うような優しい声で相槌を打たれ、
自分がずっと抑えてた、言葉が、続きを誘う。

なんで、どうして。 幾度も自分の中で繰り返し問い続けた。


「両親の墓すらなくて! 同級生だって、フィークだって!
 知ってる人、誰一人とて存在すら確認できなくて・・!!」


ぐすぐすと鼻を啜り、必死に言葉を紡ぐ。
ミザキさんはメモのために握ってたペンを机の上に置いた。

人と関わるのが怖くなった。
もし今も、本当は偽の記憶の中だったら。

きっと自分を知る人は居なくなってしまう。


「自分が、本当に 生きてきたのかも、分からないのに・・!」


向かいのソファが持ち上がる音と、ミザキが立ち上がる気配がした。
ヒールの靴は床を鳴らし、ソブラスの空いている隣の席に腰を下ろす。

そしてミザキはソブラスの背中に手を添え、ゆっくりと背中を叩いた。


「大丈夫。 最初から大人の姿でこの世に存在する人は居ないわ。
 貴方の記憶とは違う人かもしれないけれど、貴方の両親も必ず存在する。
 貴方がここまで育った事実に、生きていた事実に間違いはないわ」





架空ノスタルジア



(記憶は偽物だけど存在は本物だと)
(初めて肯定されたような気がした)

(「大丈夫、大丈夫よ」とミザキは繰り返した)






うちの子に対してこんなに「可哀想」って思ったのソブラスが初めてだよ


ソブラス・ヘリッヌ
  偽りの記憶を携えた旅団員。 可哀想。 精神的に来る感じの可哀想。
  記憶が偽物だと気付いてから人と関わる頻度はぐっと減った。

ミザキ・セレジェイラ
  オネエの十二使『樹花』 頼まれ案件がかなり深刻そう。
  かなり精神的にしんどいだろうなとは予想していた。

フィーク
  紺色の髪をしているソブラスの幼馴染。 喧嘩もした。

戦神の街アニティナ
  でっかい闘技場がある。 ソブラス、フィークやエルフリーデの出身。

レーシュテア高等学院
  エルフィもこの特戦科出身。 ここ卒業できるとまぁまぁ強い。

風車の街ミューレ
  ソブラスが一人暮らししていた街。 街の雰囲気は明るい。

エルフリーデ・レヴェリー
  『双重』の異名を持つ旅団員。 アレなアレがなくもない。





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ