創作世界

□あの日、彼は一大決心した
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レーシュテア高等学院の広いグラウンドで、特戦科の授業が行われている。

本日の授業は学年混同であったが、1年は大半の者が基礎訓練のため、
上級生が後輩に指導する姿も時折見受けられた。

学年が変わったばかりの春、教えを受ける1年生は入学直後で、
そもそも戦闘というものに慣れていない。

1年生への指導が主体となり、素振りや受け身、
戦闘の基礎となる内容を授業が各チームで進む中、
グラウンドの端でわぁっと歓声があがった。

一部の生徒が、素振りの手を止めて歓声のあがった方向へと顔を上げる。

どうやら学外から訪問者らしい。
戦闘を本職とする旅団員や騎士団から、直接教えを受けることがある。

先生からの事前挨拶もなくグラウンドに現れたとなると、
騎士団ではなく、ふらっと寄り道した旅団員の可能性が高いだろう。

そしてやはり、母校というものへの愛着が強い。
レーシュテア高等学院に訪れる旅団員は、大抵レーシュテア卒業生だ。

グラウンドに現れた男女の2人組は、生徒達に囲まれる形で応対している。
人と人の隙間から見えたその姿に、上級生は「あぁ」と知った反応を見せた。


青空と呼ぶよりは海と表現した方が的確な、長く蒼い髪を靡かせた女性は、
隣に立つ、日差しに反射するほどの鮮やかな紫色の髪の男性に顔を向けた。


「ディスは?」
「今日はパス、観戦」
「なら私1人で。 何人でもいいわ」


蒼い髪の女性は腰に差していた、鞘に入った長い剣をベルトから引き抜き、
男性に預けると足元に落ちていた木刀を2本手に取った。

流れてきた声に耳を傾ければ、どうやら手合わせの相手をしてくれるらしい。
・・・基礎の基礎もなっていない1年生は対象外かもしれないが。

授業中であることも忘れ、一部の生徒は歓声へと興味を示し惹かれ、
何が起きているのか分からず呆然とその場に突っ立っている1年も居た。


「メーゼさんとディスさん来てるって!」
「嘘!? さっきの歓声あの2人かよ出遅れたー!」


訪問者と思しき2人の名が発覚するなり、
周囲に居た先輩が1人また1人と颯爽と駆け出した。

わけも分からぬまま取り残される1年生、
新緑の髪を後ろに短く括っているメルドが小さく首を傾げた。


「メーゼさんとディスさん・・・?」
「誰だ?」


追撃するように首を傾げたのは同じクラスのゼーヴァだ。

先輩に放っていかれてしまった1年生も首を傾げながら、
メルド達の元に集まってくる。

メルドとゼーヴァ、他1年生の疑問符を浮かべた表情に
歓声の元に走らず居残った先輩が「あー」と思い出したように。


「そうか、1年だもんな。 知らないのも無理はないか」


すると先輩と今訪れた男女について、女性がメーゼ、男性がディス、
2人ともレーシュテアの卒業生で現役旅団員なのだと説明をした。


「そんでメーゼさんは世界一の経験もある凄い人だよ」
「は?」
「せかいいち?」


世界一というワードに挙がったことにより、ようやくあの人気に合点が行く。

そりゃそうだ。 世界一の経験がある人が手合わせしてくれると言うならば、
1度は体感してみたいし挑んでみたいと思う。 自然なことだ。

まだ一月も経たぬほどの戦闘初心者、まだてんで分からないことも多いが、
『世界一の戦闘』には興味があるし、見てみたい気がする。

1年生同士、一致した心情に顔を見合わせれば様子を察したか、
先輩は「見に行ってもいいよ」と優しく促した。


「・・・興味あるよな」
「俺も。 ていうか、気になって集中できない」


興味を示したゼーヴァに、メルドは頷いて眉を寄せ頬を掻き笑う。
その様子を見た先輩は1つ頷くと「行っておいで」と小さく手を振った。

指導を行ってくれた先輩に会釈し、2人は人集りへと向かった。


「さっきの話だと女性が世界一なんだね」
「女性が筋肉ゴツゴツの超怖い人だったらどうしよ」
「ヒュルトかな・・・ゼーヴァ足速い!! 待って!!」


メルドに合わせるという発想が一切ない全力ダッシュに慌てて追いかける。
一足遅れて合流したメルド達も人集りの一部となった。

手合わせを行うラインは普段よりも随分広く取られているようで、
円になって観戦している者達の範囲は結構広い。
人が多くて前が見えない、なんて心配はせずに済みそうだ。

見知らぬ生徒の肩の上からひょこりと顔を出し、手合わせの様子を覗き見る。

・・・本来なら滅多に見れぬ光景ができあがっていた。
1対8で戦っている。 当然、『世界一の女性』が1人だ。

生徒が横に一閃振りかぶった木刀を、
彼女はなんてことないように背中を反らして避け、同時に右脚を振り上げる。

蹴り上げた足は的確に握られた木刀をその手から落とし、
続いて連携した攻撃にも問題なくいなしていく。

全く苦戦している気配がない。
呼吸をするかのように、次々と躱して対処する。

長く綺麗な蒼色が揺れる。
翻るように避ける姿は蝶の如く。

・・・息を呑む。 戦闘する姿が綺麗だと思ったのは初めてだ。
それと同時に思った。 この人に、教わりたい。

何が、とか、どうして、とか、理由めいたことは浮かばない。
直感的なものであるが、世界一の人なんだ。
直接指導してもらえれば凄く勉強になるだろう。

いや待てよ。
自分が単純なのは承知の上だけど、同じ考えを持つ人も多いのでは。

それ以前に弟子が多すぎて、
才もない1年には興味すら持ってもらえないのでは。

未だ中央に繰り広げられる戦闘も蚊帳の外に、しばらく悶々と考える。

現実に引き戻されたのは周囲の喝采と拍手で、
1対8のハンデマッチに決着が付いたところだった。

やはり彼女は、呼吸を整えることもなく『普通に』立っていた。



「メーゼさん、ディスさん、久しぶりですねぇ」
「おー、せんせ」
「こんにちは。 毎度お騒がせしています」


そういえば今訪れた2人はレーシュテアの卒業生だと言っていたか。

ディスと呼ばれた人に自前の剣を投げるように返された女性は、
先生との会話の傍らで剣をベルトに収めた。


「相変わらずの人気ですねぇ。 妬きますなぁ」
「やー、学年上がってから顔出してないなーって話になって」
「ついでだから2年3年の腕も見ておこうかと」
「ついでで8人相手するんですよねぇ君は・・・」

「ご希望とあらば30人でも100人でも」
「やめてやれ、トラウマになんぞ」
「冗談よ、流石に即興でそんな大人数を相手にはしないわ。
 作戦立ててもっといい立地で挑んでもらわないと」
「そういう問題でもないだろ」


戦闘している姿はそれこそ世界一の余裕を感じたが、
先生や男性と談笑する姿は、普通の人とたいして変わらないように見える。

・・・いや、戦闘時も、彼女はあまりにも普通だった。

先生に予定を訊かれると、先程行われたハンデマッチに感想を行い、
その後グループ分けの指導に付き合うらしい。

「大剣希望者増えてねーかなー」とぼやくディスの背中には、
身の丈ほどの大剣が担がれている。

特戦科の合同授業は2年生が後30分、1年3年は後1時間半残っている。

・・・後1時間半。

注目の的となった手合わせが終わり、
生徒達は少しずつ散って元のグループに戻り始めた。

現役の旅団員に返事を乞おうと、彼女達に群がる生徒達の姿もある。
メルドはと言えば、ゼーヴァに名を呼ばれるまでその場に立っていた。

1時間半の猶予。 今一度考え直す。
本当にこれは、頼みに行っていいものなのだろうか。

元居たグループに合流にした後も、彼女の姿を視界に挟んだ。

メーゼとディスの2人は上級生を中心に指導に当たっていたようで、
メルド達のグループに直接顔は出さなかったものの、
通りすがりには視線の投げて様子を伺う様子だった。

特戦科授業の1時間半はあっという間である。

途中で離脱した2年の後、1年3年も授業が引き上げになり、
生徒達は散って、各々校舎へと戻っていく。

メーゼとディスは教師に一言声を掛けて、
立ち話をし始めたかと思えば二言ほどでグラウンドに背を向けた。

・・・いや、だめだ、後悔する気がする。

メルドは木刀を手に握ったまま、グラウンドを駆け抜けた。

走って近付いてくる者の気配を感じたか、
メルドが声を掛けるよりも先に、2人揃って足を止めて振り向いた。


「あっ、あの!」





あの日、彼は一大決心した



(・・・・)
(・・・だってよ、メーゼ)
(聞いていたわ。 ・・・メルドって言ったわね)
(は、はい)

(1つ訊かせて。 そこまで声を張り上げたのは何年ぶりかしら?)
(えっ。 え? えっと・・・いつだっけ・・・)
(・・思い出せないならそれでも構わないわ、よく分かった)
(??)






メルドとメーゼの邂逅編。 5月の話。


メルド・ラボラトーレ
  メルドの夏休みでお馴染み不器用高校生メルド。
  基礎的な判断力は鈍いけど、直感は少し当たりやすいかもしれない。

ゼーヴァ
  メルドの同級生、同クラス。 武器が盾って設定が付与されてるけど、
  この時期から盾志望かどうかは不明。 盾で守る、殴る。

メーゼ・グアルティエ
  最早解説不要な気がする。 十二使『夜桜』
  2年前の闘技大会世界部門で優勝している。

ディス・ネイバー
  旅団員。 異名こそないけどかなり強い方で名は通る。
  レーシュテアにはメーゼよりも顔出すので2年3年は結構馴染みある。

ヒュルト
  ひっそり出てきた。 ほぼ人間と同じ容姿だが、
  男性よりも女性の方が筋肉や体力などの肉体的力が付きやすい種族。





 

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