創作世界

□擽られる美しいフィーア
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元王都、現首都に当たるセルウスの街。

元王都なだけあって街の奥には城があり、
周囲の街は中心部なだけあって賑わいを見せている。

陽が傾いてからは街から聞こえてくる喧騒が減り、
住宅の前を通り過ぎれば家族の団欒した声が聞こえてくるだろう。

国王不在につき君主制でなくなった首都セルウスでは王城も廃れ人が居ない。
光も灯さぬ王城の奥、城下町に背を向けた元謁見の間に彼は1人立っていた。

広々とした空間に赤く伸びたカーペットと、その両脇に高く伸びた柱。

カーペットの先にある金の装飾が施された赤い玉座も埃を被り、
本来あるべき威厳らしいものは伺えない。

がたり、と手にしていた大きな装置を柱の傍に置く。
背負っていた大剣は柱に立てかけた。


「さーてと、仕事すっかぁ」


彼は浅い息を1つ吐き出し、黒のロングコートをばさりと揺らした。

腹部でボタンを1つ止めただけのロングコートの胸ポケットから、
クリップで止められた数枚のメモ用紙を取り出す。

乱雑に書かれた字に目を通し、開始早々眉を寄せた。 読めない。

黒の手袋を嵌めた右手の指先で、白い髪をわしわしと掻く。
メモ用紙を手にした左手首の内側に、右手の甲で2度ほど軽く叩く。

手元を照らすほどの微弱な明かりがその場に現れる。

・・・メモの字は読めぬままだった。

夜目は利く方であるが、薄暗いのが原因かと思い
明かりを灯したのに読めない。 字が汚い。


「解読からかよ、苦情入れるぜー・・」


肩を小さく上げて呆れたように独り言を誰も居ない空間に呟く。

城下町は賑やかであるとは言え、人も魔物も居ない王城。
あまりにも物音がせず静かすぎる。

金色の瞳が向ける視線は再度メモ用紙に落とされた。


組織から与えられた任務だった。
任務内容は装置の最終組み立てと、それが正常に作動するかの実験。

装置の中身は詳しいことは分からないが、
確か生体感知に関係する奴だったとだけ記憶している。

周囲は人の居ない場所、一般人の目撃されない場所で。
仮に目撃されたら殺しても構わない。

彼は組織が作る機械の類には一切触れていないため、
任務内容はメモで確認するようにとの指示だった。

のはずだったのだが、字が読めない。 汚い。

こんなもん何に使うんだか。
疑問はあるけれどうちのボスが何しようが、自らへの意味は持たない。

良いか悪いかはさておき、あの執着は凄いなと心から思う。

自分はどちらかと言えば固執しないタイプであるがゆえに、
1つのことをひたすら考えて、それが脳を埋め尽くすような人を見るのは。

・・1つのことにばかり意識が支配され、執着すると言われれば
うちには同じようなのがいくつか思い当たるな。
似た者同士っつーか、類は友を呼ぶって奴か?

ぺらりと一番上にあったメモ用紙を捲り、2枚目にざっくりと目を通す。

急に組み立てではなくボタン操作に解説が変わった。
組み立ての解説メモは1枚目で終了か? もう少し書けなかったのか。

参考にできなさそうなメモ用紙を胸ポケットに仕舞い、
装置の前でしゃがんで、光が灯ったままの左手を装置に近づける。

・・ふむ、流石にボタンには最低限の字は書かれてるな。

装置とは別に付属として掛けられていた箱の中から工具とパーツを取り出し、
パーツの穴の形等を見比べながらそれっぽく嵌めてく。

嵌まれば大丈夫だろ。 アレな奴は載ってないみたいだし。
いくつかの未完成パーツを嵌め込んでいき、最後のパーツを組み合わせる。

最初持参してきた時には綺麗な直方体の装置だったが、
追加で組み立てた部分は直方体にしては妙に飛び出た部分が。

成程、これは持ち運びには少々不便だな。 邪魔だ。

組み立てた装置から落ちたコードを手に持ち、その場から立ち上がる。

さて、このコードはどうしたら・・?
あの字が汚いメモ用紙にはなんて書いてたっけ。

コードを手に数秒思案する。

・・急に背筋がぞっと、何かが走る。
突如襲われた悪寒に、反射で膝を曲げて頭を下げる。

その対応がなければ飛んでいたかもしれない、
数秒前まで彼の首があった位置に勢いよく銀の刃が振られる。

軽く屈んだ状態、肩越しに振り返った先にあるのは揺れた蒼だった。


「おっどろいた」


呟くように笑みを見せた彼は右手に持っていたコードを流れるように落とし、
すぐ傍の柱に立てかけていた大剣のグリップを握った。

かつん、と音を立てて床に落ちるコードの先端。

薙ぎ払うように一閃。 舞い上がる黒のロングコート。
キィンッと高くなった金属の音は、攻撃を武器で防いだ証明。

大剣による一閃を防いだ後、滑るようにして床に着地した。
海色の長髪は彼女の背にゆっくりと収まる。


「全く油断も隙もないな」


装置を背後に大剣の先を床に向ける。

薄暗がりの謁見の間に、それぞれの武器を持ち対峙する男女。
彼の言葉選びで初対面でないことはなんとなく伺えるだろう。

彼らは既に幾度か刃を交じ合わせた、敵同士だ。

鞘から抜かれた長剣を携え攻撃を仕掛けた彼女は、
意図の読めぬ藍色の瞳を彼の奥にある装置に向けた。


「それは?」
「んー、一応黙秘」
「なんでこんなところなの」
「『こんなところ』だからじゃね?」


人の目に付かない上で屋内となると場所は限られてくる。
それが今回、首都セルウスにあった人の居ない王城だ。

この王城が「化物城」と呼ばれていなければ、
彼女からの質問はなかったかもしれないが。


「化物城が気味悪いなんて質でもないだろ」
「どちらかと言えば化物城で1人こそこそしてるアンタが気味悪いかしら」
「言うね」


女性から明らかに悪気のある発言にも然程気に留めず、彼は小さく笑う。
床に落としたコードを一目見て、一歩前に進み装置から距離を取った。

未だに明かりを灯し続ける左手を、
手袋越しに幾度か握り直すと光が収まって次第に消えていく。

彼の手首から発されていた光も失せ、光源の無い謁見の間は非常に暗い。
月明かりが微かに差し込んでいるだろうか。


「メーゼ」
「・・・名前呼ばないでくれる?」


男からの呼びかけに、メーゼと呼ばれた彼女は不機嫌そうに眉を寄せた。
基本彼女は表情の変化が薄いため、これほど分かりやすい反応は珍しい。


「なんで」
「アンタに名前呼ばれると気分悪いの」
「ふーん・・そう言われると俺は逆に呼ぶタイプだけど?」
「・・・――す、」


ほぼ声にもならない声量で呟かれた言葉に、彼はニィと口の端を釣り上げた。

それが合図であったかのように、彼女は床を蹴って距離を詰めた。
夜の闇に溶けそうな紺色の剣身を見せる大剣を構える彼と。

食い掛かる勢いで彼女の先制。
本来の剣より刃の長い彼女の武器はリーチが長い。

鋭いほどの藍色の瞳は殺気を感じさせる。


彼は任務の遂行中であった。

ある組織の幹部クラスの一員であるアイン・フェルツェールングは、
最近また仕事が回るようになり、各地で任務を淡々とこなしている。

尚彼、アイン本人に仕事への責任感といったものはないようで、
組織の目的自体はどうでもいい、とさえ発言していた。

とは言え仕事は仕事、一応それらを進行する気はあるらしい。

それを阻止しようと今回不意打ちのように攻撃を仕掛けたのがメーゼだった。
世界的組織である旅団『サファリ』の実質幹部である十二使『夜桜』

十二使としては新人、しかも人間種族であったが
彼女のずば抜けた戦闘力は世界一を取った経験もある。

そして一度アイン・フェルツェールングと邂逅したことから、
敵の気配があればメーゼが対応に回るようにしていた。

ダークエルフで大剣使いのアインは非常に強く、旅団は手を焼いていた。
彼は旅団幹部であった十二使を1人、殺していたから。





 
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