創作世界

□擽られる美しいフィーア
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高速の斬撃音、先程まではなかったカーペットの破れた跡。
薄暗い謁見の間で戦闘がひたすら続いていた。

戦闘前には笑みを浮かべ飄々とした様子だったアインの表情も消え、
彼女との戦いに集中しているのが見て取れる。

力のこもった攻撃だったか、一際強い金属音が響き2人の間に距離ができる。

小さく吐き出される浅い息。

傍から見れば十分激しい戦闘であるにも関わらず、
肩で息をしていないことから2人がどれほど戦闘に秀でているかが分かる。


「・・流石に一筋縄じゃいかないわね」
「相変わらずとんでもねー女だな」


それぞれ感想を呟くように。
アインは手にしていた大剣のグリップを握り直した。

ぴり、と微かな痛みが走った。
メーゼは左手の甲を胸元まで持ち上げる。

・・避けきれていなかったのか、不覚。

手の甲にできていた傷を口元に寄せてぺろりと舐めた。
鉄の味が口の中に広がり、少々不快に感じる。


「あぁ、傷与えれた? 初だな」


彼女の動作で勘付いたか、機嫌良さそうに彼は告げる。

アインとの戦闘で直接的な傷を負ったのは今回が初じゃないだろうか。
前回は確か彼が口の中を噛んでいたらしいが、それは刃での傷じゃない。

ただでさえ赤黒い血液だが、室内が暗いことも相まって酷く黒く見えた。


「・・久々に自分の血見た」
「うっそ、そんなレアなの?
 良いこと聞いたな、そんだけで今日勝った気分だわ」
「なら負けてくれるのかしら?」
「まさか」


随分と珍しい。 もしかしたら、高校の時以来かもしれない。
それほどまでに自身の記憶の中に流血した覚えがなかった。

だから、こそ。 高校以来、怪我を負った経験がないからこそ感じる。
彼はまぐれなどではなく、実力でこちらに怪我を負わせることができると。

戦闘において、最初から本気は出す者は少ないだろう。

大半の者は「出せない」のが本来であろうが、
彼女達は意図的に本気を出すことができる。

ただ意図的に本気で、全力になれたとしても最初からはしないものだ。

それはウォーミングアップが終わっていない状態であったり、
相手の実力が不明だからこそ本気を出せない状態であったり、だ。

彼女達は後者に当てはまる。

実力が、戦闘力の最上限が不明だからこそ本気を出さない。
本気を出したところで勝てるかどうかが分からない。

そのため今はまだ探り合いをしている状況だ。

ゆえに戦闘中、急に今までよりも攻撃の手が強くなったり、
動作が早くなったり、戦闘パターンが変化することが多い。

そのタイミングの見極めや駆け引きといったものが、
本気を出しきっていない状況での怪我に繋がる。

まぁ本気で避けようとしていても、避けきれない攻撃というのは存在するが。

ただ、今、お互いなめてかかってるわけではない。
相手は強い、実力が分からないほどに。

それは身に染みるほど理解している、痛感している。
本気じゃないにしても探り合いであれ真剣に戦っている。

・・・相手の実力が分からないままであることは、
非常に不穏で、形容し難い不安感も煽られるが。

ゆっくりと深く息を吐き出し、立ち竦む彼を見据える。


「・・・ふ、」


最中、突如彼の口元に笑みが浮かぶ。

戦闘最中を除いては彼の表情が変わるのは然程珍しくないがこのタイミング。
妙な不穏さを感じ、メーゼは睨むように眉を寄せた。


「・・・何」
「あぁ、いや メーゼが気にするほどのことじゃねーんだけど」
「不気味だから聞くわ」
「理由」


アインは向かい合わせで立つメーゼの姿を視界に収めたまま、
んー、と言い渋る・・ほどではないものの思考するような時間。

ふと彼の金色の瞳が、メーゼの顔を捉えた。


「・・成程、お前の睨む表情好きだな」
「・・・・・・」


彼からの回答が聞けるなり、
メーゼはみるみるうちに怪訝な表情に変わっていった。


「ちょっと違う顔になったな・・」


冗談には聞こえぬその独り言を呟いた後、彼はまた小さく笑った。
複雑と言わんばかりのその表情を見せるメーゼは重い息を吐き出す。


「アンタと戦う度に沸々と殺意がこみ上げてくるのよね・・」
「へぇ。 それで睨む表情が見れんなら殺意も悪くないな」
「なんなの」


グリップを握り直し床を蹴って一気に距離を詰めるメーゼ。
不透明度の低い緑色を纏った長剣が彼の首に向けて振られる。

躊躇なく急所を狙うこの行動、風属性では避けても食らう可能性があるな。
そう判断したアインは大剣を盾代わりに差し出した。

彼女からの攻撃を防ぎ金属音が鳴った瞬間、
手袋越し、身体にバチリと電気が走る。

長剣に纏っていたのは確かに風属性だった、が
剣の衝突の際、そこから大剣に雷属性の魔術を流し込んだのか。

・・・が、彼女の唇が詠唱を紡いだのは確認できなかった。
初戦から感じていた、コイツ珍しく無詠唱得意なんだな。

麻痺する一瞬、その一瞬で大剣の鍔にまで刃を差し込んで捻るように。
ガランと大きな音を立てて彼の手から大剣が滑り落ちる。

と、直ぐ様男性の高身長特有の長い脚がぐっと伸び、
彼女の手に握られていた長剣を蹴り飛ばした。

大剣ほど重量のない長剣は思ったより飛んでいった気がする。
1秒の間を空けて床を滑るように金属の擦れた音が響く。

蹴られてじんわりと痛む右手で即座に握り拳を作り、腕の筋肉を伸ばす。
迷いなく殴りかかった拳は彼の赤い印が現れた左頬を掠める。

彼も無反応ではなかった。 不動であれば頬に直に入っただろう攻撃を、
顔を少し左に傾けて掠めただけに留めた。

それほど沢山の魔力を流したわけではないが、
麻痺の特性がある雷属性を受けてこれだけ動けるとは。

魔力の耐性が一定以上備わっている、その上で反応が速い。


「体術も行けるのか・・・強気だな」
「武器を失くした途端戦えないようでは話にならないわ」
「同感だぜ」


意外そうに口を開いた彼への返答だったのか、
それともお互いに武器のない現状に対しての挑発だったのか。

2人は武器を手にしていない状態で身構えた。

素直に考えるなら力量では圧倒的にアインの方に分がある。
ただしメーゼは彼より小回りも利くし身軽で素早い。

肉弾戦、繰り返される攻防は見た感じ同格だった。

メーゼの捕まらないように徹底した防衛に、
隙あらばカウンターに持ち込まんとする貪欲さ。

合気道や柔道等の特定の型が全く見えないわけではないが、
それらが混ざった動作は、型として見るにはかなり独特に感じる。


「へぇ、器用だな」


アインからの意外そうな呟きを耳にして、
アンタも意外と動ける、という感想は飲み込んだ。

恐らく握力で掴まれば逃れられないと想像できる彼からの攻撃、
手の平に触れないように腕や手首をいなして攻撃を流す。

ふと彼の左肩に隙が生まれる予兆を感じる。

右手は彼の攻撃をいなすのに使っていた。
・・このタイミングなら、

そしてぐっと左腕を引いた瞬間、
肘が何かにぶつかり動作に一瞬の隙が生まれる。

そこに物体はないのに防がれた動作に眉を寄せる。

その隙を見計らったように、彼はメーゼの手首の関節を覆うように掴んだ。

手の甲側から掴まれたため、指を伸ばしても触れられる範囲が狭い。
しかも彼は手袋をした上で長袖だ。 露出が少ない。

ならば。

彼女の判断力は常人を遥かに超えている。
思考時間すら感じられないほどの迷いなき素早い返し技に入っ、


「心理戦なら、」


返し技に入るために差し出した右手の手首が彼の手に捕まる。
・・読まれた、 両手首を封じられている、


「どっちが得意だと思う?」
「っ離せ、」
「メーゼは鋭いタイプだと思うけど、俺も読み合いは嫌いじゃないよ」


彼の掴む手から逃れようと、ぐっと力を込めるが一切動かない。

抵抗と比例して手袋越しに爪痕がめり込みそうなほど、
加えられていく力に思わず眉を寄せる。

予想ができた一番最悪な展開だ。
・・・詠唱用の口が封じられてないのがかろうじて、かろうじて救いか。


「流石に握力で抑えたら俺のが上か。 安心した」
「黙って」
「・・・細いな」


メーゼの言葉がまるで耳に入っていないかのように呟いて、
掴んだ手首に視線を落とすアイン。

相手の実力を測りかねないうちは全力が出せない。

少なくとも腕振り解くために全力を出すのは得策ではない、
それで振り払えなければ戦闘に転じた際に筋力一点で抑えられる。

ならば伏せた方がいい。
しかし解ける気配のない両の手首には意識が向く。

自分が女で嫌だったと思うことも、男になりたいという願望も特にないが、
戦闘場面においては力技に入った際に男女の筋力差が憎いと感じる。


「・・こんなとこでそんなに力出していいのかしら?」
「んー、戦闘に握力が2割以上関係するんならもうちょい伏せるんだけどね。
 生憎ながら俺はあくまで大剣使いだからさ」


薄く笑みを浮かべる口元に怪訝な表情を浮かべ、睨むように見据える。

その気になれば手首程度の骨なぞ歪ませることも可能なのかも、と
そう思わせるほど強くぎりっと食い込む指の力に少々ぞっとする。

まるで人質を取られたような、そんな感覚だ。
寧ろ人質の方がどうにでもできたのに。

彼の象徴たる左頬の色鮮やかな赤い印と、
見下ろす金色の瞳が大変憎たらしい。

数秒、彼は徐に口を開いた。


「つーかお前さぁ、俺んとこ来ねぇ?」
「・・は?」
「まぁ俺んとこって言っても俺がボスなわけじゃないけど」


あまりにも奇妙すぎる勧誘に、彼女の眉が中央に寄る。

平然とした様子で会話を進めるアインの声を聞きながら、
会話している今なら、と腕に力を込めるが振り払うことは不可能だった。

手の甲に負った傷は然程深いわけではなかったが、
手首を強く握り締められ絞り出すように流れたらしい血液が
中指の先にまで伝っていくのが見えずとも感覚で分かる。


「お前居たら1日すげー楽しそうだし」
「いつもの冗談かしら」
「言っとくけど俺がお前に言ったの半分くらいは本気なんだけどさ」
「断る。 離せ、そして失せろ」

「嫌っつったら?」
「実力執行」


解けないほどの怪力を腹に抱え込むようにした一瞬。
軽く反る背中に、ひゅっと風を切って突き上げられる脚。

ブーツの靴裏からヒールのように、氷柱のように、
真っ直ぐ伸び、鋭く尖った氷が的確にアインの喉元を狙う。

蹴りにしてはあまりにも鋭利な凶器を携えたその攻撃は、
アインの咄嗟の回避の甲斐あり、首筋を掠めただけに留まったが
避けた際に緩んだ握力からメーゼは逃れてしまった。

脚を高く蹴る際に反った身体はそのまま後ろへ反るように倒れ、
解放された腕を伸ばして手の平を床に付けた彼女は綺麗にバク転を決め、
追加でバックステップを取り、弾き飛ばされた剣を拾う。

着地と同時に靴裏から伸びていた氷が砕け、
足元からは床に似つかわしくないじゃりっとした音が響く。

剣を拾った際に見た自らの手首には掴まれた跡がくっきりと赤く付いていた。

凶器を携えた蹴りを避けた反動で少々距離が稼がれた。
じくりと痛む首筋につー、と伝う赤い液体がダメージを負ったと物語る。


「おー、こわ」


軽い口調を紡ぎながら、彼の表情は怪訝そうである。

先程彼女に弾き飛ばされた大剣を屈んで拾う。
重量のおかげか、然程飛ばされていなかったようだった。


「これで人間女っつーんだから恐ろしい世の中だな」
「あんたみたいな奴が居るから世の中恐ろしいんだけど」

「まさか。 本気で言ってる?」
「3割くらい。 意図はさておき意思で動くあんたも原因の内でしょう」
「・・意外と理解してんだね、アイツよりは話が早そうだ」


彼の指した「アイツ」に少し思考を巡らせた。

何かしらできっと自身の知る人物だろうと考える。
・・・・行き着くのは前任の『北風』だろうか。

『北風』は非常に寡黙な人物で、声を聞けるのは大変貴重という噂だったが。

・・いや、余計なことを考えるのはやめよう。
どうにせよ『北風』との邂逅は叶わないのだ。

アインの白いワイシャツの襟元に赤く血が滲むのを目視した上で床を蹴った。
一瞬で詰める距離に暗闇の中薙ぎ払うような一閃の銀。

刃先の長い剣であったがゆえに手数が多いとは言えないが、
重量のある大剣よりは攻撃は細かく与えられるだろう。

メーゼの攻撃を回避と受け流しで防ぐ彼はぽつりと呟いた。


「本気じゃないとは言え、軽いな。 まだ」


どこか懐かしむような視線に、彼女は眉を寄せた。

それが誰を指した発言かは分からない、『北風』だったかもしれない。
ただ比較されたことに少し腹が立つ。

すぅ、と息を吸い込んだ彼女は仕切り直すように長剣を構えた。





 
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