創作世界

□今夜、星空の約束をする
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何かを言いかけたものの留まった彼は数秒思案した表情を見せた。
もう空になったらしいコーヒー缶をテーブルの端に置く。


「・・とりあえず片付けようか」
「あっ、そうですね」


その声にクロウはテーブルに散らばった資料を重ねまとめた。

フィアナはまだ缶に少しだけ残っていたココアを飲み干すと、
向かいに座る彼に倣って資料をまとめだす。

応じたファイルに資料を入れ直してテーブルの紙が無くなった後、
ファイルと空の缶を抱えて2人は席を立った。


「今晩はご馳走になる話でいいのか?」
「はい。 あ、まだメニュー決まってなくて買い出しも」
「分かった」

「食べたいものとかあります?」
「・・・ミネストローネ?」
「この季節に」
「本格的に暑くなる前の最後の機会かと」







太陽が落ちた街中の喧騒を耳にしながら街中を歩く。
晩御飯の食材を調達しに歩く通りは街頭が灯っていた。

買い出しは1人でも可能だが、陽が落ちたから、ご馳走になるからと言い
クロウはフィアナに付き添って、彼女の半歩先を歩いていた。

彼は買い物かごを片手に、彼女が引き止めた店先に並ぶ品を見比べていく。
外気に当てられた野菜は少しひんやりしている気がする。

リクエストであったミネストローネに使うだろう食材を見定めるフィアナが、
ふと野菜を手にしたまま「そういえば」と口にしてクロウへと顔を上げた。


「さっき支部で言い掛けてた、 夜の散歩の話。
 続きは何を言おうとしたのかなと思って」


その問いにクロウは少し口を噤み、悩んだ表情をした。

夜に1人出歩くのは感心しないと、支部に居た彼はそう言った。

似たような言葉を先日も言われて、夜の買い出しに付き合ってくれたから、
純粋な心配なのだろうとは予想付くけれど。

発言を躊躇う様子はないが、ただ悩む様子の彼は珍しく感じる。
ふとクロウは彼女に一瞬視線を向けた後、ゆっくりと口を開いた。


「・・・星を見たければ見に行けばいいと思う。
 趣味を咎めるつもりも口を挟む気もないが、ただ、夜だろう」


そこまで喋り一旦言葉を区切ったクロウは、
フィアナが手にしていたままの野菜を手に取るとカゴの中に入れる。

持っていかれた野菜と、語る主のクロウを見上げた。
髪とよく似た暗い金色の瞳は街頭の光が差し、物憂げに伏せられていた。


「心配をするならば対策案を挙げろという話になるが、
 抑制に俺を呼ぶ以外の案が出てこない」
「ふふ、」


急に笑いだしたフィアナに、不思議そうな目を向けたクロウ。

その視線に気付いたのか彼女は「あ、いえ」と、
悪い意味ではないと言うように一旦否定を挟んだ。


「『根』から来るものなんだろうなぁっていうのは分かるんですけど。
 やっぱりクロウさんに気に掛けてもらえるのが嬉しくて」


温和に笑みを浮かべるフィアナに、彼は沈黙数秒。
街中、通り過ぎゆく喧騒は彼女達の空気など露知らず。

しばらく言葉を発さなかった彼は、小さく「そうか」と呟いた。

幾度かの瞬きをし、クロウを見上げた彼女は翡翠の瞳を真っ直ぐ向けていた。
街頭の光に反射した瞳はそれこそエメラルドのようで綺麗だと思う。


「・・今夜も、星を見に外出るつもりなんです。 ・・・来てくれますか?」
「ん、行こうか」


柔く向けられた笑みに了承の意。

フィアナは少しだけ瞬きを繰り返した後、困ったように笑みを見せた。


「・・クロウさん、女性を勘違いさせちゃいそうなくらい優しいですよね」
「・・・素直に褒め言葉として受け取っていいものか迷うな」


・・・あれが素で向けられるのだから、心臓に悪い。
眉尻を下げながらの笑みはしばらく解けなかった。


「さっき早寝って話をしたばかりですけど、」
「いつ頃まで見るつもりだ?」
「うーん・・日付回りはしないと思います」
「あぁ、充分だ」

「・・普段いつ頃寝てるんです?」
「日によって変わる。 ・・お前よりは遅いと思う」
「で、私より起きる時間お早いんですよね?」





今夜、星空の約束をする



(ふふ、今夜が楽しみです)
(ただ頼る先が男であるのもまた忘れるなよ)
(大丈夫ですよ、クロウさんですし)
(・・・・)

(・・言いたいことは分かるんですけど、
 ここまでの信用もクロウさんゆえにというか。 あの、日頃の、行い?)
(・・・まぁいい。 ・・星が好きなのか?)
(空模様大体好きです。 あ、雨雲はあんまり、かな)
(成程。 ・・落ち着いて星空を見るのは、随分久しぶりのように思う)






まだ2ヶ月。

クロウカシス・アーグルム
  心配は本心ではあるし、『フィアナだから』ではないのも確かだけど、
  もしメーゼが夜間に散歩すると言っても心配しないし付き添いもしない。

フィアナ・エグリシア
  心配も付き添いも、彼が素で優しいから来るものであることを知ってる。
  クロウから直接言われたわけではないけど彼女は大変鋭い。





 

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