創作世界

□歪な赤は深夜徘徊する
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太陽はとっくに落ち、夜更かしでもなければ誰もが寝静まる深夜。

5階ほどある組織の建物は屋敷と呼ぶに充分な広さがあり、
建物内は誰も居ないのではないかと疑うほどの静寂に呑まれている。

ただでさえ人口密度より屋敷の広さが勝るのだ。
深夜ともなる時間ならば致し方ないのかもしれない。

屋敷内の灯りは主に魔力で補うため、外の光が差し込まずとも目視は可能だ。

交差点や角を中心に等間隔でぼんやりと灯る屋敷内は、
どこかホラーな雰囲気を滲ませる。

怖いのか、と問われて怯えるほど自身が可愛らしいつもりはないけれど、
暗闇と静寂に五感が鋭くなるのか、どこか戦闘時に類似した緊張を感じる。

深緑色のセミロングを揺らした女性は1人、
ヒールが伸びた靴でカツン、カツンと廊下をゆっくり歩いていた。

ひらりと揺らした膝よりも高い位置にあるスカートの裾、
ベルト付きのワンピースを纏った衣服は就寝前の寝巻きとはおおよそ思えない。

歩を進めていた彼女はぴくり、と何かに反応し、ふと足を止めた。
踵の高い靴を履いた足音が消える。 それは自分だ、何ら問題ない。

にも関わらず、別の足音が聞こえる。

気の所為ではなかった。
・・・もう少し歩けばその先に交差点がある。 右側から、だろうか。

足音の近さから多分交差点に差し掛かるのは相手の方。
靴音はどちらかというとスニーカーっぽい、後少し重い。 男性かも。

そこまで予想しながら歩を進めると彼女の予想通り、1人の男が交差点、
右の廊下から姿を見せるなり足を止め、彼女の深緑色の髪へ視線を向けた。


「アリナか。 屋敷内とはいえこんな夜に1人で出歩くかよ」


向こうも靴音を認識していたらしく、第一声は彼女の名だった。

呆れたように息を吐き出す彼の右頬には目立つほどの赤い印。
黒い半袖のTシャツとズボンは珍しくラフで思わず瞬きを繰り返す。

首周りには白いバスタオルが掛けられていて、
白い髪はまだ湿っており、頬に水滴が伝っていった。

水滴を拭おうと首に掛けたバスタオルを拾おうとした手には、
普段指を通している手袋もなく、頬とよく似た印が手の甲にあるのが分かる。

普段着ている黒のロングコートも姿を消し、
風呂上がりとはいえ珍しい格好の彼があまりに新鮮で瞬きが止まない。

歩いていたアリナも交差点に差し掛かり、
彼に向かい合うようにして足を止めた。


「驚いた、そんなにラフな格好のアインは初めて見た」
「珍しいっしょ」
「本当、普段に比べると随分ガード緩いわね・・」


不思議そうな表情でアインの衣服を見つめるアリナに、彼は笑みを見せた。

普段コートが隠されているゆえに肌の輪郭が見えるのは非常に珍しいのだ。
彼が大剣使いだからか思うより筋肉付いてガッシリしていそうだなと思う。

ふとアインが歩いてきた方向を思い出してアリナは顔を上げる。

エルフ種族の彼は両耳が横に伸び、
金のピアスがいくつか付いているのが見えた。


「部屋とは真逆よね、どこ向かっているの?」
「キッチン。 なんか夜食探す」
「こんな時間に? 寝る前に食べると太るんじゃない?」


本心らしい言葉を述べ、アリナは怪訝そうに小さく首を傾げる。

アインはいくらか背の低い彼女に視線を落とし、
悪戯っ子のように掴みきれない笑みを見せた。


「太る体質に見える?」
「貴方、自ら進んで女の敵発言したわね・・・」


一部の人からは憤怒されかねない発言。
笑みを含んでそう告げたアインに、彼女は心底呆れた表情を浮かべた。

「動くから」だの「たまに1回くらい」だの「大丈夫」だの、
交わす言葉は他にもあったにも関わらず、彼はこの発言だ。

アリナ自身が太りやすくて体重を気にするタイプだったら、
例の発言の直後、迷わず彼に握り拳をお見舞いしていたかもしれない。

体重を気にする女の前でわざわざそれを口にするか、と。

尚、仮に今彼女が本気で殴ったところで、
アインには一切のダメージが通らないだろうが。


「アリナもなんか食う?」
「やめとく。 でも何か飲むことにするわ」
「そ」


目的地が合致したらしく、来た道から真っ直ぐ進んでいくアインを追うように
アリナは交差点を左に曲がっていった。

顔を合わせば会話するものの、仲が良いというほど頻繁に話すわけではない。

しかも深夜だ。 随分と珍しいこともある。
オマケにアインは珍しくラフな格好だし。

そのアインと暗がりの廊下を歩いているこの事象を不思議に思いながら、
隣を歩く彼を見上げると、煌々と輝く金色の瞳が即座にこちらを捉えた。


「何?」


見上げて一瞬、琥珀のような瞳は少し細めたように見えた。

視線に勘付きやすいのは戦闘に強い者の特徴だ。
彼が強いことは充分過ぎるほど知っていたから彼女も驚きはしなかった。

彼女は顔を上げたまま、赤い瞳でアインの眼をじっと見つめる。


「貴方の眼の色、綺麗ね」
「ん?」
「好きな色しているわ」


珍しいものを見たかのように呟くアリナに他意はなく純粋な感想だろう。

予想してなかった言葉なのか彼は少しだけ驚いたように瞬きすると、
数秒沈黙した後に「へぇ?」と呟き頭を傾げた。

アリナは口の端を引っ張るように笑みを見せる。


「金眼って他の色より彩度薄い感じがしない?」
「あー、赤とか青に比べると」
「うん。 でも貴方の金眼は薄い感じしないのよね。
 強く濃い金色、 アインのそんな眼の色が好きだわ」


彼女が綴る理由の声を静かに聞くアインの表情は読めない。

表に感情が出ないタイプ、ではないと思うけれど
飄々とした彼の表情を素直に飲み込んでいいのか分からない。

無表情というよりはどこか考える様子のアインは、
暫くの無言の後、噤んだ口をゆっくりと開いた。


「眼の色褒められたんは初めてだわ」
「私も、人の眼に好きと言ったのは初めてかも」
「眼の色ねぇ」
「眼の色よ」


そんな喋りをしながらも廊下を歩き続けた2人、アインが不意に足を止めた。

薄く笑みを浮かべていた彼女の赤い瞳を、屈んでじっと覗き込む。
アリナは驚いたように瞬きをして一歩遅れて足を止めた。

一歩遅れたのが響いたのか思ったより顔面の距離が近い。
アインは変わらず表情の読めない顔をし、彼女の瞳を覗いていた。

渦みたくうねるような赤色をまじまじと見たのは今日が初めてかもしれない。
・・・嫌悪感は無かった。 成程、多分好きな色なのだと思う。

一頻り見て満足したのか、彼は屈んだ姿勢を正し
キッチンへと向けてまた一歩踏み出す。


「そういう話なら、俺もアリナの眼の色は好きだな」
「へぇ」


歩き出したアインを追うように、アリナも廊下を踏み出す。

アインは肩越しに一歩後ろを歩くアリナに振り向いたかと思えば、
彼特有の食えない飄々とした笑みを1つ浮かべた。


「歪んだ赤」
「ふふふっ、褒め言葉だわ」





歪な赤は深夜徘徊する



(あー、飯何にすっかな・・パスタ麺余ってんな、茹でるか)
(夜食なのに随分ガッツリ食べるのね・・・4食目じゃない?)
(これくらいなら軽く入るんだよな)
(流石成人男性)

(そっちこそ寝る前にカフェオレって大丈夫なの)
(うーん、どうしようかな。 寝る時間決めてないの)
(寝とけよ。 魔力急変からそう日にち経ってねーんだし)
(・・・そうね、)






この2人の仲は良し悪しじゃなさそう。 嫌いではない。


アリナ・サリン
  体重は明確な変動がなければ気にしないタイプな気がする。
  体内時計は人並みだけどここ数日は深夜起きている気配がする。

アイン・フェルツェールング
  私はいつも思う、アインなんなんだこいつは。
  体内時計は割とすぐブレるけどすぐ戻せる。 深夜に起きてることも多い





 

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