創作世界未来

□時の跡−翡翠色の涙
1ページ/1ページ






じくじくと侵食するような痛みが響いている。

今までで一番の深手を負ったと言っても過言ではない背中の大きな傷とは別に
心臓が締め付けられるほどの、この想いのやり場が見つからなくて。

へたり込んだ先の床は冷たく、自身の体温を奪っていく感覚。

呆然と眺めたその先は空虚。
翡翠の瞳から涙が溢れ、頬を伝っていった。

・・・まるで深い闇を見たような気分だった。

いつも見せる右目は瑠璃色、 ただただ、深い海が広がっていた。
左目を隠すような前髪の隙間から覗かせた赤は、歪むように燃えていた。

・・・・深海と、火の色。
対照的なオッドアイは、この世を恨むように、この世界を見つめていた。


「・・・・」


締め付けられる、この胸の痛みは。
少なくとも「良い気分」とは呼べなくて。

胸元に手を添えて俯く。
私のすぐ側にはこの世界に唯一という弓が、床に落ちていた。

嗚咽すら漏れないものの、頬を伝う涙は少ないとは言えないでいて。
・・・嗚呼、こんなに、泣くのは いつ以来なのだろう。

瞬きと同時にまた一滴涙が零れ落ちる。

視界の端に1人の姿、私のすぐ隣に片膝を立ててしゃがみ、
真夏にしては少し冷たい指先が伸び、私の頬に伝う涙をすくった。

顔を上げればクロウさんが、心配げな表情を浮かべて私を見つめていた。

・・・流石の彼と言えど彼女を相手に、無傷というわけには行かなくて。
彼女の攻撃の痕が、傷が痛々しく感じられる。

何かを言いかけたでもなく、口を噤んだ。
今は、きっと許されるだろうと。

クロウさんの胸元に凭れ掛かるようにして頭を預けた。
彼は何も言わず、寄りかかった私の頭に手を回して。


「・・フィアナの貰った傷が深いな」


少し上の方から聞こえるクロウさんの声に、俯いたまま自分の服を確認した。

上着越しに見えた白いシャツは、
自分の傷では見たことがないほどの赤い跡が伝って、滲んでいて。

じくじくと蝕むような痛みに、少し眉を顰めた。


「痛まないか」
「・・・平気です」


この胸の、痛みなんかに比べたら。

瞼を伏せて、小さく息を吐き出す。
たったそれだけの動作なのに、それですら普段より重い。

・・微かに、魔術が発動する音を耳にした。

発動されているらしい魔術の元を、肩越しに見ると
私の背中の傷跡に翳された手と白い魔術陣。

発動主は、言うまでもなく彼で。

彼が普段滅多に使わないであろう治癒魔術を少しだけ眺め、
またどこかへと、視線を落とした。







「平気です、」


命に別状がある程の物ではなかったが、酷い傷なのは変わらない。

彼女がこれほどまでの怪我を負うのは自分が知る限りでは今回が初めてで、
怪我の心配として聞いたその言葉は、強がりにはとても聞こえなかった。

透き通らんばかりの翡翠から透明の雫。

フィアナとの初対面から半年近く経つだろうか。
その半年が、あまりにも平和だったからだろうか。


「(いや、それ以前に・・あまり泣かない奴だと思っていた)」


それはフィアナを薄情だと指したのではなく、寧ろ逆。
彼女には強い意志があるからこそ、滅多なことでは泣かないのだろうと。

・・・だったら、今日がその「滅多なこと」だったのか?

何はともあれ、今回の件と合わせて彼女の涙を初めて見たことは、
彼としても少なからず動揺、していたのかもしれない。


「・・・」


俯いている彼女の表情はクロウからは確認が取れなかった。

彼女の頭に添えていた右手で、フィアナの頭を1度だけ撫でる。
頭から離した手はフィアナの背中、傷口へと翳す。

翳した手と、傷口との間に広がる白い魔術陣。
俯く彼女が少し身じろいだのは、魔術の気配を感知したからだろうか。

クロウは回復専門ではない。

彼は戦闘としての技術と力量が十二分にあり、
滅多に怪我を負わない彼からすれば久しぶりの回復魔術だった。


「(流石に精神までは癒えないが)」


見える傷こそ防げるが、見えないものまではどうしようもない。
彼女の傷口に翳す手に、どれほどの祈りが。

回復魔術が落ち着き、しばらくした頃、
クロウの胸元に凭れ掛かっていた彼女がゆっくりと身体を起こした。

枯れてしまったらしい涙は姿を見せず、
代わりに涙の乾いた跡が痛いのか、フィアナは数度瞬きを繰り返す。

瞬きの際に見え隠れする翡翠色。


「(・・・変わっていない)」


心の中で留められたたった一言の感想は、確かに彼の本心だった。

フィアナは顔を上げて、クロウに向けて少し困ったように笑みを浮かべる。


「すみませんでした、 もう大丈夫です」
「・・・とは言うが、全く大丈夫そうには」


ダークブロンドの髪色とよく似た暗い金色の瞳と、
透き通らんばかりの翡翠色の瞳の視線が交わされる。

真っ直ぐ見据えるような金色に、フィアナは少しだけ目を細めて。


「・・大丈夫ということに、しておいてください ね」


眉を寄せて、普段とは少し違う笑みを見せた。





時の跡−翡翠色の涙



(・・彼女はきっと、一度ここで折り合いを付ける)
(それは彼女の良いところだ)

(ただその瞬間は)

(言及こそしなかったが)
(今のお前を、「無理をしている」と言うのだと思う)






書きたかったキャラが出せなかった編

フィアナ・エグリシア
  最後に泣いた記憶がいつだっただろう。
  年齢不相応なほどの意志と洞察力を見せる19歳。
  一般旅団員でありながら、機密とも言える存在との戦闘に鉢合わす。

クロウカシス・アーグルム
  最後の回復魔術使ったのはいつだっただろう。
  若いながらに十二使としての戦力は優秀な26歳。
  「彼女」との対面は2度目になる。 あの速度は捉えきれないのが現実





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ