創作世界未来

□想い人のスタート地点
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旅行用ケースをがらがらと転がしながら、2人の男女はその街に降り立った。

高い建物が少なく開けた空に、微かに街から吹いてくる風。

目まぐるしく人が交差する気配も無く、
今朝まで滞在していた街の賑やかな喧騒とは一転、
落ち着いた雰囲気を感じさせる街だった。

ゆったりとした時間が流れていく。

賑やかな街よりも、このように落ち着いた街の方が向いているかもしれない。
オレンジ色の髪を揺らした少女は表情を和らげた。

細められた翡翠色は、暗い赤レンガで建てられた街並みを眺めながら、
数歩先を歩くダークブロンドの髪の青年を追いかけた。

街の中央部に向かうのと同時に、少し人通りが伺える。
と言っても首都圏ほどでは無く「見かける」程度の通行量。

足を止めて何かを探すように辺りを見渡す少女、フィアナに
少し先を歩いていた男性も足を止めて、彼女に振り向いた。


「泊まるところか?」
「はい。 クロウさんはカルム来たことあるんですよね?
 いつもどこに泊まってるんですか?」
「自宅」
「え?」


その返答が、彼女の動揺になると見越していたのか、
笑いの堪えたクロウが浅く笑みを零した。

清閑の街、カルム。

クロウの「寄りたい街がある」の一言で来ることになり、
馬車移動で今し方辿り着いた街。

国内の活気ある都市からは少し離れ、飛空艇も着陸しないここでは、
街そのものが落ち着いた空気をどことなく纏っている。


「ご自宅、ですか?」
「実家とも言うな」
「故郷だったんですか、」
「正解」


薄く笑いながら告げられた事実に、
フィアナは少しだけ口を開き驚いた様子を見せる。

まさか当の街に着くまで知らなかったとは。


「(・・ここがクロウさんの故郷、)」


改めてカルムの街並みを眺める。

20数年も経てば街並みは多少変わっているかもしれない、が
街に染み付いた空気、というものは早々様変わりするものでもない。

先程まで視界に映っていた景色とは、また少し違って見える。


「宿代わりにでも寄っていくか。 ベッドなら1つ空きがある」
「・・そうですね、ご迷惑でなければ・・・」
「特に問題は」
「それなら」


よろしくお願いします、と会釈をしたフィアナに、
相槌1つ残したクロウは街の中央から少し外れた道へと入っていった。

継ぎ目の細かい石畳の道。
暗めの赤いレンガで積まれた家の前をいくつか通っていく


「あ、そうだ。 我儘を承知で1つお願い事が」
「なんだ?」
「せっかくですので、クロウさんのご実家にあるという
 書斎も拝見したいんですけど・・」

「7割方父の趣味だが構わないか?」
「もちろん! 書斎と聞いただけでわくわくしちゃいます」
「く、 お前は案外父とも話が合うかもな」


道すがら、数分ほど話しながら歩くと、
屋敷とまでは行かないが広そうな2階建てが見えた。

落ち着いた印象を与える暗めの赤レンガで統一された街。
どうやら彼の家も差異のない建築であるようだ。

敷地を区切る塀、素敵な装飾が施された黒いフェンスが閉ざされている。
建物の出入り口である玄関まではまだしばらく距離がある。

クロウがフェンスを押す。
が、それは開かず、代わりにガシャンと金属の擦れる音だけが響く。

「ん」と短く呟いたクロウが、フェンスに施錠されているのを確認した。


「なんだ、居ないのか」
「ご家族さん、お出かけ中で?」
「大方旅行だろう。 自由人だからな」


クロウは屈み、旅行ケースの中から鍵束を取り出す。
いくつかの鍵を見比べ、フェンスに鍵を挿し込んで回す。

カシャンと解錠の音。
再度フェンスを押すと、難なく開いた。

門を潜り、玄関の鍵を開け、クロウの実家だという家に立ち入る。
開かれた扉から建物外に微かに流れるひんやりとした冷たい風。

玄関周りは吹き抜けらしく、2階の窓から照らす太陽が玄関に射し込む。

玄関先には男女の靴が何足か端に寄せられ、
下駄箱の上には女の子物の靴も置いてあるようだった。

そういえば東方の大陸だから、靴は玄関先で脱ぐものなのか。
クロウに倣うように、フィアナも自身の白いブーツから足を抜く。


「・・なんだろ、」
「?」
「クロウさんの家、なんだか緊張します」
「ふ、」


身体の表面が微かにひりつくような謎の緊張感。
困ったように笑うフィアナに、クロウは口元を緩めるようにして笑った。

クロウは玄関の鍵を閉めた後、ケースを持ち上げて廊下を進み、
玄関から少し横に入ったところにある階段へと向かった。

フィアナもケースを抱えて、彼の後を追う。


「ご家族さんは旅団員の方なんですか?」
「父はそうだったな。 今はほぼ引退状態だが、当時は結構強かったと聞く」
「なるほど、親譲りなんですね?」
「父に鍛えられた節はあるな」


2階の通路に辿り着いてすぐ、左側の壁あった扉を押す。

敷かれた暗めの色の絨毯、開けた壁といくつかのソファーとテーブル。
どうやらこの家のリビングと見受けられる。 奥はキッチンの様子だ。

クロウは廊下側の壁元に旅行ケースを置くと彼女へと振り向いた。


「何か淹れたら飲むか?」
「あ、いただきます」
「ん。 適当に荷物置いて座っててくれ」


キッチンへと歩き出すクロウの後ろ姿を視界の端に捉え、
フィアナは自分の旅行ケースをクロウのケースの隣に置いた。

そして1番手前にあったソファへと腰を下ろす。
身体に沿って沈み込む柔らかいソファに、埋まるようにして凭れ掛かる。

初めて立ち入る場所なのだから、見慣れないのは当然だけれど。

壁も、床も、今座っているソファも、少し年季の入ったテーブルも、
キッチンをがさごそと漁っている彼も。


「(・・・好きな人の一面を知るだけなのになぁ)」


彼が育った場所だと思うと、緊張するのは何故だろう。


「・・・紅茶ばかり余ってるな・・・紅茶でも構わないか」
「もちろん」





想い人のスタート地点



(ん、できたぞ)
(いただきます ・・・あ、美味しい、)
(母の物だったが美味いならよかった)
(え。 か、勝手に頂いてよかったんですか?)

(構いやしないさ、紅茶の1つや2つ)
(だ、大丈夫ならいいんですけど・・・
 クロウさんはコーヒー飲む印象ですけど、ご実家には紅茶が多いんですね)
(母の趣味でな。 俺と父はコーヒー派なのだが)
(・・・・)






クロウの故郷編

フィアナ・エグリシア
  初めてカルムに来た一般旅団員。 多分誕生日はまだ来てない、19歳。
  旅団加入から1年未満の彼女は、実家に帰ることは多い。
  彼女は案外、クロウのことを知らない。

クロウカシス・アーグルム
  実は東方育ちの旅団十二使『氷軌』 まだ26歳。
  旅慣れしている身だが、実家帰りは比較的多い方と思われる。
  彼も案外、フィアナのことを知らない。

清閑の街 カルム
  東方大陸にあるクロウの故郷。 暗めの赤いレンガの建物が多く、
  派手な色な建物も少ないため、全体的に落ち着いた印象を見せる。





 

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