創作世界未来

□Einsamkeit
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暗くほぼ明かりのない室内を見ながら壁を手探り、
スイッチがある場所を見つけ出してはスイッチをぱち、と押す。

途端明るくなる生活感の無い空間は嫌なほど広く感じた。

足を通したルームシューズで乗っかった紅色のシックな絨毯。
点灯スイッチの付いている右手側の白い壁に添えた黒い手袋と。

机、家具、ライトやあらゆるものがアンティーク調で整えられている。

一人暮らしにしたって少々上等だっただろうか。
以前住んでいた一室より広く、家に戻るたびに胸に空虚が広がる感覚に陥る。

見慣れて使い続けたはずの家具は全て新品で、傷らしいものが
まだ1つも付いてない、その矛盾がまたなんとも言えない感情に襲われた。

見慣れたはずの家具だが、今までと配置が違うため慣れるのに数日要した。
慣れたかと問われれば返答は危ういが、うっかりということは減っただろう。

滑らせるように壁から手を下ろし、足を伸ばして室内の中央へと向かう。

向かって左手側に設置していたチェストの引き出し一段目を引く。

中身は少ないものの乱雑に入れられた中から、一番目のつく箇所に
置いていた小さな箱とライターを手に取って引き出しを閉めた。

黒い手袋越しに片手で箱とライターを握り、近くにある窓際へと近づく。
隙間だけ開かれたカーテンからは、遠巻きながら人が行き交っていた。

空いていた左手でカーテンの両端を重ね隙間を無くす。

数歩ほど背後にあるテーブルへと振り返り、
ローラーの付いていない椅子を引いては腰を下ろした。

手に持っていた小さい、煙草の箱とライターをテーブルの端に置いて、
テーブルの中央近くに置いていた灰皿を手繰り寄せる。

箱から煙草を1本取り出して口に咥え、ライターの火を付け、
上った火を煙草の先端に寄せた。

いくら魔術が使え、無から火を起こせる世界であるとしても、
こんな小さな種火ですら出せない人も少数ながら居る。

煙草につける火だって魔術で行えるが、
なんとなく味気無くてあまりやったことがない。

多分煙草においてはライター派なんだろうと思う。

火の消えたライターをテーブルに置き、煙草を人差し指と中指で挟んで
口から離しては、白く濁った息をゆっくりと吐き出す。

煙のような息が、室内に掻き消えてく。


「(やっぱ前より苦いな)」


なんとなくで続けていたものが最近になっていくつか変化を起こした。
元々煙草が好きなわけでもないし、煙草に憧れたわけでもないんだが。

再度咥えた煙草、ゆっくりと息を吸い込んだ。

銘柄はあれこれいろいろ試しに吸ってはいたが、
この銘柄は何度か繰り返している気がする。 が、こんな味だっただろうか。

2度目の息は、俯いて溜息を付くように吐き出した。


「(なんで俺生きてんだろ)」


・・数秒考えて、少し首を振った。

いや、それは正しい問い方ではない気がするな。
何故生かされた、が正しいのだろう。

向こうは向こうで自分を嫌っていた様子だし、
あれほどの腕ならば問答無しに殺すことだって不可能じゃないはずだった。

だから、終焉が訪れるのならばどちらかの死だろうと。

あらゆる行動を完全に封じるよりも、命を奪った方が楽な場合は意外と多い。
人が命を奪うことに対してのストッパーさえ働かなければ。

力さえ上回れば、殺したってよかったのに。

逃れるか死か。 選択を迫られたのは想定外だった。
・・・選択してまで死を迎え入れようと思わなかった自分も自分だが。

生きたところで居心地良い場所なんて在りやしないのに。

街に行けば人は居るし、買い物に行けば店員が話しかけてくることだろう。
目の前に居るのが人である、人だと理解があるにも関わらず違和感があった。

喧騒の一部にだってなれやしない。
まるで世界に1人しか居ないようだ。

妙に広い部屋だって、以前より苦いと感じる煙草も、
懐かしささえ覚えるこの感情だって。

紛らわせていたものが無くなって戻ってきただけなのかもしれない。

中途半端に吸った煙草を灰皿に押し付ける。
なんかどうも苦くてこれ以上は嫌だった。


「さみぃなぁ」


部屋の奥。

テーブル、彼の座る位置からずっと後ろにあるベッドの脇。
大剣が鞘に入ったまま立てかけられている。





Einsamkeit



(生まれながらに罰を抱えた孤独の人)


(どうせならいっそ、何も言わずに殺してほしかったな)
(好意に近い感情を抱いた奴を、ちょっとだけ憎んだ)





Einsamkeit
ドイツ語で孤独。 寂しいでもあるらしい。





 

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