創作世界未来

□傷はそれを「融解」と呼ぶ
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私は、今までの人生にそれほど大きな後悔をしたことがない。

闇堕ちしたことにだって後悔していないし、
寧ろなるべくしてなったとすら思っている。

堕ちたことによって変化はいろいろ起こったけれど、
目と翼の色もそれはそれで気に入ったし、
幼少の記憶も飛んだけれど特に気にしていなかった。

味覚だって変わったけれど、今までそれほど好んでなかった物を
美味しいと感じるようになったことで、
正直堕ちた直後はどれが美味しいと感じるかを探すことが寧ろ楽しかった。


幼少期の自分がどうだったかは思い出せないけれど、
昔から執着しやすいタイプではあった。

一度そうなれば成し得るまでは他の事に目が行かない。

同僚のアヌザですら、私の執着心は異常とまで言われてしまった。
帝国の彼女と戦闘繰り返す貴方が言うの?

理由が無いにも関わらず本能で戦闘繰り返す彼こそ執着の塊とも呼べるのに。



後悔を然程残したことがない、執着しやすいタイプである私が、
最後に執着したのが十二使『八駆』グラシアだった話。



あの日からもうすぐ1年が経とうとしていた。
戦闘の舞台に選んだのはアルヴェイト王国の隣国、元王都。

化物城と呼ばれ廃れた王城の散策。

真っ直ぐ伸びる赤いカーペットとそこから伸びる階段。
階段は踊り場から両サイドに分かれている。

2階3階が無いこの空間は天井の高度が高く、
広いスペースがあり戦闘に難はない。

本能的に「ここだ」と思った。
リベンジマッチの舞台は、彼との決着の場はきっとここなのだと。

年月が経っている分、埃っぽかったりカーペットがよれているし正直古臭いが
美しいものが好きなのだろう彼は気に入るだろうか。

まぁ気に入らなくてもいいか。
下手なものを仕掛けない限りは許可を出すだろう。

巻いた種くらいは回収しようと思うだろう。

だって旅団の人、それも十二使だもの。
回収される気はさらさら無いけれど。


初戦で行われた数少ない会話、やり取り。

彼は美しいだとか綺麗じゃないだとか、
そういったことに関することを話す印象を抱いていた。

本人が美を望む人だからか、拘っているのかまでは知らないが、
女の私から見ても彼は綺麗だった。

長すぎるほどの赤い髪色と鋭く突き刺さるような水色の瞳。
そして彼が操る8色の剣は、本当に綺麗だった。


暗転、脳裏にぶわっと通り過ぎた映像の数々は、
完全に忘れ去っていたものまで思い出した。

見覚えのなかった景色、見覚えのなかった人、見覚えのなかった視点。

どれも初めて見るものだったけどどこか懐かしかった。
きっとこれは記憶、思い出と呼ぶのだと思う。

思い出したからといって、感傷に浸るわけでもない・・こともなかった。

懐かしいと感じた際に胸がきゅっと締まるような感覚に襲われた。
誰かに引っ張られて、美しい景色の見える場所へと連れて行かれる自分。

隣に居た子は誰だったかな、幼馴染とまでは思い出したんだけど。
見えない顔が誇らしげに笑ってるように見えた。

綺麗な赤い髪が揺れている。
風が気持ちよかった。


痛みに襲われるようにして現実に戻り視界を開ければ、
予想したよりもずっと眩しくて幾度かの瞬きを繰り返した。

あれ、こんなに眩しかっただろうか。

そして上半身を起こしているグラシアがすぐ隣に居て、
落下時の衝撃がなかったのは彼の配慮だったろうことにも辿り着いた。

本心をぽつり。 笑みを1つ。
喉から込み上げてきたぬるい鉄の味に咳き込みと。

よくよく考えればこんな近い距離で彼の顔を見たのは初めてな気がする。

・・・あれ、 そういえばグラシアの髪色って
さっき思い出した幼馴染の髪色と似てる、気がする。

色鮮やかな赤、繊細な赤、色の形容の仕方は分からない。

あの幼馴染の子とは連絡も完全に途切れていて、
今どうしているのか、生きているのかどうかすら分からない、けど

もしかしたら、グラシアみたいな人になってるのかもしれない。

そう思ったらどこか可笑しくて、小さく笑いを零した。
あの子は今どうしているのだろう。

今までの人生に、自らの死も目前だろうこの状況で、
数年も共に居なかった旧友の安否を気にするのが不思議な気持ちになった。


古臭い城だなぁと思っていた戦闘の舞台。

埃っぽいのはどうしても誤魔化せないけれど、
落ち着いてみれば綺麗な装飾があちこちに施されていた。

カーペットは赤いけれどそれ一色ではなく、縁に金色の模様が描かれている。
真っ白だと思った床のタイルだって1枚ずつ綺麗な絵が浅く掘られていた。

顔を上げれば豪華なシャンデリアが、自分を見下ろしている。

・・・きれい、 私、こんな綺麗なとこで戦ってたんだ。

ばかみたい、なんで今になって気づくんだろう。
だってあまりにも遅すぎる。 ・・・否、長すぎた?

滅多にしない自嘲的な笑いをしそうになった。
随分と久しぶりの後悔だったように思う。

旅団に属する者として、十二使として。
それが使命である彼らとの戦闘に異論は無い。

私も命令に応じてこの世界を歪ませている。

ただ初戦の時に聞いた彼の
「僕は旅団に使われてはいない」という発言はどこか引っかかっていた。

命令でなければ何がある?
こんなにも世界は淀んでいるのに。

最後の最期で、彼が、彼らがこの世界を守ろうとする理由を知ってしまった。


――死ぬのは怖いかと、問われたことがある。
問われた当初は正直ピンと来なかった。

分からない。 恐怖は抱きづらいから、案外平気かもしれない。
そう答えたことを今も覚えている。

実際、今こそまさに死に際であるけれど
完敗した影響か最早清々しかった。

負けた、 負けたけれど、初回とは違う。
気分はどこか晴れやかだった。 なんか、満足しちゃった。

だからせめて、穏やかな顔で死のうと思った。

謝罪は、貴方の手を私で汚してしまったことに。
表情は、私のことで貴方が気に病まないように。

旅団に属する者として、きっと貴方はろくに殺さなかったでしょう。
もしかしたら人の命を奪ったのは初めてだったかもしれない。

静かに殺意に狂った1人の堕天使のことなんか忘れてくれて構わないから。



落ちる感覚は、これまでにも幾度かあったことを覚えている。
いつも手を伸ばした先に空虚ばかりが広がっていた。

闇堕ちした時は引きずられるような霧と闇。
最初の翼を斬られた時は遠く離れていく天井。

ただ一度だけ、物体を掴んだことがある。 手だ。
これを人の手と呼ぶべきかどうかは怪しいが。


あの時掴んだ手の冷たさを、私は忘れない。


そして、きっと


「(これでよかったんだ、)」







呼吸の消える、命が失くなるその瞬間。
亡くなった人を見るのは幾度かあったけれど、瞬間は初めてだった。

グラシアは上半身を支えていたアリナを床に寝かせた。
閉じられた瞼ともう動くことのない唇、その表情。

死に顔を一瞥し、彼はその場に立ち上がり彼女から離れた。

両開きの扉から赤いカーペットが向かっている階段を無視して、
持ち前の翼で上昇していき、階段の終着である通路の先へ向かっていった。

化物城。 存在は知っていたが、
基本出入りされない場所とされていたため訪れたことはなかった。

見知らぬ建築物の中、彼は辺りを見渡しながらブーツの音を鳴らしていく。

通路に入り初めて目に留まった扉に手を掛けたが鍵が掛かっていたのか、
ガチャリ、と音が鳴っただけで扉は開かずだった。

思ったより埃を被っていたようで、離した手に埃が付着していた。
両手でぱんぱんと払い、また通路の先を進む赤い長髪の後ろ姿。


一方。 グラシアが去って数秒した頃、
残された彼女の脇、上部に突如として黒い霧のような煙が発生した。

掻き分けた煙の隙間から覗く青白いまでの頬と黒一色のローブ。

前が見えるのかと疑うほど深くかぶったフードの下は
更に黒の包帯で鼻より上の顔を覆い隠している。

ゆっくりと、音もなく地に足を付いたその人物は
床に寝かされたアリナをじっと、見下ろすように見つめていた。


「・・・・」


半分以上覆い隠された顔からは表情と感情が非常に読みづらい。
唯一見える顔のパーツである口元も噤んでいる。

彼はしゃがみ、黒の手袋越しに彼女の頬に指を添える。

ほんの数秒。 彼は立ち上がっては何もない空間、
彼の視界からはアリナの上部に存在する淡い光を自らの手に握り込んだ。

溶けるように消えていく光を見、再度彼女へと視線をやる。

軽く床を蹴った青年は黒い霧と共に空間から消えていった。
アリナの周囲は何事も無かったかのように静寂に包まれている。


陽もすっかり落ち闇が街を覆っている、化物城頂上。
屋根に足を掛けて佇む先程の青年は街中を見下ろしているようだった。

風に揺れる黒いローブは、太陽の落ちたこの場では空と同化し視認しづらい。


「次は誰をターゲットにしようか」


微動だにしなかった彼の口元に、
かろうじて笑みと呼べるほど小さく口角を上げた。







グラシアはしばらくして片腕に白い布を抱えて戻ってきた。

鍵の空いていた部屋に入り、備え付けられていたカーテンを拝借。
こちらもまた埃が被っていたのでバサリと軽く埃を叩いたものを。

階段の存在意義が危ういが有翼族ならば珍しくない。
柵から飛び降りるように、数メートルの高さを下りた。

アリナの傍、血が落ちていない場所にカーテンの布を敷いた後に、
死んでいる彼女を布の上に乗せてアリナを包む。

小さく息を吐き出したグラシアは、上着の胸ポケットに入れていた
メモ用紙とペンを取り出すとそこに字を綴った。

書き終えると用紙を1枚破り、乾いて固まった血の上にそれを置く。

そして白い布に包まれて姿の視認できなくなった彼女を抱き上げ、
グラシアは裏手から化物城から去っていった。





傷はそれを「融解」と呼ぶ



『****の目、ビー玉みたい きれい』

(ビー玉、 きれいで  そう、貴方みたいな・・)






終幕作品。


アリナ・サリン
  闇堕ちしたのは高校卒業した後すぐ。 高校でも天秤揺らしていたけれど
  同級生に「あの子堕ちてるんだって」と言われているのが想像できず。

グラシア・クウェイント
  これまでの作品で粗方語った気がする。
  彼女の言葉に引っかかりを感じている。 何かあるとだけ感じてる。

???
  創作世界に出現したのはこの作品で2回目だったように思う。
  作品とタイミングが合えばもう少し話せるけど、今はまだ伏せたい。





 

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