創作世界未来

□思い出の品残る自室
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風呂を上がり、ふとクロウの姿を見かけないなと思った。

書斎やらキッチンやら、粗方見て周ったが彼の姿は見かけない。
外出用の靴も玄関にあったし、家の中には居ると思うんだけど。

うーん、と少し頭を悩ませていたら
初日家の案内をされた時に聞いた彼の言葉を思い出した。

外出した気配がないのに家のどこにも居ない、という時は自室に居る。

ひたひたとフローリングの廊下を歩いて、
教えてもらっていた彼の部屋と思しき扉に数度のノック。


「クロウさんこちらですか?」
「どうぞ」


あ、居た。 探していた声の主と入室の許可に、扉をゆっくりと引く。
あ、なんだか大人っぽい香りがする。

扉を開けきり部屋の全体図が見えた。

白と黒、焦茶色辺りで統一されたシックな部屋は、
彼の好みが出ているような気がする。

一番奥の壁には窓が設置されていて光が差し込んでいる。
窓際の壁、窓の前に壁に隣接するように家具が1つ。

彼は左奥の机に向かい、椅子に座り左手側の壁へと向いていた。
椅子に座るクロウの背後にも家具が1つ置いてあるようだった。


「どうかしたか?」
「あはは、実は理由自体はあんまりないんですけど・・
 どこにも居なかったらここに居るって、クロウさん言ってたから」


興味本位で、と続ける彼女は笑いながら視線を落とした。
頬を掻いて微笑むように細められた翡翠の瞳をクロウを捉える。

ふ、と唇を引いて目を伏せたクロウは「成程な」と一言残した。
・・・悪い反応ではなかったな。

室内に足を踏み入れ、ゆっくりと扉を閉める。

奥行きはあるようだが、家具が両脇に置かれているため、
横幅は両腕を伸ばしきれないくらいか。

ちょっとした隠れ家、ちょっとした作業場みたいな雰囲気を感じ取る。


「成人の部屋にしては少々物足りないような・・・必要最低限って感じで、」
「そうだな。 寝室は別にあるしクローゼットもそこにある、
 本は父の書斎の一角を借りていて、そこに粗方入れられるからな」
「あ、成程」

「高校は寮生活だったし、大学は一人暮らしに近い生活をしていたから
 ここを使う頻度も低く、部屋の引っ越しもせず結局このままなんだ」


成程、と1つ頷いてふと右側の家具に視線を向ける。
人の部屋をあまりまじまじと見るものではない、とは思うけれど。

棚に飾られたいくつかのトロフィーや、
壁に掛けられた複数枚表彰状には確かに彼の名が記載されていた。

見上げて表彰状の文字を追う。 ・・・クレールド大学、
確か彼の卒業校だな、それも特戦科が本格的だって話を聞く。

大学名義で表彰状とは余程彼は優秀だったんだろう。

・・不意に室内の奥から零れた笑みに、
表彰状の文字を目で追う思考が一瞬で引き戻される。


「・・それほど興味津々に見られると、
 変な物を置いてなかったか気に掛かるな」
「あっ、ごめんなさい! ・・・ん?」


口を突いて出た謝罪に、数秒のラグがあり疑問符が浮かぶ。
思わず反射で謝ってしまったけれど、今の文脈で謝罪はどこか変なのでは、


「・・謝るところだったか?」
「・・・緊張してたみたいです・・・」
「ふ、」


柔らかく笑みを1つ浮かべた彼は、ぎ、と椅子から立ち上がって
フィアナが視線を向けていた棚に近寄った。

トロフィーに視線を落とした後、壁の表彰状へと顔を上げる。

・・・あ、 すい、と上げた顎のラインが綺麗だな。
視線で惹かれたのは一瞬にしておいて残りは心の中で留めておいた。

彼が視線を向けた表彰状の方へ、つられて顔を上げる。


「これらは銃撃テストで全ステージ満点出したトロフィーと、
 トーナメントで個人とチームでそれぞれ学年1位取った表彰状だな」
「ま、満点? 学年1位?」
「2年の時は個人でのみ1位だったから奇数枚なのが残念だな」


学年1位ということは事実上の特戦科主席になるのでは。
大学の時点で相当強いんだな・・

あ、今の話だと3年4年は個人チーム共に1位奪っているのか。
枚数を数える。 1、2、3・・・7枚。


「・・・1年も学年1位・・・」
「そうだな」
「めちゃくちゃ優秀じゃないですか・・」
「ふ、」


そういえば彼は旅団十二使というとんでもない御方なのだった。

あまりにも近い距離に居て、彼の戦闘時よりも日常を見ているゆえに
彼が異常な強さを持っていることを時折忘れてしまう。

・・トロフィーには大学同士の戦闘訓練で、
優勝した記念トロフィーも混ざっているようだ。

ふと棚の上にあるトロフィーから視線を左にずらすと、
壁と棚の隅に立てかけられた2本の剣の柄が視線を奪った。


「あれ・・?」
「?」
「あ、剣が・・普段使ってらっしゃるものと違う気がして」
「これか」


クロウは鞘に入ったままの2本の剣を手に取って見せた。

彼が持つことで気付いたけれど思ったより小さい。
今クロウが扱う剣と比べると顕著に分かる。

その2本の剣にも大きさにそれぞれ違いがあった。 子供用だろうか。

フィアナが視線を惹いた剣を手にしている彼はそれに視線を落とす。


「高校、特戦科に通う前から父に教えてもらっていたんだ。
 サイズが合わなくて、とてもじゃないがもう扱えないのだが・・」


2本の内、大きい方を右手に持ち、鞘に入れたままの剣を壁に向ける。

子供が扱っていた剣を、成人男性が手にしている様子はどこか不自然だ。
この剣を扱っていた少年がここまで育った証と思うとそればかりではないか。


「教え込まれた内容は、これを握ると思い出せる気がして」
「ふふ、素敵ですね。 ・・少し触って見てもいいですか?」

「どちらがいい?」
「うーん・・小さい方で」
「ん」


渡された小さい方の剣を手に取り、じっくりとその全身を見る。

しばらく手入れがされてなかったようで、
柄の方は少し錆が入っているようだった。

鞘も柄も冷たい。 ・・今まで手にしたどの剣よりも軽い。
1メートルにも満たない姿はどこか頼りなげだ。

柄を握り鞘から中途半端にすらり、と引き抜いて
姿を見せた銀色の剣身は思ったより綺麗でしっかりしていそうだった。


「武器って相棒ですものね。 過程は違うけれど
 私がクロウさんから頂いた弓みたいなものなのかな」


彼女は剣身を鞘に入れ直し、鞘を両手で握り直した。
柄に額を当て、祈るように翡翠の瞳をゆっくりと閉じた。

彼女のこういった雰囲気はどこか気圧される。

フィアナは信心深い方だった。
クロウは彼女のこの雰囲気も幾度か見たことがある。

祈りの形、不動にも関わらず圧倒するような静けさ。
強者との戦闘の時とはまた違う、微かな緊張感。 小さく息を呑む。

彼女はゆっくりと瞼を持ち上げ翡翠の色を見せると、
傍に立っているクロウの方へと顔を上げた。


「・・・クロウさんが戦闘初心者の頃って想像付かないです」
「・・ふ、 そうか?」
「正直メーゼさんとかも想像付かないです」
「・・・・・」

「・・イメージできました?」
「お前の気持ちは分かった」
「ふふ」


お返しします、と手にしていた剣をクロウに渡す。
彼はそれを受け取ると、元にあった場所に剣を戻しに数歩歩いた。

クロウが剣を戻している際に反対側の棚に目を向けると本棚。
書斎の一角に本を置いているという話なのにまだ本があるのか・・・

背表紙を斜め読みすると歴史学系列の資料になりえそうな物ばかりだった。
・・置き場所を分けている、のかな?

ふとフィアナの視界の端に居たクロウが、棚に手を付いて屈んだ。
床に落ちていたものを拾ったように見えた。


「どうかしたんですか?」
「ん、 写真が落ちていて」
「お写真」


屈んだ姿勢から身体を起こし、拾った写真を表向けるクロウ。


「・・・妹のだな」
「あ、カミネさんですか?」
「あぁ。 ほら」


彼の手から見せられた1枚の写真。

外側にぴょんっと跳ねたブラウンのセミロング。
少しだけ不意打ちだったような、きょとんとした顔の少女。

あざけなさの残る顔立ちは彼女がまだ幼いのが見て取れた。

彼女を知らぬフィアナはこの後どういう表情に変化したのか
イメージできなかったが、口をすぼめた表情はどこか既視感があった。


「・・あ、ちょっと雰囲気というか、面影が・・・」
「容姿や口調は母似だったが、表情は時々父に似ている、と思った」
「・・クロウさんは?」
「容姿は父似じゃないか・・自分では分からないが」





思い出の品残る自室



(・・・・ふ、)
(?)
(いや、これほどカミネのことを話すのはいつぶりかと、)
(・・嫌なこと思い出させていませんか?)

(・・残ってはいるが、10年も経てばある程度は癒えるな)
(そっか、 それならいいんですけど、)
(お前も居ることだしな)
(・・・? ・・・・ん・・?)






クロウの自室編


フィアナ・エグリシア
  人の家をうろちょろ歩き回るのはいかがなものか、と思いながら
  自由に使っていいと言われてるし・・・精神。 現状書斎の出入りが多い

クロウカシス・アーグルム
  普段と過ごし方は然程変わらないけれど、親以外の会話相手が
  家に居るのは不思議な気分。 彼も時折彼女の姿を探しに向かう。





 

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