創作世界未来

□空気転換にも程がある
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夕飯と風呂を終えた後、寝るまでの時間が余っていると、
クロウさんの部屋に立ち入って雑談したり、本を借り時間を潰すことが多い。


旅団提供の宿の一室、テーブルに向かい合う男女2人。

若干まだ湿っているダークブロンドの髪の男性は手元の小説を読んでおり、
向かいに座るオレンジ色の髪を長く伸ばした女性は、
テーブルの上に本とノートを開き、ペンを走らせた。







数十分ほど前、宿で隣の部屋だったクロウの部屋に、
ネグリジェ姿のフィアナがノックをした。

どうやら風呂上がりだったらしい彼が出迎える。

濡れた髪をバスタオルでわしわしと拭くクロウの傍ら、
彼女は持参した本とノートとペンをいそいそと取り出しテーブルに並べる。

興味を持った彼がフィアナにそれは何かと問えば、
「謎解き本なんです」とページを見せられた。

開かれたページにさらりと目を通すと、謎解きと言うだけあって
知識というよりは思考力を問われそうな、頭を使う問題集だ。

成程、あまり場面として見る頻度はなかったが納得はする。


「フィアナはこの手のものは得意そうだな」
「そうですか?」


本を返してそう述べれば彼女は笑いながら首を傾げた。

クロウも彼女の向かいの椅子に腰を下ろし、
テーブルの上に置いていた読みかけの本を手に取る。

それから数分、小説の文字を追っていた
クロウの視線が向かいに座る彼女に向けられた。

テーブルの上に問題集を広げながらノートを書くフィアナを視界の端に収める。
彼女が問題集から手を離すたびに本が勝手に閉じようとしていた。

クロウは不意に本に栞を挟み、席から立ち上がり、
ベッド脇に置いていた自らの大きな鞄の中をがさごそと漁りだす。

目当ての物が見つかったのか鞄を閉め、テーブルの方に戻ると
フィアナに何やらかの形をした針金状のものを手渡した。


「あら?」
「スタンド。 あった方がいいだろう」
「わ、ありがとうございます」


礼を述べ受け取ったフィアナは、それがテーブルに立つように弄り、
テーブルに置いて問題集を立てかける。

開きっぱなしで固定されるようになった問題集を見て、
フィアナは零すように笑みを浮かべた。


「ふふ、」
「?」
「クロウさんは本に関連する物なんでも出てくるなぁと思って」
「ふ」


一番最初は栞、その次は同じ作者の本、ブックカバー。

ある時図書館に寄ったら補修道具が足りないと司書が困った様子だったのを、
彼は鞄から足りないと挙げられた道具を取り出して貸し出していた。

何故持ち歩いていたのかと驚いた記憶も懐かしい。

何度か寄らせてもらった実家の書斎も随分と立派なものだったから、
彼が本と根深い人生だったことはなんとなく想像が付くけれど。

読書に専念するクロウを一目見やり、彼女は解くのを再開した。

静寂の一室に、本を捲る音とペンを走らせる音がしばらく続く。

時折思案が煮詰まったか「ん……?」と疑問符を浮かべるフィアナも居たが、
それも数分すれば解くのを再開して進めていた。

開いていたノートの1ページが彼女の綴る字で埋まっていく。

たまに口を開き短い雑談をする程度で、
ゆったりとした時間が経過して行く。

そうして1時間ほどが経過しただろうか、
フィアナが口元を覆い小さく欠伸を見せた。


「眠いか?」
「そうですね、少し……そろそろ戻ろうかな」
「……ふ、隣で眠ってくれてもいいんだが」
「流石に寝ぼけてないと羞恥が勝っちゃうな、」


クロウの笑みを含ませて冗談とも本気とも受け取れる声色に、
彼女は顔を赤らめ照れたように眉を下げ笑った。

ペンを下ろし、広げていたノートと問題集を閉じてそれらを重ねる。
貸し出されたスタンドは折り畳めるように戻して彼に返した。

持参品をまとめて手に持ち、「部屋戻ります」と一言告げ彼女は席を立つ。
「ん」と短く頷いたクロウも、本に栞を挟んでから同じように立ち上がった。


「え、あ?」
「送る。 隣だが、一応」
「ん。 ふふ、ありがとうございます」

「あぁ、その問題集今夜借りてもいいか。 面白そうだ」
「構いません。 じゃぁ置いていきますね」

「返すのは明日の朝食時でいいか?」
「いいですけど……そんな短時間で読み切れます?」
「読破はフィアナが解き終わった後にするつもりだから」


柔く笑みを浮かべた彼にフィアナは「成程?」と小さく首を傾げた。

持参した物のうち問題集だけテーブルの上に残し、
それ以外は左腕に抱えて、2人は宿の一室から出る。

もう午後11時近くになるだろうか。
廊下の灯りもほとんど落ちており人気のない静寂に包まれている。

クロウが貸し出された部屋から出た2人は廊下を右手側に歩き、
隣の部屋の前でフィアナが立ち止まる。

そのまま外出も可能そうなふんわりしたネグリジェを纏う彼女は、
ノートに挟んでいたらしい旅団員証を取り出すと、
部屋の傍に備え付けられていたカードロックにそれを翳した。

旅団員の宿泊が優先される旅団提供の宿屋は、
貸し出された部屋を旅団員証での鍵の開閉が可能だった。

翳して程なく、ロック解除の音が小さく響く。

フィアナは扉を開け、室内に一歩立ち入って扉を開けたまま、
廊下で様子を伺ってくれていたクロウへ振り返った。


「それではおやすみなさい」
「フィアナ」


扉を閉めようとする彼女をクロウが呼び止めるように名を呼ぶ。
本人は疑問符を浮かべ、扉を閉めかけた手が止まった。

クロウは一歩踏み出し扉に片手を付くやいなや、
片腕を彼女の腰に回し一瞬で力強く抱き寄せた。

驚いたように目を見開く彼女の耳元に口を寄せる。


「愛してる」
「!」


囁くように落とされた言葉に、
びくりと肩の跳ねたフィアナの顔に熱が集まった。

一瞬で思考が停止する。 混乱で行き場を完全になくした手が空中を泳ぐ。
大変驚いたように小さく震える唇、緊張したのか身体に力が篭もる。

クロウは彼女の腰を抱き寄せたまま屈んだ姿勢を戻す。
真っ赤な顔をしたままこちらを見上げる恋人の表情が視界に映った。

その様子を見て小さく笑みを見せると、
赤面したままの彼女に顔を寄せて唇を重ねる。

困惑しきったフィアナは翡翠色の瞳を一瞬揺らがせ瞼を閉じた。

数秒、ゆっくりと唇を離した彼は愛しげに優しい笑みを見せて。


「おやすみ」


腰を抱き寄せていた腕がするりと離れ、
残るは扉を支えていた手だけだが、クロウは彼女の返事を待つように。

彼が自分を待ってることも理解できないまま、
上手く息ができず声の出ない唇がはくはくと動く。


「お、おやすみ、なさい」


震えた声でなんとかそれだけ振り絞るように伝えると、クロウは1つ頷き、
動かないよう支えてた彼の手が扉から離れ、ゆっくりと閉まっていく。

ぱたんと扉が閉じると、扉越しにクロウの足音が
隣の部屋へと離れていくのが分かった。

扉に施錠をした後、彼女は耐えきれなかったように
すぐ傍にある壁に腕を付いて俯く。

顔を真っ赤にさせたまま震える肩や唇は決して嫌悪じゃない。

嫌なわけじゃ、ない。 嫌なわけがない。
1年ほど片想いをしていて、今も、ちゃんと好きな人、だ。

じわじわと広がる熱は、先程まで感じてた眠気を忘れさせるには充分過ぎた。


「(……だめ、慣れない……)」


フィアナは彼が初恋だったゆえに恋愛耐性がてんでなかった。





空気転換にも程がある



(もー……クロウさん時々、こう 刺して来るんだよな……)

(……顔あつ、 どうしよう、しばらく寝付けなさそう……)






2人に言いたい、お前そんな顔してくれるの、と。


フィアナ・エグリシア
  付き合う前までは「好きです」ってさらっと伝えれてたのに、
  告白されて以来ろくに言えなくなった。 翌朝はわりと普通、に見える。

クロウカシス・アーグルム
  フィアナの様子を見ながら彼女が大丈夫なように相手してくれるけど、
  タイミングよく彼女の耐性を壊してくるクロウとかいう男。





 

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