創作世界2

□集うのは類なのだろうか
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昼下がりの王都ラクナーベル。
護衛をしてくれた旅団員の人に礼を言い別れる。

西門から王都の街に踏み入れる彼女を迎えたのは
絶え間なく水の音が響く太陽に反射してキラキラと光る噴水。

出店から呼び込みの声と穏やかなのに活気のある大広場。

訪れる度に「良いな」と感じる好きな空気なのだが、
この日は普段の大広場からは似つかわしくない怒声が響いた。

あまりの声の荒らげ方に何かが起こったと理解した、
周囲の空気が一瞬で凍りついた。 喧騒が遠くなる。

怒号の元を探せばこの広場で商人をしている風な大柄めな男と、
何かを守ろうと抱えて蹲る少年の姿が視界に映った。

しきりに謝る少年に今にも殴り掛かりそうな勢いで、
男は地面に少年を押し付けている。

元々少年の衣服はボロボロのようだったが、
膝や腕から滲む血は地面に擦れてできたものだろう。

男の罵声はどんどんエスカレートしていき、
不穏な気配を感じた彼女は思わず地面を蹴った。

ふわりと揺れるまるで夕陽のような柔く明るいオレンジ色の長髪。
伸ばした女性特有の細い腕と指先は、男と少年の間に割って入った。

少年を庇うように伸ばされた腕に男を見上げるエメラルドの瞳。

第三者、それも若い女性の乱入に様子を伺っていた野次馬がざわついた。


「なんだてめっ・・・」
「いかなる理由があろうと暴力は許されません」


自分より二回りも体格の大きな男を前にして彼女、
フィアナ・エグリシアは怯む様子を見せずに少年を背に庇う。

地に伏せ傷を負っていた少年は彼女の後ろ姿を視界に捉えた。

煩わしそうに舌打ちをした男は怒りを顕にし吐き捨てるように口を開いた。


「そいつはなぁ! 俺の店の商品を盗んでいきやがったんだ!
 犯罪だろ!! 子供だから許せというわきゃいかねぇだろ!」
「無論です。 だからと言い人を殴る理由にはならないでしょう。
 貴方が懲らしめようとしたその行為もまた犯罪です」
「っち、この女勝手に割って入ってはごちゃごちゃと・・・!」


商人の振りかぶった拳が映り視界がそれに引っ張られる。
その動作に本能的に殴られる、と感じた彼女は思わずぎゅっと目を瞑る。

振りかぶられたはずの拳は、鈍い音も痛みも届かず。
代わりにぱしっと乾いた音が響いた。


「女子供相手に、というわけではないが暴力は感心しないな」


凛とした男の声にすぅ、と浅い息。
ゆっくりと瞼を上げるフィアナの視界にダークブロンドの髪が揺れた。

フィアナの左側から伸びた腕は、決して小柄ではないものの
商人より一回り小さい身体にも関わらず、商人の拳を片手で防いでいる。

殴りかかったはずの拳を止められた商人の男は、
明らかに不機嫌そうに眉を寄せた。


「てめ、」
「悪いのはこの少年だろうが、今頭に血が上ってるのはお前だろう」


商人の言葉を遮るように男は述べた。

体格が違うのに片手で平然と拳を止めていること、
腰のベルトに挿した剣と鞘を見れば彼が戦闘員であることは想像に容易い。


「国の許可を得て売買する信用第一の商人にも関わらず、
 騎士団が存在する街で暴力を振るう奴が何処に居る。 頭を冷やせ」


冷静に告げる男に商人はぐっと言葉を飲み込んだ。

男の指摘は概ね正論で返す言葉も見つからず、
自分の行いを自覚した瞬間熱くなっていた思考が徐々に落ち着いていった。

寧ろ冷や汗すら感じ始めた商人が拳に込めた力は和らぎ、
緩くなった拳がゆっくりと地に向けられる。

青年は目を伏せコートのポケットの中に手を突っ込むと、
何かを握って取り出した様子だった。


「・・・500あれば足りるか?」


男は手にしていた1枚のコインを爪で弾くように商人に飛ばし、
弧を描いたコインを両手で挟むように受け止めた。


「その怒りは商人だからこそ来るものであることは分かる。
 が、今回はこれで見逃せ。 ・・悪い結果にさせるつもりはない」


仲裁に入ったその男はフィアナの後ろで、
怯えたままの少年に一瞬だけ視線を向けた。

ダークブロンドの髪色によく似た色の瞳に、
向けられたその視線に少年はびくりと肩を震わせる。

商人は不満そうに唇を歪ませているもののぐっと口を噤む。
青年の真っ直ぐな瞳に根負けしたか商人は踵を翻し自分の店に戻ろうとした。


「待ってください!」


前へ一歩進みブーツを踏み鳴らしたフィアナが商人を引き止める。
何事かと足を止めた商人は振り返った。

商人を引き止めることに成功したことを確認した彼女は、
後ろに居た少年に向き直り、じっとその瞳を見つめた。

口を開かずにエメラルドの視線を向けるフィアナに少年もまた口ごもる。
視線が下がり俯いていく少年に彼女はゆっくり口を開いた。


「・・・今、自分が何をすべきかは分かる?」


優しい声色で問いかけられた言葉に、
少年の瞳は大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。

嗚咽混じりに涙を流し続け、少年は泣きながら頷いた。

盗んだパンを抱えたままの少年は、
ひっくひっくと泣きながら商人の元へと数歩踏み出した。


「ごめ、ごめんなさい・・っ」


ぼろぼろ溢れる少年の涙を見、商人は苦い表情を見せる。

わああと大きな声で泣き出す少年を宥めるように、
フィアナは少年の背中をさすってやった後、商人へ頭を下げた。

眉を寄せて視線を外した商人は今度こそ自分の店へと戻る道を辿った。

愚図りながら泣く少年の肩を抱き寄せて宥めるフィアナを見ていた青年は、
周りに集まっている人に視線を向けた。

騒動、とまでは行かないが騒ぎが落ち着き野次馬はバラけつつある。
が周りにいる人の数が少ないかと言われればそうでもない。


「・・少々人目に付きすぎたな。 離れるぞ」


フィアナは抱きしめていた少年から顔を上げる。
愚図っていた少年も嗚咽を漏らしているものの喚きは落ち着いていた。


「付いてこい」


そう告げた青年は北に続く道へ、人気が少ない通りへ向けて歩き出した。





集うのは類なのだろうか



(今思えば、少年が抱えていたのは)
(パンではなく歯車だったのかもしれない)

(誰かの人生を動かすような、そんなきっかけ)






クロウとフィアナ邂逅の場


フィアナ・エグリシア
  隣町のツァイトで喫茶店のウェイトレスをしてる19歳。
  感情があれば動けるタイプだけど会話には論理道徳的に正当さが必要。

クロウカシス・アーグルム
  まだ名乗っていないサファリ旅団十二使『氷軌』27歳。
  感情で動こうと思えば動けるけど結果推測してから動くので多分論理側。

少年
  王都ラクナーベルで盗みを働いた少年。 名前は次話までに決める。
  名乗らせるつもりはさっぱどなかったのでモブのまま終わるはずだった。





 

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