創作世界2

□君が踊る日を心待ちに
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旅団本部の上階にはそこそこ立派な黒いピアノが置かれている。

ピアノ自体は誰かの所有物というわけではなさそうだが、
過去在籍していた十二使に楽器を嗜む者が多く居た名残だとか、
そんな話を就任当初耳に挟んだ気がする。

黒と白、暗い金の聖職者衣装に身に纏い、長い黒紫色の髪を
黒い半透明のヴェールで覆った若い女性は鍵盤に指を滑らせた。


気温が上がりもう夏も本番だなと感じ始める6月の頃、
十二使『真栄』セラ・セイクリッドが本部に姿を見せた。

定例会議の前日に一足早く本部に到着した彼女は、
本部に住み込みの事務員などに挨拶を述べた後、到着報告を旅団長に行った。

日が暮れるまでにはまだ暫くの時間を持て余す。
セラは本部をぐるりと巡った後、上階にあるピアノのある部屋へと訪れた。

ピアノが設置されていたことは当初十二使に就任したばかりの頃に、
本部案内を買って出てくれた事務員から説明を受けた。

調律はしているが誰のものでもないピアノであること、
このピアノは自由に触っていいとのこと。

聖職者であり賛美歌の伴奏を務めることが多いセラは、
本部に訪れた時にはそのピアノに触れるようにしていた。

もっとも、彼女が本部を訪れることは最近まで随分と少なかったが。

ただ最近になって彼女は本部に顔を出すことが増え、
持ち主の居ないピアノは人知れずセラの手で音を弾いている。

なだらかかつ繊細な旋律。
弾き手の彼女が演奏の間に息を吸うと、ピアノも呼吸をしたようだった。

音色が生きている、 共に歩いてるようなイメージが湧く。

弾いていた曲が終わり、鍵盤から指を離すと
どこからかぱちぱちぱちと拍手の音が響いた。


「見事な音だね」


聞き覚えのある声、ガタリと椅子を膝裏で蹴りその場に立ち上がるセラ。
声のした方向へと視線を向ければ廊下側への窓越しに彼は居た。

鮮やかな赤い髪は十二使の中でも目立つ方だ。
更にその髪の長さは女性で腰ほどまであったセラよりも長いかもしれない。

その口は髪の長さで女性と見間違えられることもよくあるとぼやいたが、
よくよく見れば男性らしい顔立ちであるのは見て取れる。


「・・・グラシア様、」


このピアノが存在する部屋はあまり用途のない場所であり、
人に見つかったのは少々予定外だった。

驚きはしたが嫌悪はないようで、セラはピアノの前で立ったまま動かない。
楽しそうに笑みを浮かべた彼は踵を返すと、扉を開けて室内に立ち入った。

中央に圧倒的存在感を放つ黒のグランドピアノに、
底の深い引き出しが取り付けられた棚のある部屋に視線をやると、
グラシアは改めてセラへと視線を戻し柔らかく微笑んだ。


「何か心境の変化でもあったかな」
「・・・と、申しますと」


セラ自身、彼の発言に思い当たりがないわけではなかった。
心境の変化はあった。 明確なものが。

ただ彼女はグラシアとの接点は浅かった。

会議で顔を合わせるが共に同じ任務や依頼を受けたこともない。
プライベートで会話することもなく、ただの同僚でしかなかった。

その彼に心境の変化を悟られるというのは。


「実は君が十二使として本部に来た直後にも音色を聴いたことがある。
 その時はなんとも感じな・・・いや、震えていたように聴こえたな」


どことなく特徴的だったからよく覚えている、と続けたグラシア。

セラが初めてこの部屋のこのピアノで演奏してから2年近くの時が経った。
山吹色の瞳を少しだけ見開いた彼女は困ったように小さく笑った。


「・・わたくしが、本部に訪れる頻度が低いことはお気づきでしたか?」
「流石にあれほど極端に来ないとね」
「・・・就任直後はまだ、悲しみに暮れていた時でした」


喋りながらゆっくりと椅子に腰を下ろすと彼女の長い髪がふわりと揺れる。
黒い半透明のヴェールに被せられた黒紫色の腰まで伸びた髪。

白い指先で白い鍵盤を1つ押し込むと単一の音が柔く室内に響いた。


「訪れた別れに未練を残したか、別れが納得の行くものだったか。
 その違いかもしれませんわね」


25にもなる女性に大人びた、なんて形容は不釣り合いだろうか。

琥珀のような瞳を細め落ち着いた表情を見せる彼女は、
どことなく言い知れぬ雰囲気を感じる。
十二使に任命されるほどの人物、だからかもしれないが。

彼女に何かがあった、と問われれば先日『樹花』と共に任務に付いた
シルワの森に起こった事件のことだろうと推測する。

ただ、そこに何があるかまでは知らなかった。
彼女が何も喋らなかったから。

・・今も、彼女から明確な話は聞けていない。
彼女が何も喋っていないから。

喋ろうとしないものを聞くほど無粋なことはない、それは美しくない。
気にならないわけではないが美しきものを尊ぶグラシアの理念に反していた。

少しだけ開かれた窓の隙間から吹き込む夏風。

人里から離れ周りを湖で囲まれた本部に居座ることが多いと、
水面の揺らぎにも木々のざわめきにも随分と慣れてしまう。

彼女がそれらに慣れるのはもう少し先だろうか。


「せっかくだからもう少し聴いてもいいかい?」
「わたくしの演奏でよろしければ、どうぞ」

「リクエストは受け付けてるのかな」
「分かるものでしたら」
「それならば君の好きな曲を」
「・・承りました」


鍵盤に両の手を添えたセラの微笑みは穏やかだ。





君が踊る日を心待ちに



(肩の荷は軽くて越したことはないからね)
(彼は笑ったけれど、陰が見えた気がした)






セラとグラシア。 2人だけで会話してるのは初だと思う


セラ・セイクリッド
  賛美歌を弾くから鍵盤楽器得意だけど賛美歌歌うので歌も上手い。
  グラシアのことはちょっと不思議な人だなぁくらいの印象だと思う。

グラシア・クウェイント
  芸術系には粗方手出してるけど音楽は知識的に詳しいだけな気がする。
  予想外な得意楽器が付くかも。 セラへの認識は他意なく綺麗な人。





 

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