創作世界2

□相談事も連絡事も約束事も
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広場へと足を向ければ物々しい雰囲気に覆われており、異変はすぐ察した。

足を止めている野次馬らしき者達を横目に中央を覗けば、
大柄な男と細身な女性の対峙に背後で蹲る少年。

近くに居た者に事情を問えば、男が少年を追いかけ、
罵声を浴びせていたところに女性が仲裁に入ったのだと言う。

事情を伺う最中にも男の怒声は遠巻きながらも全て聞こえ、
仲裁に入ったという女性以外の事情も大体察する。


「……成程」


しかし……あのままでは良くないだろうな。







涙で頬が乾きそうな少年にハンカチを渡し、拭うように促した。

自分よりもずっと小さな肩を押しながら、
黒いコートを羽織る青年の後を追う。

全く見知らぬ少年と青年であったが、どちらも悪い人ではない自信があった。

青年の歩は広場からどんどん離れ、やがて人気のない通路に入り込む。
自分達の靴音が目立つなと思い出した頃、不意に彼は振り返った。

ダークブロンドの髪は右側が長く伸ばされている。
髪の短い左側には、大きめのリングピアスがよく見えて印象的だった。

歳は……自分とは10ほどは違うのだろうか。
少年と共に足を止めたフィアナは小さく息を吸う。


「あの、 ありがとうございました」


述べた礼の言葉に青年は然程反応を見せず、フィアナの瞳をじっと見つめた。

エメラルドの輝きを連想させる翡翠は、不思議そうに青年の姿を捉える。
数秒黙ったままの青年は、やがて小さく口を開いた。


「……無鉄砲だな」
「あ、はは、返す言葉もないです」
「正しいかはさておき主張は頷けた。 礼は要らない」


目を伏せてそう回答した彼に、フィアナは幾度か瞬きを繰り返した。

青年の髪色とよく似た暗い金色の瞳は、
少年とフィアナを視界に捉えると小さく息を吐く。


「まだ名乗っていないな」
「あ、」
「クロウカシス・アーグルムという。 サファリ旅団に属している」


クロウカシスと名乗った青年が旅団員であることを知り、
フィアナは腑に落ちた表情を見せた。

道理で。 あの体格差で軽々と攻撃を制止させるわけだ。
だって戦闘をプロとする人なんだもの。

体格ハンデこそあれ、素人の喧嘩の腕などたかが知れているのかもしれない。


「フィアナ・エグリシアと申します。
 所属と呼べるものは特に……地元の喫茶店の従業員です」
「地元……王都在住?」
「いえ、隣のツァイトから」
「あぁ、成程。 近いらしいな」

「お名前は……クロウカシス、さん?」
「クロウでいい。 そちらの方が慣れている」
「あ、それではクロウさんで」
「ん」


短い自己紹介をし、互いの名を把握した後にクロウは
黙りこくったままの少年に視線を向けた。

頭2つ分ほど違う身長に、彼は不意にしゃがみ片膝を地に付く。

俯きがちである少年の視線の先にはクロウの顔があり、
少年はバツの悪そうに少しだけ目を逸らした。


「お前の名は?」
「……ポーネ……」

「お前の親、もしくは保護者は?」
「お母さんが、 でも、体が、あんまりよくない」
「……成程」


交わらぬ視線、しかし少年が自分のことを喋ったことに、
クロウは安堵したように1つ息を吐く。


「……改めて聞くが、自分のしたことは分かるな?」
「……うん」
「どこかで働けるとしたらどうする」
「……ないよ、そんなとこ……」


ぽそりと呟かれた諦めの言葉にクロウは小さく反応を見せた。
成り行きを黙って見ていたフィアナもポーネの言葉に耳を傾ける。


「ぼく子供なんだよ。 こんなぼくを雇ってくれるとこなんかないよ。
 今までいくつも断られてるんだ。 ……じゃなきゃ、」


そしてポーネは手元にあるパンに視線を落とした。

『こんなことはしていない』
……声にこそならなかったが、続く言葉はきっとそうだろう。

少年に掛ける言葉を探すクロウは小さく口を噤む。

フィアナは一歩、ポーネに近づくとその頭に優しく手を添えた。
撫でられているのだと気付くポーネは彼女へと顔を上げる。


「探しましょう。 大人の顔があればまた変わるかもしれませんし」
「……」
「もし王都内で見つからなければツァイトに来てください」
「え、」


半信半疑だったポーネの顔が、一気に意外そうなものに変わった。

王都ラクナーベルから西に位置する時計塔がシンボルの街。
今しがた自己紹介の際にフィアナが地元だと口にした街の名。

予想外と言わんばかりの申し出に目をぱちくりさせる少年に、
フィアナは微笑みを崩さないで翡翠色の瞳を細めた。


「手伝いを求めてる店も知っているし、地元だから顔が通ります。
 どうしてもダメなら私が今働いてる喫茶店にいらしてくださいな」
「……喫茶店なんでしょ、えーせーめんとか大丈夫なの、」
「シャワーくらいなら貸してくれると思います。
 店長への説得なら任せてください」


自信があるようににこっと笑みを見せる笑みにポーネは視線を落とす。

断られ続けた彼に、最後のストッパーは安心する材料になるかもしれない。
無論前もって不可能だと分かるような約束などしない。

俯くポーネの顔色を伺うように覗き込んだフィアナの、
鮮やかなオレンジ色の髪がふわりと揺れた。


「どうですか?」
「……ん、」


了承と取れる返事をした少年に彼女は「よかった」と告げた。

クロウも安堵したように小さく笑みを見せ一息付くと、
しゃがんでいた体勢から立ち上がる。

そしてクロウは少年越しに、通路の先に視線を向けた。
不思議に思った彼女は疑問符を浮かべながらクロウの視線の先を見つめる。

不意に建物の角から、マントを翻した男性の姿が伺えた。

王国在住の者なら一目で分かる騎士団所属の制服。
ポーネも『その人物』に気付くとフィアナの影に隠れてしまった。


「お、お前さん達か?」


穏やかそうな声掛けに、フィアナは少し安堵してみせた。
敵意や悪意といった感情を感じなかったから。

広場での騒動で騎士団に連絡が行ったのだろう。
クロウは小さく頷いて初老と思しき騎士団の男性に頭を下げた。

小走りで寄る男性は下の方の髪を刈り上げているように見える。

男性はクロウ、フィアナ、そして彼女の後ろに隠れ、
顔が確認できぬ少年ポーネにそれぞれ視線を向けた後、
口を開こうとしたが、クロウの顔を見て留まった。


「……お前さん、確か闘技大会世界部門出てた奴じゃねぇか? 3年前の」


男性の発した言葉に、フィアナは驚いた表情でクロウへ視線を向ける。

先程まで戦闘のプロで商人とか体格とかなどと諸々考えていたが、
彼が世界部門に出場できるほど強いのならばそれ以前の問題だ。

世界部門は、それこそ世界で上位を争えるような人達しか出場できない。

クロウはそれに否定を見せず間を見せ「よく覚えておられる」と呟いた。


「クロウカシスという」
「おぉ? 姓はアーグルム?」


名乗ってもいないのに当てられた姓にクロウはぴくりと反応を見せた。
彼は数秒考えた後に呆れたように額に手を当て深いため息をつく。


「……アレは意外と喋りすぎる節があるな」
「わっはは、アイツだからなぁ。 そうかそうか。
 お前さんならこの案件は心配するこたーないな」


あっけらかんと笑ってみせた男性はフィアナの後ろに
隠れたままの少年に視線を向けた。

ポーネは未だ顔を見せようとしないが訪れた人物に興味がありそうに、
そわそわとしている……のを、影に使われたフィアナは気付いている。

ポーネの様子を確認してからフィアナは訪れた男性に視線を向けた。


「騎士団の御方、ですよね?」
「これは失礼、お嬢さん。 シェヴァリエ騎士団、
 第9部隊長のランドル・プルーデンスという」
「ぶ、部隊長の御方でしたか……フィアナ・エグリシアと申します」


ランドルと名乗った男性は胸元に手を当て深くお辞儀をした。
倣うようにフィアナは会釈を交わす。

下げた頭を戻し背筋を戻したランドルは2人に視線を向けた。


「目撃情報じゃ2人が上手く収めてくれたんだってな。
 騎士団からも礼を言う、ありがとよ」
「いえ、私は何も……」

「少年はこの後どうする予定だ?」
「反省してるようなので、旅団に話を通して仕事を紹介するつもりで」
「そうかい、続報あったら騎士団に連絡回してくれや」
「承知した、伝えておく」


簡潔に連絡する約束を取り付けるとランドルは2人に浅く頭を下げた後、
フィアナの後ろに隠れていたポーネの頭にぽんと手を乗せた。

びくりと身体を揺らす少年、ランドルはそのまま3人を通り過ぎ通路の先、
建物の隙間から見えているアルヴェイト城へと歩を進めた。

去っていく長いマントを見送るように視線を投げる。


「なんだか感じの良い人でしたね」
「運が良かったな」
「?」





相談事も連絡事も約束事も



(しかし驚いたな、アルヴェイトにスラム街がある印象はなかったが)
(でも、 王都から東はセルウスですよ)
(……成程、一概にアルヴェイトとは呼べないか)
(ポーネ君は……旅団経由ならクロウさんにお任せすることに……?)

(構わない。 お前もそれでいいか?)
(うん、)
(分かった。 そういえばフィアナの『王都で見つからなかった際』、
 ……という話は信用していいんだな?)
(はい、どうぞ。 ツァイトの旅団支部に連絡してください。
 旅団員ではないですけど……受付さんとは顔馴染みだから連絡は届きます)






そこ接点できるんだぁ……


クロウカシス・アーグルム
  王都の十二使宅から戻ってきたら広場が騒がしいな……という状況。
  不確定なことは言わないと思う。

フィアナ・エグリシア
  根拠もないことを当然のように平然と言うけれど、
  それが嘘になったことはない。 ちょっと不思議な一般女性。

ポーネ
  宣言通り名前決めてきた少年。 言うても直前まで決まらなかった。
  生い立ち大変そうな子になりそう。

ランドル・プルーデンス
  騒動の連絡を受けて当人達を探しに来た第9部隊長。
  クロウとランドルには共通の友人が居る。





 

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