捧&貰

□アリナカナリア
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グリフェン帝国の北部、近年になり災害により廃退した街が存在する。

ラヴァリーと呼ばれるその街は、廃退に至るまでは
帝国の主要都市の1つとして栄えていた。

今は建物の形をかろうじて残した瓦礫の街。

無人かと思いきや、噂では8人ほどの孤児達がこの街で住んでいるらしい。
街を守るはずの魔石も衰え、魔物の侵入もいつあるか分からないこの街で。

ラヴァリーを照らすように差し込む朝日に照らされた人影。

青年と呼ぶには幼い少年は、ラヴァリーの入り口の前に立ちながら、
咥えていた煙草を口元から離して、ぼんやりと廃れた街並みを眺めていた。


「・・・・」


風に揺られ靡く焦げ茶色の髪の少年の口が微かに開かれ、
・・・その口からは何も零されずに閉じられた。


「銀」


背後から投げかけられた声に、銀と呼ばれた少年が振り向く。

彼と然程年の変わらないであろう、艶やかな黒い髪を揺らした少年が、
外見年齢に似合わぬ軍服をその身に纏い、銀を見つめていた。


「せっちゃん」
「そろそろ戻らないと門限、間に合わない」
「あァー・・・もうそんな時間か・・」


少し気だるそうに煙草を蒸す姿は少年らしくもなく、
溜息のように吐き出された白い煙が宙を泳いで掻き消えていった。

せっちゃんと呼ばれた少年・・雪月は呆れたように銀の姿を見つめる。


「全く、都外に出るというのに防具の1つも無しで・・」
「せっちゃん居るからヘーキかなァーってよォー」
「おれは護衛役じゃない」

「ケチケチ言うな、ッて・・」
「・・!」
「・・・・」


会話の最中、微かに瓦礫の崩れる音を2人は耳にする。

音のしたラヴァリーの街へとバッと目線を向けると、
更に微かに人の足音までもするのだ。

いくら廃退してるとは言っても、この街は無人じゃない。
孤児が住んでいる、 が、その足音は明らかに子供のものではなかった。

近付いてくる足音、 その足音は、そう、ヒールのような、

街の入口から一番手前にある古びた建物、
その奥の通路から深緑色をしたセミロングの女性が姿を見せる。


「・・あら、お参り?」


象牙色のワンピースを纏ったその女性は、
赤い瞳を細めて2人を視界に入れた。

年齢は30前後に見えるだろうか、
槍の刃先が取れたような棒状の物を腰のベルトに挿している。

薄い笑みを浮かべながら、小さく首を傾げる女性の足元はヒール。
足音の主が彼女であると判断するのはそう難しくなかった。

ただし、 不審な点はいくらでも。


「・・せっちゃん、」
「分かってる」


警戒の色を見せる2人に、彼女は軍服の姿の雪月を見つめる。


「・・カナリアの子達かしら。 どうかしたの?」
「あなたこそ、何故こんなところに?」
「そうね、 答えるなら・・下見、かな」
「下見・・?」


この街の現状からは想像しにくい単語に、雪月と銀は顔を見合わせる。
揺れる深緑色の髪は肩下ほどのセミロングで、毛先は無造作に跳ねている。

銀は煙草の炭となった部分を叩き、女性へと声を掛ける。


「あんた、名前は」
「アリナ。 貴方達は?」

「・・雪月、」
「銀」
「あら、良い名ね。 ふふふ、素敵だわ」


口元を抑え、微笑む際に細められる赤い色の瞳。
歪んだようなその赤に、雪月は微かに眉を寄せる。

アリナと名乗ったその女性は一度振り返り、
廃れたラヴァリーの街並みを眺めた後、雪月と銀の2人へと向き直った。


「無くなったものへのお参り? ・・負い目でも感じるかしら?」


薄くありながらも、大人びた笑みを浮かべて質問を投げる彼女。
数秒ほどの沈黙、最初に口を開いたのは銀だった。


「・・ラヴァリーが廃れたんは、おれが軍に入るよりも前のことだし、
 入軍以前のことに負い目感じるのも妙だろォが」
「そうね、違いないわ」

「ただ、もし・・おれがもしそこに居たら、と 考えることはある」


静寂、揺れる風音がラヴァリーの街を吹き抜けていく。

回答と反応を示さない雪月とアリナに、居心地が悪くなったのか
この静寂を割ったのはまたしても銀の方だった。


「ッだァー! 無しだ今のナシ! ガラでもねェこと言うもんじゃねェやい」
「ふふっ」
「あんたもなァに笑ってんだ・・・」
「あぁ、ごめんなさい、あまりにも可愛らしくて」


口元を抑えて笑みを浮かべたままのアリナに、
銀は隠しもせず、怪訝そうな表情を彼女に向ける。

それを見たにも関わらず、彼女の反応は依然として変わらない。


「そうね・・・ねぇ、お二方?」
「?」
「・・何か?」

「貴方達の所属する・・カナリア所属部隊はずっと前からあるのに、
 この街を災害から守りきれなかったのはどうしてだと思う?」
「え」


彼女の質問に小さく呟いたのは銀だった。
銀は雪月に視線を変えるが、彼は小さく首を横に振った。

そして雪月が、彼女の質問に答える。


「単純に、規模が大きかったからだと伺っていますが」
「そうね、合っているわ。 ・・半分は」
「半分?」

「ラヴァリーの災害はね、人為的なものだったの」
「・・・!?」
「!!」


彼女の言葉に、彼らは明らかに動揺を見せた。

少年達の反応を知ってか知らずか、アリナは彼らに近づき、
2人の前でラヴァリーの街並みと向き合う。

灰色の街、瓦礫の街、この街がいつの日かは
帝都にも劣らない活気づいた街だなんて誰が想像できよう。

両腕を広げてラヴァリーの街を眺めるアリナの背中、
肘元の袖には金色の鎖が着いており、両肘の袖が鎖で繋がれている。


「人が作為して起きた災害、 貴方達が敵とする自然的なものではなかった」
「・・そんなこと、ありえるのか? 人が・・作為して、など」
「ふふふ、そうよね そう思うわよね、私もよ」


腕を下ろし、答えた雪月に向かって微笑むアリナ。

彼女はラヴァリーの入口となる門に取り付けられている魔石に手を触れた。
刹那、彼女の足元を中心に黄色の魔術陣が広がる。


「人為的、だからこそ、カナリア達の手にも負えなかった。
 この街の人を逃がすだけで一体何人のカナリアが亡くなったことかしら?」


赤色の瞳で雪月と銀を見つめながら、魔石に触れていたアリナ。

数十秒ほどして魔術陣が消え、彼女は手を下ろし
門の反対側に取り付けられている2つ目の魔石に指先を触れた。

再度同じように、彼女の足元を中心に黄色い魔術陣が現れる。

ラヴァリーの災害で、亡くなったのはカナリアだけではなかった。
災害にそのまま直に巻き込まれ、死んだ人も大勢居る。


「貴方達の敵は災害である、それは何者にも揺らがない事実だわ。
 ただし、それが『自然』とは限らないってこと」


落ち着いていく足元の魔術陣と、
それに倣うようにアリナが魔石から手を離す。


「ん、これでいいかしら」
「・・何を持って、その話を真実とするんだ」
「証拠は無いわ。 だから信じるも信じないも貴方達次第」

「・・・さっきの魔術陣、何をしていた?」
「あら、見ての通りでしょう? 魔石の魔力補充よ」
「廃退してるっつゥのに、なァんでまた・・・」
「でも人が居る。 それとも、微調整とでも答えた方がよかったの?」


くすくすと冗談混じりに浮かべられた笑みと共に、
再度ピンと来ない「微調整」という単語を投げられ、疑問符を浮かべる。

アリナは照りつける朝日を見上げた後、
ポケットから取り出した通信機器を確認し、「あら」と呟いた。


「もうこんな時間・・ さ、自由時間はもうおしまい
 貴方達も在るべき鳥籠にお帰りなさいな、そろそろ門限でしょ?」

「・・・・」
「銀、」
「・・んだよォ」
「時間は本当だ」

「わーァってるよ おい、あんた」
「何かしら?」
「なにもんなんだ」
「・・・内緒」


歪んだ赤は彼らを視界に捉え、人差し指を唇に寄せてふっと微笑んだ。

差し込む太陽に照らされながら、彼女はその場を歩いて去っていく。
廃れた街の入口に取り残されるように、アリナを後ろ姿を見送る少年2人。

陽は先程よりも高い位置にあり、伸びた影は微かに短くなっている


「・・せっちゃんよォ」
「なんだ」
「あァいうのっておれらに報告義務ってあるっけェ・・?」
「・・・確定で無いところが痛いな」

「黙っときゃい? そしたらバレねェだろ?」
「・・・・」
「なんか答えろ」



アリナカナリア



(揺らぐ深緑色と、真っ直ぐに歪んだ赤色が酷く印象的だった)


(おう、下見どーだった?)
(異常無しね、そのまま決行できそうよ。
 ・・あ、そうそう 他にカナリアの子達が居たわ)
(ん、帝国軍のか。 アレ混ざっても支障あるっけ)
(予測見てる限りは無いと思うのだけれど)

(あー・・一応これ聞いとこっかな、誰だって?)
(雪月と銀と名乗ってたわね)
(へー。 良い名してんね)
(あら・・・ふふふ、私と感性近いわね?)





 
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