進撃の兵長
□あなたのデータ、全部いただきます。
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「採寸?」
兵長はデスクワークの最中、ちらりと視線だけこちらに向けて答える。
「はい。」
「より精密な新兵器の開発には、兵長のより正確な体のデータが必要だと、ハンジ班長が。」
私は、机の前で兵長に正対して立ち、話しをしていた。
「…………断る。」
兵長は素っ気なく答えると、視線を元に戻し、作業を続ける。
「………危険な壁外調査において、優秀な兵器があなたたち兵士の命を救うことになる……そのことはご存知ですよね?」
兵長のこの対応はいつものことだ。
とにかく、私は机に両手をついて説得を試みる。
「フン。」
「そんなもの、俺には関係ねぇ。」
「てめぇのことくらいてめぇで守れるからな。」
「でも…!!」
しかし、私の説得は兵長の言葉によって直ぐに切り捨てられる。
「とにかく断る。」
「ハンジにそう伝えろ。」
「………。」
私は、ハンジ班長の下で、技官として働いている。
私の仕事は兵器開発。
より効果的に巨人を仕留められるよう、兵器を改良、開発している。
人類最強の称号を持つ兵長。
私の最終目標は、普通の団員が兵長と同じくらいのパフォーマンスを発揮できるよう、技術開発すること。
その仕事のためには、兵長からのデータ回収は必要不可欠で…。
ハンジ班長は、私の言うことなら聞いてくれそうだから…というデタラメな理由で、一ヶ月ほど前から私を兵長専属の技術開発者としている。
まぁそのおかげで、今まで、兵長がより実力を発揮できるように、色々と兵長専用に兵器を改良してあげたりもしてるのだが…。
いかんせん、兵長は自由奔放な人だけに、扱いが難しい。
人類最強でもなければ、被験体としては、不適だ。
「…わかりました。」
「それでは、私もハンジ班長からの命令の手前、データが得られませんでしたと、おめおめ帰れません。」
「兵長がはいと言うまで、私はここを動きません。」
「ちっ…。相変わらずお前はめんどくせぇな。」
兵長は走らせていたペンを置くと、作成し終えた書類を書類ケースに投げ入れて言う。
兵長の態度には言うまでもなくめんどくささがにじみ出ている。
しかし…これはいつも通りである。
「……めんどくさいという理由だけで、毎回拒否されてはこちらとしても困ります。」
「……うるせェな。」
「気が乗らねぇつってんだ。」
…このデータは今回のプロジェクトに必要不可欠なデータ……。
ここは、そう簡単に引き下がるわけにはいかない…。
「………兵長。それでは、ご協力いただければ、それなりの用意はさせていただきます。」
「?」
兵長が、書類をまとめる手を止め、私を見上げる。
「用意?」
「は……はい。」
兵長の鋭い視線に怯みそうになるのを必死で堪える。
「で?それは具体的には何なんだ?」
…実は、何の用意もしていない。
「そ……それは…。」
「兵長が欲しいものなら何でも…。」
「……………ちっ。」
兵長は少し考えた後、舌打ちしながらつかつかと私の方に歩み寄ってくる…。
私はてっきりこちらの提示に合意して、「さっさと採寸しろ」と言われると思ったのだが…。
私がポケットに手を入れて、メジャーを取り出すと、そのメジャーは兵長によって強引に奪われ、そのまま部屋の隅に投げ捨てられる。
そして、私は強引に指先で顎を上げられ、目の前で兵長に囁かれる。
「お前が一晩俺にその身を捧げるって言うなら考えてやってもいい。」
舐め回すような視線を私に向けて兵長が言葉を発する。
「……………。」
突然投げつけられた言葉に、頭が働かない。
「俺も、お前に全てを曝け出すんだ。」
「お前も俺に全て曝け出してもいいんじゃないのか?」
「…………あの…。」
「おっしゃっている意味がわかりかねますが…。」
今までにない展開に、脂汗が滲む。
とにかく冷静にならなくてはと、質問をしてみるが…。
もはや、兵長と目を合わせることなどできない。
直立したまま、体は硬直している。
「一晩の意味…お前にだってわかるだろ?」
「まぁ……研究一辺倒のお前には無理な話だろうが…。」
「何にせよ、別に嫌なら嫌で構わない。」
「ただ、何でもやるなんて滅多なこと簡単にいうもんじゃねぇ。」
「それだけだ。」
兵長はそう言い残して、できた書類を抱え、部屋を出て行った。
ーーーー私はその場で立ち尽くす。
あまりに急な展開に思考が追いつかない。
兵長と一晩…??
当然、その意味くらいわかってる。
但し…。
今まで、そんな風に思ったことがなかったのだ。
確かに、女性からすれば兵長は憧れの人なのかもしれないが…。
突然、そんなことを言われても、いつもは被験体としてしか見ていないのでただただ混乱するばかりだ。
自分の身に起きたことを整理するため、もう一度、さっきの場面を脳内で再生してみる。
そして………。
兵長の顔を近づけられたことを思い出し…。
急激に顔が熱くなる。
危険だ…。
そう…一線を越えてしまうと…もう二度と研究対象として扱えないかもしれない。
私は体の震えが止まるまで、その場で暫く立ち尽くしていた。