進撃の兵長
□目を覚ませば
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遠くでシャワーの音が聞こえる。
私……シャワー出しっ放しだったかな………。
微睡みの中聞こえてくる水の音に、止めなくてはいけないと思いつつ、襲い来る睡魔に負けて、夢と現実の狭間を彷徨う。
水の流れる音は耳に心地よく、私を再び眠りの淵に誘う。
妙に広く感じるベッドのシーツは、まるで洗いたてのようで……肌触りは最高だ。
私のベッドってこんなに心地よかったっけ?
忙しい毎日に追われ、そんなことも忘れていたようだ。
私は少し石鹸の匂いが残るシーツに顔を埋め直し…再び意識を彷徨わせる。
幸せだなぁ……。
そうするうちに、キュッっと、シャワーの栓閉まる音がして、シャワーの音がやむ。
…あ………誰か止めてくれたんだ…。
お母さんかな………。
よかった………。
と、そう思いかけた途端…。
扉の閉まる音と同時におかしなことに気がつく。
ここは隊舎。
お母さんがいるはずがない。
私は急激に意識を取り戻し…。
ガバッと起き上がると……。
今まで見たことが無い光景が目の前に広がっていた。
ここ………どこ…??
私はこの状況に思考が追いつかない。
自分の身に起きていることを必死に手繰り寄せようとするが、なかなか頭が働かない。
日中に壁外調査から帰還して、後処理をした後、帰還の打ち上げをやって………。
あれ??
そのあと、団長とお話して、バーのカウンターで……。
兵長が何か言ってた気がするけど……。
その後の記憶が曖昧である。
私…お酒は飲んでなかった筈だけど…。
ふと窓に目をやると、外は暗い。
今が夜なのは間違いないようだ。
それにしても…どこなの………ここ。
生活感がないくらい綺麗に整頓されている。
しかし、何処かのホテルにしては、見慣れた感覚がある。
すると、ベッドの上に座ったままの私の前を信じられない物が素通りする。
兵長!!!!!
しかも兵長は見るからに風呂上がり…。
腰に真っ白なバスタオルを巻き、髪は半乾き、上半身は裸で、うっすらまだ水気が残っている………。
私は泡を吹いてそのまま倒れそうになるのを必死で堪える。
そして、突如襲い来る不安を払拭するため、恐る恐る自分の格好を再確認する……と………
!!!!!!
衝撃が全身を駆け巡り、出せる言葉が見つからない。
私は大きめのシャツ一枚だけしか着ていないのだ。
そしてここは……。
普段見る位置とは違う角度から見ているからすぐには気づかなかったが……。
…兵長の部屋だ。
私の顔面から血の気が引いていく。
もしかして………
そんな混乱した状態の私に兵長が話しかけてくる。
「無理させたか??」
ーーーーー!!!!!
いやいやいやいや。
ないないないない。
さっき引いた血の気がまた一気に元に戻り、顔を火照らせる。
何をまかり間違ってこんな状態になっているのか。
まずそこから説明願いたい。
…いや待て。
この状況でその言葉が出るということは、明らかに何かあったってことなのか…??
当然、私は兵長の問いかけに答えられる状態ではない。
必死で、この状況に関連するような記憶を探すが、全く身に覚えがない。
どうしよう……。
この状況で、忘れて下さいとか、忘れましたとか、記憶がないとか、お世話になりましたとか、ありがとうございました(←完全に混乱中)とか……。
何かそれらしい事を言っといた方がいいのか?
もう、私の頭の中は大混乱である。
そんな様子に兵長は、
「何とか言ったらどうなんだ??」
「さっきから変な顔しやがって。」
と、コップに継がれた水を一気に飲み干す。
そして、その色気を帯びた兵長の姿を改めて見せつけられ、風呂上がりの兵長以上に私の顔が火照っている。
もう、私には正常な判断能力は期待出来ないが…何かは言わなければなるまい。
「あ…あの……この状況は…??」
私が恐る恐る聞くと、兵長は、怪訝そうな顔をして
「忘れたのか?」
と、聞いてくる。
ヤバイ……。
もしまかり間違ってあんなことやこんなことがあったとすれば……そん大事なること忘れるなんてこと、あってはならない。
でも…でも………そんな記憶、どこを探してもないのだ。
私は慌てて、
「い……いえ。」
「兵長に抱かれたとか、そういうことがあったとか、なかったとか…覚えてないわけじゃ無くて……。」
と、とにかく思いつく限り、当たり障りないように…アタフタしながら答える。
「…………。」
兵長はその様子をじっと見ている。
「覚えてるのか??」
「い…いえ…………。」
私は、兵長の視線に押され、言葉に詰まる。
兵長は、ゆっくりと私の元に歩み寄って来て、ベッドの縁に腰掛け…
…上半身を私の方に捻ると、体の後ろに手を着いて、私の方に顔を寄せてくる。
ベッドが軋む………。
兵長の締まった身体とか、洗いたての髪とか、つけたての香水の匂いとか……もう……それだけで頭がいっぱいなのに、そんなに見つめられたら……どうしていいかわからなくなる。
そして、兵長の視線に観念し、私はボソボソと本当のことを暴露する。
「……いえ…。」
「すいません、何も…覚えていません。」
私が赤面しながら視線を落として答えると。
「当然だろうな。」
「お前は寝てただけだからな。」
俯いた私の頭上からけろっとした声で兵長が言い放つ。
「………は?」
私は我が耳を疑い、状況の整理が追いつかない。
そして……暫く考え抜いてようやくその言葉が読み込めた時……。
死にたくなるほど恥ずかしい思いに襲われた。
身体中の血液が沸騰しそうなほど熱い。
変な汗も出てくる。
私は勝手に、兵長との情事を想像していたことになるのだ。
「いやーーーー!!!!」
私は、布団を頭から被ってベッドの上に蹲った。
「何を勘違いしてたんだかな。」
兵長はベッドから立ち上がって、別のタオルで頭を拭き始めた。
私は、布団を頭からすっぽり被って顔だけ出し、兵長を睨みつけた。
「私が勘違いしてるのわかってて言ってたんですか??」
「さぁ何のことだ?」
「……。」
ぱっと見では判断が難しいが、この様子だと、兵長はご機嫌である。
絶対私が混乱してるのわかっててからかっていたのだ。
もう……信じられない!!!
こんな部屋早く出て行ってやる!!!
私は布団から出ようとするが、自分の格好を思い出して踏み止まり…ある疑惑の目で兵長をもう一度見上げると、
兵長は髪を片手で乾かしながら机の上の書類をパラパラめくっていた……。
そして、
「言っとくが、着替えさせたのも俺じゃねーからな。」
と、私の顔も見ずに私の疑問に答える。
「………。」
どうやら、私の疑問に気づいていたようだ。
「着替えはハンジがさせた。」
「ハンジ班長が??」
「死にかけて退却して来た後、そのまま遠征の後片付けをして、打ち上げの準備をして……。」
「疲れたんだろう?」
「お前はバーのカウンターに突っ伏して寝ちまった。」
「エルヴィンが何度もお前を気遣い、俺がお前に帰れと言ったにも関わらず、お前は片付けがあるとかなんとか言って粘った挙句、カウンターでぐっすりだ。」
「………。」
そう言われると、段々と記憶が蘇ってくる。
「おまえの部屋の鍵が見当たらず、寝かせるところもない。」
「始め、エルヴィンが連れ帰るって言ったんだが、あいつはあいつでまだ仕事がある。」
「ハンジの部屋になんて危険な物だらけで置いておけねぇし、俺は書類に目を通すだけの仕事だから、お前を寝かしとくことができる。」
「で、俺の部屋で休ませることにしたんだが、お前は帰って来てから休まず仕事してたから着替えもしてなかったし、俺のベッドに汚ねぇまま寝かせんのも嫌だったから、ハンジに言って着替と身体を綺麗にさせた。」
「……そうだったんですね。」
私はようやく今の状況の理解が出来てホッとしつつ、自分の失態に、申し訳ない気持ちが湧いてきて、自分の身体を布団ごとぎゅっと握る。
「それでも起きねぇんだからお前も相当だな。」
「すいません……。」
私が謝ると、
「まぁ……。」
「後は好きにしろ。」
「部屋に帰るなり、シャワー浴びるなり…。」
「しゃ…シャワー!!!!」
私がその言葉に過剰反応を見せると…。
「アホ。」
「入るならてめぇの部屋で入れ。」
と、兵長に視線も合わせずに言われる。
「……そ…そうですよね…。」
「私は、ほっと胸を撫で下ろしながら落ち着きを取り戻す。」
さっきのイケナイ想像が頭から離れず、すぐに反応してしまうようになっているようだ…。
ちょっと部屋に戻って頭を冷やさないと…
私は兵長の布団を頭から被ったまま、ベッドから降り、兵長の部屋を後にしようとする。
「それでは…失礼しま……。」
私がそのままの状態でのそのそと兵長の部屋の入り口に向かっていると………
………突然被っていた布団を後ろから引っ張られる。
「ちょ…!!!!」
「何するんですか??!」
私は、危うく後ろに転びそうになるのをすんでのところで踏み止まる。
「何すんだじゃねーよ。」
「何でてめぇは俺の布団ごと帰ろうとしてんだ??」
私は乱れた布団を自分の体に巻きつけ直すと、脇に立っている兵長を見上げて言う。
「だ…だって、シャツ一枚じゃ帰れないじゃないですか!!??」
「そんな格好出て行く方がよっぽどおかしいだろ。」
「シャツ一枚で出てったって同じですよ!!!」
「そんなことしたら………変な噂立っちゃうし……。」
私が兵長の言葉に喰いつき、モジモジと文句を言ってやると…。
心なしか、兵長がピクリと反応を見せた後………
………突然、私のすぐ脇の壁に片腕をかけ、私の斜め上からずいと顔を寄せてくる。
「なら、噂じゃなくて事実にしてやろうか?」
思考が完全停止する。
寄せられた顔と兵長の思いがけない言葉に、心臓を鷲掴みにされたようになり、呼吸することも忘れてしまう。
「な……ちょ………っ…。」
「何言って………。」
そして兵長は、顔の角度を変えながら、私の耳に、首筋に、まるで視線を這わせるように顔を寄せてくる。
心臓がもちそうにない……。
別に何処かを拘束されたわけじゃ無いのに、一ミリも動けない。
「噂になるくらいなら、ヤッといた方が得な気がするが?」
本当にこの人は何をいっているんだろうか…。
また、冗談だったら許せない……。
そう思いながら私が恐る恐る兵長をに視線を向けると…。
それに気づいた兵長が私の目の前に視線を合わせてくる。
その表情からは、嘘か誠か、本気が冗談か…
読み取ることが出来ない。
瞬きをすれば、睫毛が触れそうな距離だ……。
「想像したんだろ?」
「俺に抱かれたのを……。」
「そ…そんなんじゃ…な………ぅんん!!!」
兵長の吐息が首筋に触れ、変な声が出てしまう。
「そして、自分の記憶が無いのにもかかわらず、俺に抱かれた事を受け入れて逃げ帰ろうとするってことは…。」
「お前…まんざらじゃねーんじゃねーのか??」
兵長が言葉を発する度に、兵長の吐息が肌に触れ、私の身体は快感を堪えるために小刻みに震える。
「………。」
………返す言葉がない。
図星なのである。