進撃の兵長
□信じる道は
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私は部隊の最後尾でリヴァイと共に帰還する。
門をくぐれば、そこに自由はないけれど…。
やはり安心感は否めない。
太陽は傾き、夕焼けが空を染めていた。
門は…閉じられる……。
対巨人戦の部隊指揮は、対人戦と異なる点も多く、未だに思うようにはいっていないが…
私なりに少しずつ何かを掴めている気がする。
こればかりは経験だ。
もっと経験を積まないと…。
そう思うと、急に私の隣で馬に揺られる男のことが気にかかる。
私がちらりと視線をやると…リヴァイはいつも通り何を考えているのかわからない顔をして馬を進ませていた。
この小柄な体型からは想像もつかない戦闘能力…。
経験という意味で言えば…。
この男のそれは化け物じみている。
正直、入団前までは、一個旅団並みの戦力などと謳われているのは、過大評価されてのものだろうとタカを括っていたのだが…
実際この目で見て、対巨人戦に限ってのことではあるが…一個旅団…もしくはそれ以上の戦力に相当することがわかった。
私に自由を見せるなんて強気で言ってたけど…
この男が言う言葉は嘘ではないようだ。
それにしても…どんな誘い文句よ。
それ…。
私がそんなことを心の中で呟きながら隊舎に向かって馬を進めていると…。
不意に背筋が凍るほどの視線を感じた。
私が警戒心を露わに、その感覚を受けた方角に目線を移動すると…。
群衆の向こうに佇む、ある人物と目が合う………。
その瞬間。
私の周りの時間が止まる。
鼓動が耳元で騒ぎ始め…
身体中が緊張で硬直する。
死んだと思っていたのに……。
その人物は私と目があったと知ると、すっと物陰へと消えていった。
気づけば私は、馬を降りその人影を追っていたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
室内は暗い。
スラム街の路地に佇むボロアパートの一室である。
日が入るわけがない。
私はその人物と接触すると、その人物は、言葉少なげに私をこの場所へと案内した。
部屋にはその人物と私だけ…
「死んだと思ってたわ。」
私が切り出すと、その人物は私を見つめたまま、
「お前もな…」
そう答えた。
そして、その人物は
「俺はあの時、丁度街の外に出ていた。」
「街に戻った時には本部は既に駐屯兵団に占拠されていて…」
「残り僅かの仲間を率いて街を一度後にした……。」
と、説明した。
この人物は、自衛軍の一部隊長だった男だ。
私は、あの時、“幹部全員が死亡”と知らされていたので、まさか生きているとは思わなかったのだ。
私はぽつりと言う。
「ごめんなさい…。」
そう言うと部隊長は、
「いや…。」
「俺はお前を責められねぇよ。」
「俺はあの時何もできなかったんだ…。」
「それに…その制服も……お前に似合ってる…。」
と応えた。
私はそんな仲間の温かい言葉に潤んだ目を隠すため視線を落とす。
そんな私に、部隊長は、
「ただ一つ…お前に知っていてもらいたいことがある…。」
と続ける。
私は俯いたまま、黙ってその話に耳を傾けた。
「あの後…おそらくお前の計らいだろうが…駐屯兵団の不正政治は無くなり、駐屯兵団は街の治安維持だけを担い、俺たちに一部自治も認められた。」
「俺たちは念願の…自分たちのための生活を取り戻した。」
「そう…思っていた。」
「しかし…。」
部隊長の声色から受ける雲行きは怪しい。
「俺らは、リーダーやお前無しの自由を知らない。」
「言うなれば…。」
「自由の扱いに慣れていなかったんだ…。」
部隊長は悔しそうに話を進める。
「街は…瞬く間に混沌へと落ち…。」
「その未来の方向性について、真っ二つにわれてしまった…。」
「駐屯兵団の駐屯すら許すべきではなく、中央に対する反乱を起こすべきだという過激派と、中央に一定の忠誠を誓いつつ、自分たちの生活を充実させるべきだという穏健派…。」
「両者の溝は深まる一方で、なんの解決策も見つかっていない。」
「今、まさに、街は一触即発になっている…。」
「…………。」
私はその話を聞き終えても、かけるべき言葉が見つからない。
『私たちが自由を手に入れた時、新たな不自由に絶望する……。』
あの時リヴァイが言った言葉は、このことだったのかもしれない。
街を解放することは、私たちの不自由を解放する根本的な解決にはならないのだ…。
不自由を解決するのは……人……。
それは、自由の中に迷う民衆を束ねることのできる人物……。
黙ったまま考え込んでいる私に、部隊長から声がかかる。
「戻ってきては貰えないか。」
私は目を閉じた。
声がかかるとは薄々感じ取っていたからだ。
この誘いに、私の気持ちが揺れるのは避けられない。
かつて私が愛した街のことである。
放っておくことなんてできるわけがない……。
しかし…。
私は一度死んだ身…。
私は自分を殺したあの瞬間、次は人類の明日のために、本当の自由を求めるために戦う覚悟をした…。
そして…
こんな時にも尚…あいつの顔が脳裏をよぎる…。
「ごめんなさい……。」
私が俯いたま歯を食いしばってそう答えると、
「やっぱりそうか…。」
私の様子にその答えを覚悟していたのか、部隊長も割り切ったように短く呟いた。
「それじゃあ……。」
居たたまれなくなった私が、そう言ってくるりと振り返り、足早に部屋の出口を目指すと…
私の背中に声がかけられた。
「リーダーが生きているとしてもか?」
私の足はその言葉に…ピタリと歩みを止めた。