commune with you
□after "replace"【桐沢】
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本当のお花見は、まだまだこれから……?
今日のお昼、桐沢さんとパトロールに行くはずが、なぜか野村さんとお花見する羽目になった。
相手が違ったのは残念だったけど、満開の桜のトンネルはあまりにも素敵で、二課に戻ってその興奮を思い出しながら桐沢さんに報告すると――
パキッ
と乾いた音を立てて、桐沢さんが握っていた用度品のボールペンが真っ二つになった。
…………あれ。
もしかして私、地雷踏んだ?
気付いた時には手遅れ、っていうようなことは人生にたくさん転がってるけど。
ボールペンはもう使い物にならなかった――。
「藤岡、ボールペン買いに行くぞ」
「はい?」
午後8時、唐突に飛んできた声。
『新しいの出して使ってるじゃないですか』と言いたかったけど、桐沢さんの顔を見たら――いまこの瞬間だけ、この世に返事はYESしか存在しなくなった。誰が何と言おうとそう決まった。
“口答え”と辞書で引けば“自殺行為”と書いてあるに違いない。
「お疲れー愛奈ちゃん」
「素敵な夜を」
瑛希くんと京橋さんがニヤニヤしながらこちらを見ているけど、私は何も面白くないどころか返事する余裕すらない。
「お、お先です……」
言うことを聞きたがらない手に力を込めて、カバンを持って桐沢さんを追った。
そして桐沢さんの車の助手席に乗り込み、ボールペンを買いに――ってさすがにそれは口実に決まってる。
「夜は何か食べたいものあるか?」
「……おなかに入れば何でもいいです……」
「どうした?どこか痛いのか?」
「大丈夫です……」
何が食べたいかなんてどうでもいい。
桐沢さんのさっきの顔が怖すぎて、まともに見れないまま。
車という小さな密室の中は大好きなはずの匂いで満ちていて、いつもなら凛々しい横顔を見つめながらこの席に座れる幸せを噛み締めるのに。
前か左しか向けない今日は苦しくて、ついサイドミラーに写る自分と見つめ合ってしまう。
なんてヒドイ顔。
「……クソ、野村め――……」
「え……?」
何やら物騒な呟きが聞こえてきて、思わず運転席の桐沢さんを見る。
それに気付いてこちらを向いた桐沢さんは、さっきの鬼のような声からは想像もつかないくらい優しい目をしていた。
「悪かったな、パトロールに付き合ってやれなくて」
怒ってない……?
「ううん、私が車出しちゃったのがいけなかったんです」
しかもランチのお誘いを断れなかったり、ほんの少し楽しかったりもした。
でも今日はあれから、何度も何度も考えた。
どうすればよかったのか。
どうしたかったか……。
「絶対桐沢さんじゃなきゃいやって言えばよかったんです。そうすれば、野村さんだって分かってくれたはずなのに……」
野村さんは桐沢さんにとっても上司だから、代わりに来たってことは何か事情があるのかもしれないと思ってしまって。
野村さんが車に乗ってきたからって、走り出さなければ。
桐沢さんはどうしたのかとしつこく問い詰めていれば。
絶対絶対桐沢さんじゃなきゃやだって……
「言えなくてごめんなさい」
「お前は何も悪くないんだからそんな顔するな。アイツが――……」
苦虫を噛み潰したような顔をして。最後まで言ってくれなかったから詳しくは分からなかったけど、きっと野村さんと何かあったんだ。そしてその何かを私は知らなくていいということなのだろう。
「二度としません」
きっぱりとそう言えば、ふっと笑うような気配がして、優しい瞳に私の心がぐっと掴まれる。私を誘う罠だったかもしれないと思うほど、あっさりと。