commune with you

□膨れっ面にxxx【野村】
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壁一面の大きなガラス窓は青で満ちていた。

見渡す限りの青い空と、それを映した碧い海。
絵画と見間違うほどの眺めを背景にした窓際のテーブルには、シンプルな白いクロス。彩りを添えるのは、小さな黄色いヒマワリと、鮮やかなグリーンが絶妙なバランスのアレンジ。

この時間のように穏やかな海面を、おもちゃみたいなヨットがのんびりと横切っていく。
ふっと笑う気配を感じて正面を向くと、そこに見るあなたの顔が、まるで私を包み込むようにふんわりと綻んでいるから……

なんでもないことなんだけど、それがただ嬉しくて、つい笑顔になる。

運ばれてきたシャーベットに添えられたミントの香りに、朝の彼の唇を思い出して――



なんていう妄想に浸れるのは、もう長いことはまっている大渋滞のせい。

「愛奈ちゃん、ハイ、あーんして」

まるで私の彼女であるかのように、助手席に座る野村さんは世話を焼いてくれる。

「ん、あーーんっ!!」

差し出されたフライドポテトに飢えた獣よろしく喰らい付けば、野村さんは声を立てて笑った。



「土曜日は泳ぎに行くから水着忘れないでね〜」なんて冗談かと思ったら、休みは勝手に合わせられていて。

デートという誘い文句につられてノコノコとついてくれば、ここのところドライブばかりで、座らされるのはいつも運転席。そんなデートを数回経て、今日、めでたく初めての遠出と相成ったわけだ

――が。

ジリジリと照り付ける真夏の太陽の下。
陽炎が立ちのぼるアスファルトの上。
エアコンがきいた車の中。
ハンドルを握る私は、快適だけど確実にエコじゃない状況に納得できないでいた。
左側、野村さんの向こうに海は青く輝いていて、私を待ち受けているように見えるのに、全然辿り着かないとは一体どういうことなのか。

メジャーな海水浴場へと続く海岸沿いの幹線道路は、この交通量にも拘らず片側一車線。切れ目なく連なる車列が逃げ道をも塞ぐ。



「ねー、俺にも今みたいに情熱的に喰らい付いてほしいな〜?」

「乙女は喰らい付くなんてこと……あ、駐車場の入口」

「んー?」

「すごく混んでる……」

「海行きたいの?」

「え? 野村さん泳ぎに行くって」

「うん。この先のホテル予約してるんだ。プールで泳ごうかなーって。可愛いだろうな〜俺のマーメイド」

「あ、そうだったんですか」

(てかマーメイドって……)とツッコむ気力もない。

「でも疲れてるみたいだしまずは休もっか。愛奈のためにパシフィックオーシャンを臨む最上階の部屋を用意したから」

「わぁ! っていうか日帰りじゃ……」

「可愛いなーおウチに帰れるって信じてたの? 帰すワケないじゃん」

「明日も仕事ですよ?」

「大丈夫。俺がちゃーんと警視庁まで送り届けるから」

「でも――」

「ノド渇いたでしょ? ホラ、どうぞ」

ミネラルウォーターの入ったボトルを渡された。

「ありがとうございま……ん?」

「ん?」

目と口がパーフェクトな弧を描いてできたそれは、真意の読めない大人の笑顔。

「……言葉も飲み込めってことですか」

野村さんは何も言わずにただ微笑んだ。

「……もういいです」

ボトルをドリンクホルダーに戻す。

「ハハ。賢明な選択だね。愛奈ちゃんは知ってた? 今日ここの花火大会なの。花火見ながらのディナー予約してあるから楽しみにしててね」

「え……!」

壁一面のガラス窓の外は、青空から紺碧の空に咲く大きな光の花へ。
ミントののったシャーベットは、和洋折衷創作フルコースのお口直しのミント風味のグラニテへと、やたら具体的な妄想に瞬時に切り替わる。


「おかま掘らないでね〜」

野村さんの声に、慌ててブレーキペダルを踏み込む。

「……了解です!」

「浴衣もレンタルして一緒に着替えよ。俺が見立ててあげるから。あー、儚げなお嬢さんって大好物なんだよね〜」

(今度は儚げなお嬢さん……)
かなりの努力が必要です、と思ったけど、もう放っておこう。

「で、花火の後は――分かってるよね」

耳元で囁く声に、体が強張る。
私が座る運転席よりもだいぶ後ろにある助手席が、こんな時憎い。

「……映画の予告編ってホントうまく作ってるよ。先が知りたくなっちゃうもんね。俺もいつかあの技術を入手して愛奈に応用するんだ〜」

「応用、って……」

視線を左方に逸らせば、長い脚を組んでそこに頬杖をついた野村さんがこちらを覗き込んでいる。

「俺にとっての今日のメインは花火じゃなくて愛奈だよ」


その瞬間、パチッと乾いた音を立てて頭の中で小さな火花が散った。


「まだ何もしてないのに……」

言いながらも、野村さんはクスクス笑っている。

「……な、何がおかしいんですか!」

「いや。いい反応だよ」

「反応なんか……」

「ますます楽しみ〜」

「もうっ……」

不機嫌を装った熱い頬を掠めた感触と、ほのかに感じたミントの香りに。

あの妄想が、ものすごく近い未来に現実になるような気がした。


壁一面の大きなガラス窓は夏で満ちていた。



fin.*



双方キャラがブレてます。
野村さんの車は右ハンドルでいいですかね?
そして話が流れてしまってオチも何もなくて申し訳ないです。


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