ラッキー★ドッグ

□1
1ページ/1ページ




「お姉ちゃん!」
自分より小さな妹が、笑顔で駆け寄ってきた。手には、シクラメンで出来た花の冠があった。きっと長い時間をかけてせっせと編んだのだろう、それは拙い出来だったが アリシア の心を暖かくさせた。
「はいっ、これお姉ちゃんにあげる!」
「花の冠か…ありがとう春奈」
冠をうけとり、さらさらと掌から逃げていく髪の毛を触ると春奈はくすぐったそうに身を捩った。
照れているのだろう。春奈は有奈の頭の上に乗っかっている冠をしきりに確認しては誇らしげ胸をはったが、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
アリシア は、半ズボンとTシャツという随分男の子らしい服装だ。それに、薄汚れたサッカーボールを抱えて、靴も靴下も泥だらけ。今さっきまでサッカーをして遊んでいたのだから当たり前といえば当たり前だが春奈と比べると泥があちこちについていてとても汚い。
アリシア が年が同じくらいの少年と肩を並べてサッカーボールを追いかける姿は、何をしている時よりも楽しそうだ。しかし、春奈は、自分の姉に少しでもお洒落をしてほしかったのだろう。
その気遣いをしっかりと受け止めた アリシア は、春奈が自分のためにと作ってくれた冠を大事にしようと思った。そして、いとおしい妹を何より大切に守っていこうと。
それが、一番印象に残っている幼少の時の記憶だった。



鬼道財閥の跡取り息子。
アリシア は、これが自分を表す全てだと思った。孤児院で最愛の妹である春奈と別の所に引き取られてから、重くのし掛かる呼び名を手に入れた。鬼道。それが、 アリシア にとって全てなのだ。
女として生きることは生涯許されないし、学力であっても立ち振舞いであっても、鬼道は一番で完璧でなくてはならない。
全ては、鬼道のために。

朝、 アリシア は目覚ましが鳴るまえに目をさましてしまった。
なんだかいい夢を見たような気がするのだ。昔の、ずっと昔の穏やかだった頃の。しかし、具体的には思い出せなかった。もう誰が出ていたのかすら霧に包まれてけぶっている。
サッカー部の朝練があるから、早く起きるのは習慣として身に付いているが、なんだか損をした気分になった。あと、30分は寝れたのに。しかし、寝汚くベットにしがみついていたらきっと目覚ましが鳴った時間には起きれなくなってしまう。 仕方なくベットからのそりと這い出る
少しだけ早く学校に行って、先に練習をしておこう。
アリシア はかっちりとした制服に腕を通した。

アリシア が通う中学は、帝国学園という男子校だ。
関東でも名門の私立で、運動から勉強まで様々な才能を持つ未来ある少年達が集う学園なのだ。
当然、色々な財閥の息子だったり金持ちの坊っちゃんも多く、学園は幼稚園から大学院までのエスカレーターになっている。
その中に紛れ込んでいるアリシア は、女であるというのを隠して学園に通っているので、身だしなみを気にしなければならなかった。
膨らむ気配の無い胸は、専用のサポーターで万が一の為に押し潰しているし、長い髪の毛も不自然にならないように結ってある。
本当はばっさりと短くしてしまおうと アリシア は思っていたのだが、短い髪の毛だとドレッドにしずらいと美容師に言われたので止めたのだった。日頃からなるべく姿勢良く(背を高く見せるため)と背筋を伸ばしたり、内股にならないようにと気を使ったりと、人知れず努力をしている。
そんな努力は、 アリシア の周りでは大変好評で、(鬼道様は背が低いのを気にしているんだなぁ、お可愛らしい!と)本人が知らぬ所で人望アップにも繋がっているらしい。

アリシア は、二学年だが三年を蹴落とし中等部生徒会会長という役職につきながら、同時にフットボールフロンティアというサッカーの大会で毎年日本一を飾る強豪中のキャプテンもしている。
日本有数の鬼道財閥を背負う跡取りとして恥じぬ行いをしているのだ。
これも、いつか今は離れている妹の春奈と一緒に暮らすための努力だ。惜しみはしない。
アリシア の目に迷いは無かった。

当然のことながら、部室には誰もいなかった。がらんとして薄暗い部屋は、 アリシア が見慣れた部室だ。
キャプテンの アリシア が鍵の管理などを全てしているから、毎日誰もいない部室を開き、そして閉じて帰るのだ。
毎日朝練の始まる30分前の六時半の時点で アリシア 以外の人間は居ないと言うのに、今日はそれより更に30分も早い。
誰も居るわけがない。
少しだけ虚しくなって、一人静かにストレッチを始めた。

それから、40分はたっただろう。
ストレッチと走り込みとヘディング、キック練習等の今日のノルマを確実にこなしていた アリシア は浮いてくる汗を、ウェアで拭った。
誰かが居ればタオルを頼めるが、一人ではドリンクも用意されていないのだ。
弾む息を整えるために アリシア が、大きく深呼吸した時だ。
「鬼道さぁーん!おはようございますー!!」
部室の近くでぶんぶんと大きく手を振りアピールしてくる部員がいる、佐久間だ。女子顔負けの艶やかな長い髪と、特徴的な眼帯ですぐに分かった。群青色のストレートな髪の毛は佐久間の自慢のようで、ブラッシングやトリートメントなどのヘアパックには余念が無いそうだ。
そんな佐久間は、同学年の中でも有奈に飛びきりなついていて、今も突進して来そうな勢いのまま飛んだり跳ねたりを繰り返す。きっと、 アリシア が挨拶を返さねばずぅっとこのままに違いない。
有奈は汗をたらしながらにこやかに笑った、……つもりだった。が、スポーツ飲料のCMのような爽やかさは微塵もない。まるで佐久間の純粋な恋心(?)を弄ぶかのようなどす黒いドヤだったが、何故か佐久間はぞくりとした。残念ながら、佐久間はどんな有奈でも許容範囲でばっちこいらしい。
「おはよう、佐久間、源田」
「あ、あぁ、おはよう鬼道」
佐久間の隣に立っている少年源田が、顔をひきつらせながら挨拶を返してきた。どうやら隣でうっとりと アリシア を見詰める佐久間の扱いに困っているらしかった。
源田は、帝国サッカー部の頼れるGKだ。佐久間とは幼馴染みなんだか、家が近いだけなのかは分からないが同じクラスというのもあって凄く仲がいい。
佐久間の親友兼、保護者という立ち位置の苦労性な奴だ。
だが、優しく人を気遣う事が出来る常識人なので源田に好印象を抱いている。
他にもぽつぽつと部員達が集まってきた為、 アリシア は一人での練習を終わりにした。
キャプテンは、朝練に参加した部員の点呼をとらなければならないのだ。


「おはよう、皆」
「おはようございます鬼道さん!」
ホワイトボードの前に立つ アリシア が挨拶をすると、揃った返事が帰ってくる。毎朝の事だが、佐久間の声が一番でかくて元気だった。
朝練で アリシア に指示をして貰えるのが嬉しくて堪らないらしい。ドMか、と突っ込まないのが優しさである。
サッカー部の人間は基本的に皆真面目なので、朝練をさぼったりするような輩は全くいない。
きっと、鍛練を怠れば補欠に席を奪われると言うのがわかっているからだろう。
帝国学園はサッカー部の名門というだけあって、やはりサッカー部レギュラーの座を目指して帝国に来る新入生が沢山いる。人気も高く、その道は険しい。
だから、実力が無いやつはレギュラーからは落とされていく。レギュラーは、すぐ後ろに迫ってくる補欠のプレッシャーを感じながら、努力を怠ることは許されないのだがスポーツの世界では当たり前の事である。
それでも、やらなくてはいけない面倒な出席名簿。あまりサボると、サッカー部の監督を勤めている影山からペナルティーを貰うらしいが アリシア はそれがどんな酷いものなのかを知らない。
欠席のないことを確認してから今日も全員の名前の欄に丸をつけていった。
「では、今日の練習のメニューだが…」
アリシア のスタンスで、サッカー部の練習メニューは各自自由となっている。
自分に何が足りないのかを見極め、補う努力をするのが重要だと思っているからだ。
しかし、フォーメーションの確認であったり、持ち場からのパス練習はある程度の人数がが揃わないと出来ない。だから、 アリシア 達が部活の時間でやるのはひたすらフォーメーションの練習とパス練習だ。
基礎練習はぱっとしないが、一番力になるのだ。部員達は、部活以外に時間をとって各自は必殺技であったり応用練習だったりをする。帝国の得意とする必殺技、デスゾーンや、皇帝ペンギン、キラースライドは個人で会得している、いわば努力の決勝というやつだ。
こういった必殺技のやり方は部室のノートにあって、サッカー部ならば誰でも見れるようになっているが、会得にはやはり血の滲むような努力が必要なのである。
部員たちが地味な練習に文句を言わずに有奈に着いていくのは、彼女が何を考えているのかを理解しているからだ。そんな彼らは、 アリシア が育て上げたの堅実な駒だった。
不満の色も見せずに、ホワイトボードに書かれたつまらない練習をみて頷いて見せる。そんな従順な自分の駒を、 アリシア は誇らしげに見下ろした
思わず アリシアの 微笑に佐久間が鼻血を出したのはご愛敬だ。なんせ、 アリシア の笑顔はレア中のレアで、一ヶ月に一回あるか無いか位貴重なのだ。悪役全開のドヤ顔にも、佐久間はぞくぞくするのだが、邪悪な笑顔で無いものは佐久間の鼻の粘膜を弱くさせるのだった。
「……佐久間、鼻血位拭いたらどうだ?」
源田は呆れながらも、ティッシュを渡してくれる。なんだか可愛いクマのアップリケがついているのだが使ってもいいのだろうか。
佐久間は可愛いハンカチを自分のやましい気持ちから吹き出た鼻血で汚すのが申し訳なくて躊躇ったが、源田に不思議そうな顔をされたので思い切って使うことにした。ごめんな、クマちゃん
まったくだ。きっとクマのアップリケに考える心があればそう言っただろう





影山総師、彼は アリシア にとって大恩人だ。
サッカーを出来る環境をくれる人で、鬼道に引き取られたのも彼の力添えがなければ叶わなかっただろう。
そしてなにより、もう別々の家に引き取られてしまってなんの接点もなくなった春奈と引き合わせてくれる。
三年間キャプテンとして部員たちを上手に引っ張り、フットボールフロンティアでの無敗。
これが、春奈に会う為の条件なのだ。もしそれが叶えば、春奈も鬼道の姓を語れると影山総師はおっしゃってくれた。
また、最愛の妹が隣に居てくれるようになる。 アリシア にはそれしか見えていなかった。
薄暗く、人工的な光しかない廊下を歩く。迷路のように複雑な道筋だが、朝練が終わった後は必ず通るから迷うことはない。
そして、ある扉の前で足を止めた。
「鬼道です」
名前を告げた調度三秒後、自動ドアが開く。プシュンと何かが擦れたような機械音が聞こえた。
有奈は、影山の座る椅子の前で片膝を付くと、頭を深く下げた。
「おはようございます、総師
今日も欠席は無し。皆メニュー通りに訓練をしていました」
影山はさも理解した、というようにそれに頷いた。そんな事は知っているのだ。
アリシア は知らないが、朝練の様子もこの部屋のモニターで写し出せる。中学生の練習風景をこそこそと覗き見ている影山というのはぞっとしないが、 アリシア はいつもいつも粗相をしないようにと緊張した面持ちで報告をする。
そんな初々しさに、影山はメロメロなのだ。が悟らせるような事はしない影山だ。
「…… アリシア 、今度の平日に練習試合をするから用意しておけ」
「……?
次はどこの雑魚です?」
帝国学園は、サッカーの練習試合で負けた学校の校舎を壊して回っている。
それは、少し前からしていることだが、最近は頻度が高いような気がする。
鍛えられている帝国サッカー部の前に立ちはだかるのは荷が重すぎるような学校とも良く練習試合をするため、 アリシア はこれがあまり好きではない。
身にならない無駄な事はしない主義だからだろう。
「雷門中だ」
「!………あそこにはサッカー部があったんですか?」
「あぁ」
「……わかりました
詳しい日程は後日お願いします。では、」
春奈が通っている中学校を壊せとニヒルに笑う影山に、文句や口答えは口が裂けても出来ない
そんな春奈に迷惑をかけてしまうような行為はしたくないのに、恩人である影山の命令は アリシア にとっては絶対だ
もう一度、深く頭を下げてからマントを翻してその部屋を後にした

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ