ラッキー★ドッグ

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こん、こん
木製の扉が奏でる無機質なノック。中からの返事はない。
クロードは静かに部屋に足を踏み入れた。
天涯ベットの中で小さく丸まっているのがクロードのご主人様であるアリシアだ。
トランシー家の主人である アリシアは、朝が弱いためクロードがくる時間前に起きていた事がない。
この家の唯一のメイドであるハンナがもうすぐ朝食を運んでくるだろう。クロードは時計をちらりと確認してから、ベットに歩み寄った。
「旦那様、起きてください。そろそろお目覚めの時間です」
「ぅ………ん」
アリシア は鬱陶しげに自分を揺さぶる手を振り払って触り心地のよいシルクの毛布に顔まですっぽりとくるまった。寝汚い主人に、クロードは今度は力を混めて揺すった。
タイミングよく、使用人である三つ子の一人がカーテンを開いたらしく眩しいくらいの朝日が部屋中に広がる。その日差しを浴びてようやく体を捩って起き上がった。
「もう朝……?」
随分枯れた声だ。紅茶よりも冷たい水を主人に差し出して、クロードはアイロン済みの今朝の朝刊をベットの横に置いた。
「おはようございます旦那様」
「うん、おはよぉー」
間延びした声でぐぐっと伸びを済ませ、 アリシアはとりあえず近くに寄ってきたクロードの仕事を邪魔するために抱きついた。主人に緩く拘束されるのは毎朝の事なので、今更驚きもしないクロードは邪魔そうに眉を潜めただけだった。
「あー、今嫌な顔しただろ?」
拗ねたような声を出していても、 アリシアはにやけていた。クールなポーカーフェイスを崩さないクロードが楽しくて仕方ないらしい。満足するまで可愛らしく笑ってから、 アリシアは足で柔らかい毛布を蹴っ飛ばした
これから着替えなのだと分かった三つ子は音もなく退室する。彼等は身の回りの世話をする使用人ではないからだ。
クロードは大きなシャツを一枚しか羽織っていない アリシアに呆れながらも地面に膝をついた。 アリシアは、寝るときにかっちりした服を来たがらない。前まで全裸だったほどだ。
それを知っているためわざわざ口を出したりなんて面倒なことはしないが、風邪なんか引かれたら更に面倒だ。
靴下を片っ方はかされた所で、 アリシアは何を思ったか楽しそうにクロードの頭を踏んづけた。
「ふふっ」
ちょうどいい場所にあったから踏んだんだけど、悪かった?そんな楽しそうな主人の声が聞こえて来たような気がして、クロードはあえてなにも言わなかった。されるがままになる。だが、抵抗も何もしないクロードがつまらなかったのか、 アリシアは頭から足を降ろした。そして、楽しそうにいい放つ。
「クロード、足舐めてよ」
アリシアは我が儘だ。性格もお世辞にも良いなんて言えない程だし、気分屋で我が儘で我が儘なのだ。
靴下のはいてない方の足をわざわざ持ち上げてクロードの口元でぶらつかせる。真っ白な足。出歩かないせいか全く筋肉のついていないふくらはぎ。その最高級のティーカップのように滑らかな肌に、クロードは手を添え舐め始めた
「あっ……ホントに舐めんの?」
頭の上から馬鹿にするような言葉がふりかかっても、クロードは気にならなかった。
一方、 アリシアは舐めろと命令した癖に、ざらざらと唾液で湿った舌が足を這いずり回る感覚はあまり好きでは無いようでくすぐったさに身を強張らせた。
親指と人差し指の間を舌で丹念になぶってから、少しふやけた指を仕上げとばかりにちゅっと吸う。「んっ……」
このままだと命令した自分がカッコ悪く返り討ちに合うと判断したらしく、もう片方の足でクロードの額らへんを軽く押さえてもういいと言った。その頬は熟れた桃のように染まり少し息も上がっている。
ずくんっとクロードの内側からなにかが急激に上がってきた気がした。やはり、私は貴方を貪り尽くしてしまいたい。
ぞっとするほど恍惚の瞳で己を見られて、 アリシアはクロードのほほを強めに蹴った。
「なにやってんの?早く服を着せてよ」
いつもの偉そうな態度で少しはクロードを苛つかせられるかと思ったが、スイッチの入った執事には通用しないらしい。むしろ、それでこそ私の旦那様だ…とうっとりしている。クロードには、くそ意地の悪い我が儘な命令もフィルターがかかって可愛くしか見えていないらしい。
「イエス、ユアハイネス」
妖しい笑みを浮かべたクロードを アリシア は変なものを見るような目で見た。
プツン、プツンとボタンを外されて露になる肌。胸部には、無いのと同じくらい小さいが主張する膨らみが確かにあって、クロードは主人を気遣って目をそらした。
アリシア は、女の子だ。年のわりに発育も悪く、痩せすぎているせいか生理も安定していないが性別上は女性だ。ご主人様の身の回りの世話を誰か譲る気なんて無いクロードだが、一応年頃の娘。一回だけ着替えや身の回りの世話をハンナに交替しなくて良いのかと聞いたことがあったが、それも過去のこと。多感年頃でありながら全く慎みを持たない主人を嘆けばいいのか、全て自分に任せて貰える嬉しさに喜べば良いのか微妙な所ではあるが、まったく気にしていない アリシアの変わりに今ではクロードが無駄に気を使って着替えの時と風呂の時はなるべく体を見ないように心がけている
。最後にコートを着せてから、クロードは時計を盗み見た。
予定よりも何分か過ぎてしまっている。
ノックがして、ハンナが朝食を持って部屋に入ってきた。
「失礼いたします旦那様」
ハンナが引いてきた大の上には焼き立てのトーストとハム、チーズ、それから目玉焼きが乗っかっていた。どれも湯気を纏っていたから、ハンナが少し作る時間をずらしたのだろうとクロードは思った。我が儘な主人のせいで朝食が遅れるなんて毎度の事だ。
「さぁ、旦那様。今朝は摘んだばかりのオレンジ・ペコーとトーストを用意しました。お好きな目玉焼きもありますが、食べられますか?」
「うん」
「では、どうぞ」
紅茶の香しい薫りを部屋一杯に広げてカップを注ぐ。砂糖は三杯でミルクは並並と。それが アリシア の好みの飲み方だ。
それだったらミルクの似合う茶葉を用意したいのに、主人の我が儘のせいでベストな紅茶を用意できた試しがない。
ミルクのビンを抱えて待機していたハンナが素早く注ぎ、 アリシアはやっと口をつけた。
それでも、何故か美味しそうなのは味覚音痴なのだろう。そこまで重症ではなくても、ものの違いが分からないとか。紅茶をたしなむのは貴族の常識だと言うのに
やはり、 アリシアの生い立ちが関係しているのだろうか。
目玉焼きの黄身をぐちゅぐちゅとフォークで弄くる音がして、ピンク色のさくらんぼのような唇が卵をくわえる。
その姿がなんとも言えず、クロードは舌で唇を湿らせた。
やはり、貴方は素晴らしい……
朝から主人への欲情が抑えきれな気持ち悪……もとい、いらしい執事に、アリシアはくすりと笑った




その調子で僕だけ見ててよ

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