ドフラミンゴトリップ番外編

□ドヘタレミンゴの想いがむくわれる
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さくさく、さくさく

草を踏む音がいやに大きく聞こえる。真夜中。深い深い森の中を男と女が歩いている。女は男の後ろを着いている。けして近くない二人の距離。会話は無かった









「百年ぶりらしいぜ」

ベッドの上で上半身だけを起こし新聞を読むドフラミンゴは、ぐっと吊り上げた口を開いてそう言った。昨日の午前中のことだった。らしいね。名前は本から視線を外さず応える。ソファに座る名前、ドフラミンゴの位置からでは後頭部しか見えない。突き退けになっているこの部屋は船内にしては贅沢な造りで、ずいぶんと広い。ベッドが置かれる場所からソファが置かれる場所までは距離がある

遠いな。思えど口にはしなかった

「なんだ、もう読んでたか」

『うん』

「運がいいな、この辺りからなら明日の夕方には着くぜ」

『そう』

それきり無言だった。ぺらり、本のページを捲る音がする。がさり、新聞を捲る音がする。聞こえる音はそれだけだった










「まだかかる」

『平気』

「そうか」

『うん』

さくさく、さくさく

呟きのような会話は小気味よい足音を打ち消すには至らなかった。一定の距離を保ったまま歩き続ける二人はまた無言になる

男が時折掻き分ける葉や枝の折れる音、木々が風にそよぐ音、虫の音、夜に生きる生き物たちの音。それらすべてを合わせても、二人の足音が勝っていると男は思っていた。歩きはじめてから一度たりとも後ろを振り返ってはいない。正確な女との距離はわからない。女の表情もわからない。だけど振り返らない。自身と少しだけズレる女の草を踏む足音だけが、女の存在を男に知らせていた










ドフラミンゴと名前はソファに並んで座るようになった。ドフラミンゴは名前を膝に置かなくなった。並んで食事を取るし本を読む。名前は何も言わない。ドフラミンゴは言葉を飾らなくなった。よく回る舌に変わりはないが、ただのお喋りになった。ドフラミンゴはただのお話しを名前に聞かせる。名前は相づちを打った

ドフラミンゴは名前に山積みのプレゼントを贈ることがなくなった。沢山の物を贈っていたけれど何かを強請られたことはなかった。何もあげなくなった代わりに島に上陸した時は散歩に誘うようになった。名前が誘いを承諾する。ドフラミンゴは名前に触れなくなった。髪の毛を梳くこともしない。触れない代わりに名前を眺める時間が増えた。名前はやはり何も言わなかった

いつからなのかはどちらにも分からない











「着いたぜ」

どれほど歩いたのか。うっそうと生い茂る森の中を無言で歩き続けた果てには拓けた湖畔があった。湖など、生き慣れたあの海に比べれば水溜まりにも似てる。しかし緑ばかりが広がるここにおいては、湖はあまりに大きかった

さくさく、さくさく

男と女は変わらぬ速度で歩き湖のほとりに到達したところで立ち止まる。そこでようやく隣同士並んだ。草を踏む音が消えた途端に静寂が訪れる。木々が風にそよぐ音、虫の音、夜に生きる生き物たちの音は途切れず鳴っているけれど、二人にとっては静寂だった

「船の上で視るより狭ェな」

『森の中だからね』

「まだみてェだ」

『直ぐだよ』

軽く見上げると空に届きそうなほど巨大な木々が纏う緑がちらちらと視界の中に映り込む。男には果てまで視ても何も無い、海の上に在る空のほうが好ましく思えた。女が隣で仰向けに寝転がる。男が汚れるぞと言ったが生返事を返すだけたった。男は隣で立ったまま










『あ』

女が常よりも少し高い声を出す。空にはひとつ、またひとつと星屑が流れる。幾つかを皮切りに無数の星屑が所狭しと空を走りだす

『すごい』

「そうか」

『きれい』

「そうか」

そこからは無言で、二人は燦々と降っては湧くそれを見続けた。すごいきれい。男は言葉の意味を理解出来なかった。ただ、星が塵となり燃え上がり消滅するそれだけ。感想など無い。あるとすれば、上を向き続けているせいで首がダルい。これだけだ










派手に騒いだらしい駆け出しの海賊達が紙面を彩る中で、小さな島の上にのみ降る流星群の話題は端に追いやられ僅かに五行ばかりだった。近くを航海していたのもエターナルポースを持っていたのも偶然。けれどその僅か五行ばかりの記事を見付けたのは偶然なのだろうか

ドフラミンゴが視たいものと名前が視たいものは違う。ドフラミンゴが視てきたものを名前が視たかったわけではないし、ドフラミンゴが視せたいものが名前の視たいものではない。けれどドフラミンゴが視せてやれるものと名前が視たいものは同じだった

口角が吊り上がっていくのが分かった










「終わったなァ」

『終わったね』

結局、男は空を見上げ続けた。首をぐるりと回せば、ごきりと鳴った。右手で首の後ろを撫でながら言う

「帰るか」

『うん』

男から見て、寝転ぶ女の上半身はやや斜め後ろに位置する為見えない。見えないが返事のわりに女が起き上がる気配がないので寝転んだままなのが分かる。どうかしたか。言いながら隣を見下ろした、つもりだった。言葉は途中で切れた

手を。女が両手を男へと延ばしていた

男は息を止めた。木々が風にそよぐ音、虫の音、夜に生きる生き物たちの音。心臓の脈打つ音。二人の息遣い。此処はなんて煩いところなのだと男は思う

手を。男は女の両手を取りそっと起き上がらせゆっくりと手を離す。ここで男は止めてた息を吐いた。女は残りは一人で立ち上がり軽く草を払う。男は女を見つめたまま動けないでいた。どこも動かせない。静かに呼吸するだけしか出来ない。女はそれを知りながら、男に向き合う。くっ、と男の喉が引きつる

『帰ろう』

女が薄く緩やかに笑う。男が毎日見せるそれとはまったく異なる形をしている。しかしそれは紛れもない笑みだった

男は笑っていなかった。いつからなのかはどちらにも分からない










頭上から照る仄かな光りの中ではこれっぽっちも窺い知ることの出来ないはずの、サングラス越しの彼の瞳が今にも泣き出しそうに揺らいでいたことに、彼女はきちんと気づいていた。それがいつからなのかも気づいていた

だけど何も言わない。言わない代わりに、彼の両手を取り優しく握った。骨が軋むくらい強く握り返されたがそれでよかった

すん、鼻を啜る音が小さく聴こえて彼女はまた薄く緩やかに笑う





















愛の淵に立ち尽くす



(ばかなひと)(いつから其処に居たの)















ーーーーー

あ、おれこれ本気じゃん

って自覚した途端にヒロインとの距離感を計れなくなったドフラミンゴ。本気モードは純情一途なドフラミンゴ。初めて自分を求められて応えてもらえて、これでようやく本当の意味で隣に居られるんだって思うと泣けてきたドフラミンゴ…と、ほだされたヒロインのお話し



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