ドフラミンゴトリップ番外編

□元の世界に未練たっぷりなヒロイン(クロコダイル編)
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おれの前で哀しいと訴えるようなすべてを諦めたかのような笑みを浮かべるようになったのは、五度目の食事の後に船へ帰さず一晩手元に置いた時からだった















明日送る

食後、葉巻を吹かしながら言えば二言『はい』とだけ応える名前。これが四度目

普段通りにしていろと告げるおれに、それではおれがつまらないだろうと名前は言ったがこの言葉を曲げることはなしなかった。名前の夜は至ってシンプルだ。風呂に入りベッドに潜り酒を飲みつつ眠くなるまで本を読む。最初の日、おれに気を遣いおれが座るソファに一緒に座り本を読んでいたが気にかけるなと低く言えば困ったように笑いながらじゃあお言葉に甘えてとベッドに移った

本を読む合間に数度おれと短い会話を交わすのが気を遣っているわけではないと分かったのは三度目に共に夜を過ごした時だった。長く黙ったまま本に集中することはあまり無いらしい。ドフラミンゴがかまわず横やりを入れてくるのだそうだ。それが習慣になってしまったためかつい此方からも話してしまう、と苦笑気味に名前は言う

名前の瞼が重くなってきた頃合いをみておれはソファから腰を上げる。部屋はいつも二部屋用意していた。とっとと休め。そう言って部屋の灯りを落とし部屋を出て行こうとするおれに名前はお決まりになりつつあるセリフと笑みを投げてくる

おやすみなさい、また明日

あの鳥野郎にも同じ顔を見せているのかは知るところではないが、おれにとってその瞬間は心地好いものではない。あァと短く返し灯りを落とせば名前の姿は夜に溶ける。部屋を出て扉を閉めてしまえば、何故か明日にはもう会えなくなる気がした。現実はそんなはずもなく翌朝には重い目をした名前と朝の挨拶を交わすのだが

抱いたことなど無い、どころかおれは名前に触れたことすらない。ただ眺めてみようと思った。おれがまだ見たことのないこの女の姿を。嫉妬だ独占欲だなどの浅慮ではないし、好奇心と呼べる程のものでもない気まぐれだった。能力も戦闘力も持たない普通の一般人であるはずのコイツが何故こうも異質な空気を纏っているのか、その片鱗に触れることが出来るかもしれない微かな期待を込めていたとしてもやはり気まぐれからはじまった

それがどうだ、今じゃその気まぐれに呑まれてこうして今夜も名前を帰さずにいる。風穴が開いたような虚空を見るような光の入らない瞳に歪に上げた口角が紡ぐ『また明日』は、裏腹にこれっぽちも明日を望んじゃいないのだ。初めて名前を気に入らないと思った。が、同時にこれが名前の内に築き上げているおれや世界全てとの隔たりの向こう側なのだと認知もした

また明日。この言葉は名前が閉じ込め押さえ付けている何かに亀裂を入れる鋭い刃なのだろう。自分自身で気づいていないのか。それとも、気づいていて尚も繰り返すのは相手がおれだからなのか

なんて気色悪い話だ















クロコダイルさん。喉が詰まったようにつっかえながらおれの名を口にする名前に笑いが込み上げる

抱きしめている。否、押し倒していると言うほうが近い表現か。名前を覆うようにベッドに倒れ込んでいる。顔を胸板に押し付けられているコイツはどんな表情をしているのだろうか。声音からして驚愕しているのは確かだが

このまま眠れと言えば文句を垂れたが無視して髪を鋤いてやれば少しの間を置いてから観念したらしく、このまま寝たら潰されそうでこわいと減らず口を叩く。要望通り横になり再度抱き込むと小さな声で何かあったのかと訊ねてきた

おれが気づいて無いとでも思ってるのか。応えに名前が強張る。今夜、初めて触れた。初めて触れた名前は華奢で柔らかく、やはりただの女だった。名前の頭にまわしているおれの手に力を込めれば容易く命を奪えるだろう。胸板を押し返す腕の力は弱く華奢な身体はおれの身体に丸々覆われ柔らかでどこまでも甘ったるい匂いを放つ、脆い部分ばかりが目立つ女なのだ

クロコダイルさん。二度目は掻き消えそうに細く震えていた。何が哀しくて何を諦めているのか、渇望するように絶望するように笑う意味などひとつも理解したくない。そんなものには興味が無いからだ。気に入らないものに興味など湧かない

似合わねェよ、テメェには。舌打ちと共に吐き出しながら、らしくないことをしているなと頭の端では冷静だ。呑まれている。夜に、空気に、女に。興味が無いのは確かなのに捨て置く気はさらさら無いなんてどうかしている。へし折ってしまいそうなくらい腕に力が入る。似合わねェ。もう一度言えば名前はゆっくりと顔を上げた

クロコダイルさん。三度目はもう声を成していなかった















なにも言うな

塞ぐように口付ける瞬間に見た一滴流れるそれが明日には消えていたとしても、お前は消せねェよ



















ドントクライベイビー



(それでも流れてしまうなら)(この腕の中だけで)















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不器用に慰める



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