ドフラミンゴトリップ番外編
□ベタにヒロインが危険な目に合う(ドフラミンゴ編)
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『…ご、めん…ね…』
掠れた声だった。いつもの彼女の声からは想像もつかない、囁きよりも小さい吐息のような声だった。それでも静寂に亀裂を入れ確かにドフラミンゴの耳に届く。ソファが鳴りドフラミンゴがベッドへ近付いた。左側に人の気配を感じて少しだけ瞳を動かしたけれど頬をガーゼで覆われている名前にはドフラミンゴの姿を確認することが出来ない。だが左側のベッドが沈んだので彼が腰掛けたことはわかる。沈んだ反動で身体に痛みが広がって反射的に眉間に皺が寄る
「いてェか」
尋ねるドフラミンゴは名前に背を向けていた。顔を見てしまえばめちゃくちゃにしてしまいそうだった。この部屋にまったく似合わない静けさ、ひとりでベッドに眠る名前、初めて聞く脆弱で儚い言葉と声と姿、笑わない自分、一向に温まることのない身体が絶えず震えていること、自分だけが起きていた朝
『……』
ドフラミンゴはいつまでたってもなにもかもが赦せないでいる
「…船医を呼んでくる」
『…ま……て……、…、』
声を出すのはツラい。口を動かすと痛すぎて泣きそうになる。船医を連れてきてくれると言われたのに引き止めようとする自分はバカなんじゃないだろうか。頭の中で愚痴る
『ま…っ……て……』
なのに繰り返してしまうのは何故だろう
『……ど、ふ……ら…』
「……」
『どふ、ら…』
「……」
『……っ、』
「黙れ」
三度名前を呼ぼうとひきつる喉で息を吸い込んだが唸るような声音に静止させられる。ぎしり、ベッドが鳴る。そうするとまた痛みが身体全体を駆け巡ったが眉をぴくりと動かすだけで堪えたのは、自分を覗きこむように見下ろしてきた男と目が合ったからだ
「いてェか」
『……』
「……」
返事が出来なかった。黙って見つめ合う。自分が逸らさない限り永遠に見つめ合うことになるんだろうなと名前は思う。そう思うのに自分から逸らすのは嫌だった。決して逸らそうとはしない相手の目元にはいつもの隔たりが無かった
見つめ合う。瞬きも忘れ、ただ見つめ合う。綺麗なものが本当に似合わない人だ。キラキラとまばゆくまたたいて見える相手のダークブラウンの瞳。似合わない、似合わないよ、似合わないのに。ずっと見つめていたいと思うのは何故
「……いてェ…」
誰が。何処が。何故、どうして
「泣くな…」
何故。何故あたしは泣いているの。だからあんたの瞳が煌めくの。何故あんたがそんな顔するの。何処が痛いの
「泣くんじゃねェ」
『……っ………』
わからないことだらけだった。泣いているらしい自分も、怪我なんて負うタマじゃないだろう相手が痛みを訴えるのも、ひどく優しく涙を拭う相手の指が氷のように冷たいのも、そこから広がる熱も。わからないよ、ねえ何故
何故こんなにも愛おしいの
「…船医を呼んでくる。まだ寝てろ」
指先が離れる。ベッドが小さく軋む。ドフラミンゴが離れていく気配を感じても、名前はもう引き止めなかった。瞳が閉じられていく
ふ、と息を吐いたのはドフラミンゴで彼自身、己れが呼吸を止めていたことに今気付かされた。掬った涙は熱くて、そこから溶かされて温められていく自分の身体を想像してしまいガラじゃないと笑った。頬の筋肉が強張っている。いったいいつから笑っていなかったのかわからない。きっとずっとわからないままだろう。彼女もわからないことが彼にわかるはずもない
真新しいシーツの匂いと朝の匂いに微かに混じるドフラミンゴの匂いが彼女の意識を夢へと誘ったことだって、彼女がわからなければ彼だってわからないままなのだ
二人は、そういう二人であったのだ
心を照らす朝
(もう見ないふりは出来ないね)
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不器用なのはお互い様
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