文章

□頑張る三日月宗近
1ページ/1ページ

※こんのすけ視点





『は?着替えを手伝え?それは冗談で言ってるんだよね?これから戦場出てその体を自分で動かすんだよ?そんなことも出来なくてどうするの?もしも本気で言ってるなら身の回りのことが一人で出来るようになるまで戦場には出さない。…いや、別の刀を鍛刀する…え?稀少でも使えなきゃ意味無いじゃん。あ、それとも飾られたままのほうが良いのかな?…違うんだ、そう。…いやいや怒ってるんじゃなくて、それが望みならそうしてて良いよってだけ。戦場に出たくない刀が居れば出たい刀も居るでしょきっと。鍛刀したらいいだけのことだし、その辺は尊重するよ…刀解?今のところする気は無いかな。…え?…あ、そうなの?じゃあ準備出来たら出陣ね、よろしく頼むよ』

以上が初期刀に三日月宗近を鍛刀した審神者様が、狩衣をベースにした装飾豊かな着衣を一人で脱ぎ着出来ないと言った三日月宗近に対して放った言葉です。顕現したばかりとは言え人間の所作はほとんどインプットされていることを知っている審神者様は、心の底から不思議そうに三日月宗近を見遣りました。その晩、三日月宗近は夜通し自身の着衣を脱ぎ着する練習をしていて、その健気さにこんのすけは静かに泣きました

わたくしの仕える審神者様は所謂“天才”と称される人間でありました。豊富な霊力は初めての刀に三日月宗近を降ろしたところで証明されています。そのうえ卓越した戦略で、ひと振りながら三日月宗近の初陣を勝利で飾ったのです。強い刀で良かったと笑う審神者様は、三日月宗近の強さのみでは成し得ることのない結果だったとは余り理解されていない様子でした。初期刀に三日月宗近を持った審神者様は政府内でも注目の的で、他の審神者様には無い任務や書類の提出・政府会議への出席を求められ、その仕事の膨大さにわたくしは審神者様の身を案じましたがそれはまったくの杞憂でございました。審神者様は文句ひとつ言わず全て滞り無くこなしてみせたのです。それも全ておひとりで。それがどれほど凄いことなのか、刀である三日月宗近にも察するものがあったのでしょう。マイペースでのんびり屋の特性があるとされてるはずの三日月宗近が、休む間もなく積極的に戦場へ出ては功績をあげ続けました。加えて審神者様は三日月宗近と言う刀を大切に扱いました。物持ちが良いほうだと自負しておりましたし、その言葉通り刀身への気配りは欠かしません。戦力においても高く評価していて、三日月宗近は自身の扱われ方にたいそう満足しているようでした。ですからより一層に刀としての本分を果たそうとしていたのでしょう。そうした一人とひと振りがこの本丸の基準となりましたから、あとからやって来る刀剣は皆一様にその姿勢を真似るのです。歴代審神者様の中でも一位二位を争う、実力ある本丸に仕上がるのは当然のことでしょう

しかし、天才とは風変わりな部分があるのは否めません。審神者様も例に漏れず、度々こんのすけを驚かすのです。審神者様は、三日月宗近や鶯丸、髭切らよりも遥かに自由な御方でした。まだ三日月宗近だけの頃、ふらりと本丸を出て行った審神者様が半月ほど帰って来ずわたくしと三日月宗近が半狂乱になって探し回ったことがあります。政府には黙っておりましたがさっぱり足取りが掴めず、いよいよ報告せねばと言う時に何ら変わりない様子で帰ってきました。何処に行っていたのかと問い詰めると
『イタリアのアドリア海で遊んでた』
どうりで肌が黒い!!

と言うか国外!?この戦争中に!突然!黙って!アドリア海でバカンス!
さすがのわたくしも立場を忘れ大声で叫びました。そりゃあもう毛が逆立つくらい。しかし当の審神者様はなぜ怒られているのかわからない様子。三日月宗近もこれには怒りを覚えたらしく
「道具とて今や意思がある。粗末な扱いは好まんぞ」
と一喝しました。もっとやったれ!…おっと失礼。ところが、審神者様の回答にわたくしと三日月宗近は唖然とするのです

『うん、意思があるんだからもっと好き勝手したらいいよ。やりたい事とか行きたい所とか無いの?与えた仕事をきっちりこなしてくれたら後は自由。仕事外でまでいちいち私に気を回す必要無いでしょう。出陣の進捗状況は伝えてるよね?二人も把握してると思ってたんだけど…。あとひと月は出陣しなくても文句言われないよ。現に私が居ない間 政府から連絡無いでしょう?特に、審神者は一人でも刀剣は数があるんだから、長く羽を伸ばしてもなんとかするよ。それが許されるくらいには頑張ってくれてるし。…それにしても、資料を読んだ印象だと“三日月宗近”ってもっと奔放なのかと思ってたけどやっぱり直に関わらないとわからないね。あ、この話はもちろんこんのすけにも当てはまることだからね。いつもありがとう、貴方達が私の本丸に来てくれて良かった』

わたくしと三日月宗近は審神者様に認められて嬉しいやらまだ怒り足りないやらで揃ってなんとも奇妙な表情を浮かべました。振り返ってみると、確かに審神者様が失踪してから一度も出陣していないのに政府からの連絡はありませんでした。期日を破ったことの無い方ですから、一度でも破れば政府は何かしら連絡を取ってくるはずです。審神者様の言う通りなのでしょう。ですが、政府から日々届く仕事量は膨大です。それを終わらした挙げ句に先まで手を付けているだなんて思うはずがないでしょう。こんな具合で初めての審神者様失踪事件は幕を閉じたのですが、この後も審神者様は失踪を繰り返し、この本丸の三日月宗近は“奔放”を何処か遠くへ捨てました
「旅は道連れと言うだろう。主よ、俺も連れてってくれ」
『いいよ』
旅先ではぐれ、審神者様だけが本丸に帰還された日、わたくしは審神者様に鍛刀を懇願したのです

この人間、ひと振りじゃ背負いきれん




























いじらしく焦がれているって気づいてよ



(主よ、審神者の側には近侍なる刀が常に控えているそうだ)(へえ、そんな面倒な役回りやる刀とか悲惨だね)(い、いやしかしそれも刀剣男士としての使命であるなら、)(それなら人間の秘書雇ったほうがよっぽど気が楽だろうにね)(え)(きちんと雇用した人間に働いてもらうのが効率良さそう)(そ、そうなのか…)(まあ、ウチはそんなの必要無いから三日月は好きに過ごしなね?)(あいわかった…)(あああ!三日月宗近、もっと強く前に出なさい!)


























ーーーーー
振り回されてわたわたする男士が好き

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ