文章

□善法寺伊作の一途な片想い
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入学してすぐの頃、落とし穴に落ちて出られなくなってしまった事がある。当時から安定して不運を振りかざしていた僕だったので、落ちた場所が学園の隅で誰にも気づいてもらえない事態に陥った。大声を出すのにも疲れて涙が溢れてきたとき、女の子が穴を覗き込んできた。大丈夫?ほら掴まって。泥だらけの僕の手をしっかりと握って助けてくれた女の子。同じ一年生だと言うのにとてもしっかりしていて、手だけじゃなく全身泥だらけの僕に濡れた手拭いまで用意してくれた。とっても優しかったんだ。そんな訳だから、ありきたりでなんにも面白くないけれど、僕はその女の子に恋をした

直ぐに留三郎に打ち明けて、一緒になって女の子を探してもらった。それなのに、ようやく見つけたその子といざ話そうとすると緊張して上手く話せないし、たまに良い感じで話し始めたら不運が舞い込むしで、留三郎は呆れていた。二年生になったとき、勘が良い小平太に気づかれた。当時、何かにつけて馬鹿正直な反応を示す小平太はくのたま達に面白がられていて、よくいたずらされていたから僕がくのたまを好きだと知った小平太は蒼白で止めておけと迫ってきた。なんとか諦めさせようと、長次に説得をお願いするほどだった

でも長次は僕の気持ちを汲んで、頑張れって言ってくれて小平太を宥めてくれたのだ。その甲斐あって渋々だけど小平太も納得してくれた。けれど三年生になったとき、よりによって文次郎にバレてしまう。忍者の三禁を犯すなんてって怒られると思っていたから文次郎にだけは知られたくなかったのだけど、僕があの子を目で追うのを何度か目撃されていたらしい。案の定ものすごく怒られた。そして僕ではなく留三郎と取っ組み合いの喧嘩になった

文次郎の言い分はわかる。間違ってない。実際、忍者どうこう以前に僕の持つ不運があるのだから、恋にうつつを抜かしてるバヤイではないのだ。不運して恋してなんてやってたらあっという間に死にそうで我ながらこわいね。でももう好きになってしまってるのだからどうにもならない。あの子を好きでない僕なんて、もう想像出来ない。文次郎をたしなめたのは仙蔵だった。結婚して子供も居る忍者なんて世の中に大勢居るんだしいいではないかと。むしろ、忍たまのうちに恋をして色に耐性を付けておくのはなんたらかんたら

仙蔵は賢いから絶対に僕の気持ちに気づいてると思ってたので特に驚きはしない。でも文次郎をたしなめてくれるとは考えてなかったので、これには少し驚いた。仙蔵にも食って掛かる文次郎は結局、留三郎と殴り合い仙蔵に焙烙火矢を投げられボロボロになり最終的には僕に口出しはしないと約束させられていた。有難いけど流石に可哀想すぎた。兎にも角にも、三年生の時点で僕があの子を好きなのは仲間内に知れ渡った

そうして迎えた四年生、みんなの後押しもあったので今年こそは仲良くなってやる!と意気込んだのだが、上級生となったこの年、くのたまの過激さが増した。罠は今まで以上にえげつなく、少しでもくのたまの癇に障った忍たまは吊るし上げられた。力では僕ら男のほうが強いことが殆どでも、くのたま達の頭脳には勝てない。小平太は増々くのたまが苦手になった。僕は僕で、持ち合わせた不運によるものなのか、くのたまに狙われる回数が他より多かった。くのたまの魔の手により満身創痍な僕を見て留三郎が、やっぱりくのたまは諦めたほうがいいんじゃ…と言う。これには味方であったはずの長次と仙蔵までもが同調した。あの子がどうとかではなく“くのたま”が僕には合わないんだと

けれど!僕は気づいたのだ。あの子は今までに僕を狙ったことがないんだって!一年生のときに僕を助けてくれた優しいあの子のままなんだって!弱き者は狙わないんだよあの子は!僕の熱弁に全員が生温い眼差しを寄越したけど、そこまで言うならって最後は納得してくれた。例えその数日後に、あの子とあの子の友達から奇襲を受けた文次郎が身ぐるみ剥がされ4年生長屋の直ぐ側の木に括られていても、僕はあの子が好きなのだ

五年生ともなると、精神的に早熟な女の子はもはや忍たまを相手にしなくなった。ああ居たの?くらいの、石ころ程度の認識にしかならなくなる。平和になったと、殆どの忍たまは喜んだけど(特に小平太と文次郎)、僕にとっては一大事だ。くのたまが忍たま長屋へ来る頻度が減るという事は、あの子と会う機会も減るってことだから。しかも、くのたまの中には嫁ぎ先が決まったり、好い人が出来たらしいと噂される子が現れはじめた。噂の中にあの子も居たらどうしよう…!直接本人に確認したらいいと皆が言うけど、この五年まともに会話出来た事なんて数える程度のこの僕が、そんなの聞けるはずもない。でもなんとかして情報が欲しい。うんうん唸りながら歩いていた僕はやはり穴に落ちた

しかも足を捻ったらしく、痛くて力が入らない。自力で出れず助けを呼ぶ…が、気づいてもらえない。アレ?前にもこんなことあったなって思えば、今落ちてるこの場所はあの子と出会った時に落ちた場所だった。もしかしたら、もしかするかも…!これでもし、あの日と同じくあの子が僕を助けてくれたら。淡い期待を噛み締める僕を見つけてくれたのは、小平太だった。しかも塹壕堀りの最中に僕の落ちた穴に突き当たったらしく、土の中から登場した。穴の中を覗き込むイベントすら発生しなかった。五年生、僕はあの子との絡みが一切無く終わっていった





「お、伊作も終わったのか?」
「うん、やっと終わったよ。やっぱり僕が最後だね」
春休み最終日、翌日に備えて上級生は早めに登校して準備をしていた。明日には新入生が入ってきて僕らも最終学年になる。あらかた掃除などを終え、一年生のときからの馴染みの面々と食堂で休憩に入った
「六年生か、流石に感慨深いな」
「ほう、小平太でもそう思うか」
「そりゃあ!今年が最後だと思うとな」
「最上級生として新一年生の見本にならねばな」
仙蔵の言葉に皆で頷く。他の学年もだいたいの事は終わったのか食堂に人が増えてきた。どことなく浮足立つような生徒達の中で、僕は六年生になると言う事実に身が引き締まる思いになる。ところが、そんな僕の気持ちを余所に留三郎が発言した
「で、伊作は今年こそ告白するんだろうな?」
「ぶふぉっ!っあっつ!!」
「汚え!」
啜っていたお茶を盛大に吹き出し、被害は元凶である留三郎にも及んだ
「げっほげほ…!なっなに言い出すのさ!」
「いや、留三郎の言うとおりだ」
「仙蔵!?」
キリリとした表情を見せる仙蔵に、だろ?と留三郎が乗っかる。長次も先ほどより深く頷き、小平太と文次郎さえ確かになあと言う始末
「三禁を破るのは未だに抵抗があるが…こう何年も伊作を見ているといい加減どうにかならんのかとも思う」
「私も!くのたまは恐ろしいが、伊作の恋は上手く行って欲しいと思うぞ!」
「文次郎…!小平太…!!」
感動した…!この二人まで僕をこんなにも応援してくれてただなんて!
「と言う訳だから今年こそなんとかしろ」
「無茶振り!」
そんなサラッとなんとか出来てたら何年も片思いなんてしてないんだってば!そりゃ、どうにかなるなら僕だってどうにかしたいさ。黙って見てるだけで満足なわけじゃない。もっと仲良くなってあの子を知りたいし、僕も知ってほしい

「でもそれがなんて難しいことなんだろうね…。それもこれも僕の不運が一役買ってるのかな…」
「それは………否定は出来ないが……」
「長次は意外にハッキリ物言うよね…」
事実だし隠せる物でもないからいいけどね
「…だが…伊作の人柄を知れば、そうそう悪い方へは転ばないはずだ………」
「長次…!」
「それには私も同感だが、そもそもアイツは六年生に進級してるのか?」
「えっ」
「嫁いでいたり稼業を継いでいて六年生に上がらないくのたまも居るんだぞ?」
「伊作お前、去年はほとんど接触なかっただろ?どうなんだ?その辺把握してるのか?」
仙蔵と留三郎の指摘に僕は口を噤む。そうなのだ、実のところあの子が進級したのかさえ僕にはわからない。ただ、四年生の頃の風の噂ではあの子はプロを目指してると聞いたので、きっちり六年間、忍術学園通うだろうと予想していたのだけど…。でもわからない、例えば実家が跡取りの必要な仕事をしていたら早々に祝言を上げるかもしれない。と言うか、僕の不運ならその可能性を引き当てることも容易そうだ。どうしよう、あの子、もう学園に居なかったら…
「お、おい、何もそこまで顔色悪くすることないだろ…」
「なんなら今からくのたま長屋の近くに行ってみるか?今日ならまだ生徒が少ないからなんとかなるんじゃないか?」
「…確認すべきだ……」
「…う、うん……そうだね、僕だって流石にそれくらいは直ぐにでも知りたい、」
「ひえっ…!」
なんだかいきなり焦ってきた僕は、慌てて席を立ち上がったのだけど、小平太の悲鳴に止められた。上級生になった小平太がこんなに露骨に怯える理由はひとつしか考えられない。話を中断し、一斉に小平太の視線の先、すなわち食堂の入り口を見る。そして

「ひゃあ…!」
「うっ…」
僕は驚愕の声をあげ、文次郎は呻く。なんてったって、いま食堂に入ってきたのは件のあの子だったのだから!
「し、しかもこっち見てる…!」
「わ、私はなにもしていないぞ…!」
「お、俺だって!」
「……お前たち、落ち着け……」
「つーか、アイツ伊作のこと見てないか?」
「えっ!?」
「こちらへ来るぞ」
「ひゃああ…!」
入り口から離れた位置にいる僕たちの所へ、あの子は真っ直ぐに歩いてくる。しかも、留三郎の言うように僕はあの子と目が合っているのだ。なんで?どうして?小平太たちじゃないけど、僕なんて本当に何もしてない…ってか関わる隙も無いのに。近づいてくるあの子に比例して心臓のばくばくが激しくなる。…あ、なんだか髪の毛が伸びたいだ、なんて、気が動転して逆に冷静だ
『善法寺』
「ふぁい!」
…全然冷静じゃなかった。皆やめてそんな目で見ないで。でも優しい彼女は気にせず話を続ける
『休憩?少しいいかな?』
「えっ!?えっ、うん、うん、いいよ!」
『善法寺って、今年は保健委員長になるよね?』
「えっ!?そうなの!?先生がそう仰ってた!?」
『え?や、何も聞いてないけど…でもだって、他に候補居るの?』
「いないな」
「ああいない」
「…いない」
「伊作で決まりだ」
「間違いない」
口々に同意する僕の友人…。薄々は勘付いていたけども、そんなはっきり言う?
「…うん……そ、それで?保健委員に用事ってことかな?あっ!もしかして怪我でもした!?」
『違う違う、そうじゃなくって、まあ私用だし言わなくてもいいんだけど、でもどうせ分かることだから先に言おうと思って。あのね、私の弟が今年から学園に入ってくるんだけど、多分…確実にあの子は保健委員に入ることになるだろうから、お世話になる委員長に挨拶しておきたくて』
「えっ!?確実に!?」
『うーん、なんか日頃の保健委員を見てたら、弟も不運だよなぁって思って。あの子がおつかいに出た時ばっかり通り雨が降ったり、頂いた柿を家族で食べてたらなぜかあの子だけ渋柿だったり、近所の子達が揃って風邪引いた時に元気なくせに皆が治った途端風邪もらって遊びの輪に入れなかったり…その他いろいろ』
「うんすごい親近感」
『そう言うわけだから、同じ教室にあの子を上回る不運の持ち主が居ないなら保健委員は確実でしょ。別に贔屓しろとかそう言うんじゃなくて、ただお世話になるねってだけ』
「そ、そっか…それは確かに…と言うか、猪名寺さん弟居たんだ」
『うん居たよ。それだけだから、休憩中にごめんね』
それじゃあ、と言って軽やかに食堂を去る猪名寺さん

え、どうしよう、もしかして僕に会う為だけに食堂に来てくれたの?しかも弟が保健委員?嘘でしょう、そんなまさか
「…こ、こんな幸運なことって…!はっ!?もしかして夢!?夢かな!?ねえ皆!」
すごい僕いま猪名寺さんと普通に話してた!て言うか猪名寺さん僕の名前呼んでた!うわ、どうしようどうしよう!もしかしたら六年生になった今年はついに不運から卒業して、猪名寺さんともっと仲良くなって、それで…!ああでもダメだ、保健委員にならなくちゃ猪名寺さんの弟が!うわー!どうしよう!

学園生活最後のこの年、僕と猪名寺さんの距離はぐっと縮まるのだけれど同時に恋敵が現れたりもして、結局僕は不運と共に生活を送ることになるのだった






























運試し



(出逢えたことが幸運でありますように!)
















ーーーーー
おまけ↓
「…行ったか」
「文次郎、お前汗がすごいぞ」
「…小平太もだ……」
「し、心臓がばくばくしている…!」
「この二人は恐怖を植え付けられ過ぎだろ…」




空回って不運連発すればいい

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