文章

□おばあちゃん審神者と和泉守兼定
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※捏造過多




和泉守兼定はこの本丸に初めてやってきた刀だった。まだ初期刀制度の無い、政府も審神者も刀剣たちですら手探りだった時代の話だ。口上を述べた和泉守に、審神者はそれならば頼りにしていると笑った。昔々に己を所有していた人間とは比べ物にならないほど脆そうで、何より女と言う事実に驚いたのが懐かしい。それでも、目の前の女の力が流し込まれた己の人形には溢れんばかりの生気が漲っていて、そして温かかった。審神者と和泉守が一人と一振で過ごす時間は長かった。明確なシステムが出来ていないこの頃、一人と一振はあれやこれやと奔走していた。これはきっと、この頃のすべての審神者と刀剣達がそうであったのだろうと和泉守は当時の慌ただしさを思い返すたびに苦笑した。定まらない政府の方針と指示、計りきれない人と刀の距離感に絶対に拒むことの出来ない時を越える大きな戦争。和泉守と審神者は何度も何度も衝突し、時には怒鳴り時には泣き喚き、それでも並んで歩くのをやめなかった






「よお、何してんだ。そんな薄着で居たら身体に悪ぃじゃねーか」
夜半にふと目を覚ました和泉守は、寝付けずに何となく縁側を歩いた。広い本丸を繋ぐ長い縁側を静かに進む。考えていた訳ではないはずだが、彼の足は自然と審神者の部屋へ向かっていた。起きているなど全く期待していなかったし、起こすつもりも無かったが和泉守が何かを思うより先に視界に映ったのは審神者が縁側に座って庭を眺めている姿だった。すっかり見慣れてしまったが、審神者の着用している綿で出来た上下揃いの寝巻きはパジャマと言うらしく、初めて見た時にはなんだか間抜けで腹から笑い審神者の怒りを買ったものだ
『あぁ和泉守。月明かりが部屋に差していて目を覚ましてしまったの。外を見たら月がとても綺麗で見とれてしまっていたわ』
「上着も羽織らねーで外に出るなよ、ったくよ」
溜息を吐きながら自身の羽織を審神者に掛けて和泉守も腰をおろす。初めて見たときに脆いと思った女の体躯は、あの日よりもさらに小さくなっていた

互いに余裕が出来、本丸で暮らすにあたっていくつかの規則が整った頃から審神者は新たに鍛刀するようになる。日に一度では終わらないことも多かった。和泉守も稀に戦場で刀を拾うことがあり、本丸はあっと言う間に賑やかになった。容姿に沿うのか中身も幼い短刀達はいつだって審神者の近くに居たし、博識で落ち着きのある太刀や大太刀などは相談相手にもなっていた。和泉守は考える事はさして得意でないし、短刀達に混じれるほど素直でもなかった。一人と一振の頃に比べ、話す機会はぐっと減った

『こうして貴方と二人でゆっくり話すのは久しぶりねぇ』
「アンタにはチビ達が貼り付いてるからな」
『それだって最近は身体に障るからと言ってみんな遠慮するのよ。そんな必要無いのに』
不満だと言わんばかりに溜息を吐く審神者を横目で見る。彼女の顔には深いシワがたくさん刻まれていて髪の毛は真っ白で、柔らかだった手は骨ばっている。和泉守が顕現されたときには審神者はすでに見目で言えば和泉守を越えていた。ケンカのたびに大人気ねぇと文句を言う和泉守に、お互い様だと必ず返すのだ。歳を取った。いま隣に座る和泉守の主は、昔の勝ち気さが成りを潜め穏やかさばかりが目立つ。人間が年を重ねるとはこう言うものなのかと、姿が変わらぬままの彼は思う

『…あら?和泉守、あなた髪の毛がボサボサよ』
「あ?どこだ?」
『そこ、後ろよ。ああ違うわそこじゃない』
「あー?まあまた寝るんだから気にしねぇよ」
『貴方って本当にがさつねぇ。ほら、後ろを見せてちょうだい』
「…アンタがきちんとし過ぎなんだよ」
必要無い、と突っ撥ねたってよかった。それならそれで、彼の性格をよく知る審神者ならまったくもうと笑って終わりにしただろう。けれど和泉守は言われるままに審神者に背を向けて座り直した。櫛は無いけれどと言って、審神者は和泉守の髪に指をとおす
『…懐かしいわね、昔はよく貴方の髪を梳いてたわ』
「…ンなこともあったっけなぁ」
嘘だ、和泉守はよく覚えている。仲間が増えるにつれ恥ずかしさから逃げてしまったが、昔は彼女が和泉守の長い髪の毛を手入れすることが多かった。出陣も内番も終わり、束の間の休息を彼女と静かに過ごしたあの日々。骨ばってシワだらけの手はあの頃と随分違うのに、確かに彼女のものだというのが彼をとてつもなく寂しくさせた。命が終わる。それはとても静かにゆっくりと、しかし確実に迫っている。人間であるならば必ず行き着くのだ。こんなふうにして命を終わらす人間の近くに居たことのない和泉守には、老いは恐ろしく思えた。昔々、彼を手にしていた勇ましく誇り高いあの侍は、戦の中で唐突に命を終えた。審神者とて戦の中で生きているが、あの男のように一瞬で呆気無く、何かを告げる暇さえ与えず死んでしまうのとは訳が違う。誰の目にもわかる確かな終わりが恐ろしい。今日ではなかったと、毎夜眠りにつく前にひっそりと安堵の息を吐く。しかし明日かもしれないと、誰にも悟られぬよう震えをこらえるのだ

『和泉守』
「…なんだよ」
『こうしていると、時が巻き戻ったように錯覚するわ』
「……」
『あの頃は今よりずっと悲しいことや辛いことが山ほどあったけど、とても楽しかったわ。もちろん今だって楽しいのだけれど』
どれほど刀剣が増えようと、和泉守と過ごす時間が減ろうと、彼女が和泉守を近侍から外すことは一度もなかった。もはや名ばかりとなっているそれを、和泉守は何故かと問うたことがない。審神者も何も言わない。言葉にする日など来ないだろう。それでもそれは一人と一振だけでこの広い本丸を築き上げた、言葉にも文字にもならないささやかな歴史の証明なのだ
「…そうだな。あっと言う間だった気もするが…確かにあったんだよなぁ」

ただ今は遠いものとなってしまったあの日々が眩しくて、和泉守は目を細めた

命が終わる。人間の生きる歳月は付喪神には刹那だ。目に見える終わりを止めてしまいたいと思うこともある。変わらなければいいと思うこともある。しかし彼女は生きたのだ。ただ一人で懸命に戦っている姿を見てきた。賑やかな本丸を優しい眼差しで見詰める姿を見てきた。増えていくシワと白髪を見てきた。その隣にはいつだって自分が居た。彼女が生き抜く様をいっとう近くで見てきたのだ
『…ふふ、他のみんなには内緒よ?ねえ和泉守、私はね、最初に出逢ったのが貴方で本当によかった。ありがとう…私は幸せ者ね』
あの頃の彼女とは違う彼女の手が、あの頃と変わらず彼を撫でた。それだけで充分だった
「とーぜんだろう。俺はな、かっこ良くて強い。お前の刀だぜ」

変わりゆく主の姿は和泉守兼定と言う刀にその生涯を預けてくれた証であったから、恐ろしくも美しく、愛しいと思えた




















まほらま



(留まり続けてはいられないから)(かけがえないものになるのでしょう)














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個人的に刀剣男士は恋人未満な主従関係が燃えます

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