ドフラミンゴトリップ

□船上での一日
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名前の朝はわりと早い。起きた瞬間がいちばん殺気立っていると自覚しているので、目が覚めてその場でまず深呼吸
『…ふぅ〜……』
それから顔を横に向けてまず確認。広いベッドの真ん中を空けた隣でドフラミンゴが名前に顔を向けて寝ている。いつもの朝だ。ドフラミンゴは目を閉じていて、寝息も聞こえる。最初の頃は一緒に起きてきたり寝たフリをしていたドフラミンゴも今ではすっかり気が抜けて、名前が起き上がっても眠り続けている。ベッドの上で黙っていてもまだ不機嫌が直らない名前はソファへ移動する。そこで体を伸ばしてしばらくぼんやりしてるうちに、やっと気分が落ち着いてくる。ここで、寝起きのイライラのせいで何か失敗してないか振り返る。目が覚めたとき、たまにドフラミンゴに手を握られて寝ていることがある。深呼吸のあとにそれを確認する名前は毎度つい舌打ちをしてしまうのだが、不機嫌による条件反射であって深い意味は無い。いや、やめてほしいけれど。とは言え、本当に寝てる相手対して舌打ちかますのって人としてどうよとも思う。なのでこういった場合は、なけなしの罪悪感を誤魔化すために布団を掛け直してあげている

今日はその必要がないので何もアクションを起こさず、ソファを立ってシャワーを浴びに行く。夜にもお風呂に入るが、頭をスッキリさせるにはこれが良い。シャワーを終えて身なりを整えユーティリティルームから出たら、ソファにドフラミンゴが座っている
『おはよ』
「おはよう名前チャン。ほら水だ」
『ありがと』
名前が出てくるのに合わせて水を用意し差し出すドフラミンゴの甲斐甲斐しさに引いたのは今は昔だ。名前よりあとから起きるようになってから、ドフラミンゴはこうしてシャワーを終えた名前に水を渡してくるようになった。最初こそ口移しで飲まそうとして来て朝から怒鳴られていたが、今では普通に手渡してくる。名前がソファに座って水を飲むのを確認して、ドフラミンゴも朝の支度をするためユーティリティルームへ入る。なぜか必ず水を飲むまで見てくるので、いろいろ疑って何度か船医に水を調べてもらったことがあるがただの水だった。「ただの水っス!さすがのお頭も朝イチでクスリ盛るとかしないっしょ!」船医ことガルの言葉である。こんなに信用ならないってどうよ?まさかグルじゃないだろうな?海賊とは思えない愛らしい笑顔でサムズアップするガルに疑念が残るが、体調に変化はなく今日まできているので何も言えない

ドフラミンゴは戻ってくると、よどみない動きで名前を膝に乗せる。もちろん当初はドフラミンゴが支度してる間に部屋を出てった名前だが、イトイトでソファに縛りつけられるようになって止めた。膝に乗せられるのも、全力で拒否して暴れまくったが絶対に乗せられるので諦めた。朝から息切れするほど怒りまくる名前に笑顔で自分の意志を貫くドフラミンゴに抱いた殺意は計り知れない。けれど最終的には名前が折れて、丸くはないが収まっていた。こうして少しずつ少しずつ名前が望まぬうちにドフラミンゴへの耐性がついているのだ。だからドフラミンゴは、名前はいつだって最後には自分を優先させると知っている。というか、そうでなければ満足出来ない。名前が他を優先させるなんて、彼の中ではあってはならないのだ。だから

『さ、もうミホークは食べ終わってる頃かな。あたし達も早く行こ』
ろくに喋りもしない、開いたと思えば菓子菓子菓子のヒゲヅラじじいを自分より優先させるなんて、あってはならないのだ
「…コーヒーがまだだ」
『向こうで飲めば』
「新聞も読んでねェ」
『向こうで読めば』
「……」
『残るの、行くの』
「…行く」
本来なら名前を膝に乗せながらコーヒーを飲んで、名前が読む新聞に一緒に目を通し茶々を入れるのが朝の習慣なのに。そのあと朝食を食べに食堂に行くのに。あのおっさんが乗船しているせいで名前はすぐに食堂へ行きたがる
「……」
不満を表情に出したところで名前は見ていない。だけど抱えたまま食堂へ向かうのを許されてるのは、彼女の最大の譲歩でもある。けれどドフラミンゴは気づかない。何よりも一番に置いてくれなければ不満なのだ。名前が何よりもドフラミンゴを優先したことなんてほぼ無いのだが、ドフラミンゴにとってのライバルが居ない普段の船の中ではどうやら自分が一番優先されていると思っているようだ。名前にわがまま言う人間なんてひとりしか居ないのだから、確かに優先っちゃあ優先かもしれないが

『おはようミホーク』
「おはよう」
食堂ではミホークが紅茶を飲み寛いでいる。だから寛いでんじゃねーよと言ってやりたいドフラミンゴだが、グッと堪える。話の通じないじじいは相手にしないほうが良いと学んだ。ドフラミンゴも名前も朝はあまり量を食べないので、コックが軽めのものを用意する。ちなみにミホークは朝からしっかり食べる派である
『今日は天気悪いね。何も出来なさそう』
昨夜から雨が降ったり止んだりと気候が安定しない。こんな日は掃除も洗濯もほどほどに、名前はゆっくり本を読んだり料理をする。ドフラミンゴとしては本を読んでいてほしい。本を読んでればずっと膝に乗せていられるし、集中してるあいだは多めに触っても許される。だがミホークが来てから昼間に本を読んでいないので正直期待していない。期待していない自分にも腹が立つが、やはり元凶はミホークだ。自分で作ると言い出したら暴れてやる。絶対にだ
『ゆっくり本読みたいなぁ』
「!」
「読書が好きか」
『まあ、船に乗ってるとね。小説がほとんどだけど』
「おれにも何か貸してくれ」
『どんなのがいい?』
「まかせる」
「フッフッフッ!分厚いヤツを貸してやれ」
『はあ?…食べたら探してくる』
「フフ…フフフフ!」
『どうしたのこの人こわ…』
嬉しい誤算とはこの事か。なんと今日の名前はドフラミンゴの膝の上(※無許可)で本を読むことが決定したのであった

『……』
本を読む名前を膝に乗せ(※強制)、ドフラミンゴはこの上なく機嫌が良い。ミホークは本を読む時はひとりで静かに過ごしたい質とのことで自室(仮)に閉じこもっている。なので名前とドフラミンゴも部屋に戻った。こんなにゆっくり二人きりになったのは久しぶり過ぎてドフラミンゴの口元はずっと弧を描いている。飲み物を運んできたクルーが菩薩のように優しい視線を向けたほどである。集中している名前は飲み物が運ばれてきたことにも気づいていないだろう。いつものことだ。名前が本を読んでいる間ドフラミンゴはまず、ビジネス関係の書類に目を通したり新聞を読み直したりと、ひと通り仕事をこなす。それらをさっさと終わらせたあとは名前を観察する。今では完璧に名前の許容範囲を把握しているので、怒られないギリギリで触り尽くす。髪の毛を撫で梳かすのは何度もしてはいけない。くすぐったいらしく、しつこくすると抓られる。首元に顔を埋めるのは一発アウト。過去に数回サングラスを叩き割られた。初めは絶対に寄りかからないが、集中し始めたらこちらのものだ。腹に腕をまわしてゆっくり引き寄せればすんなりドフラミンゴに背中を預けてしまう。そうしたら腹にまわした腕はそのままで、少し抱きすくめる。ぎゅうぎゅうと力を入れなければ見逃されるようになったのはいつの頃からだったか。めげないなァとクルー全員が何度も思った。日々の粘着の賜物である

本を覗き込んでみると、今日読んでるのはミステリーのようだ。これは良い。まだしばらく集中して読むはず。そう確信して次は名前の顔を覗き見る。本を読んでいる名前は存外表情がよく変わる。今は薄く眉間にシワを寄せている。わりと見る表情だ。ミステリー物なので微笑む顔は期待出来ないかもなァと少しつまらなく思う。名前が自分に対して極端に笑顔を向けることが少ないと、彼もわかってる。だから尚のこと他の誰かに向ける笑顔に腹が立つ。でもどうしたって構い倒すのをやめられない。それもこれも、最後には全部受け入れてくれる名前のせいだと、聞かれたら張り倒されそうなことを考える。だけど散々怒りまくったあとで、もうわかったってばと苛立ちを隠しもせずにドフラミンゴの望む通りにするのだからたまらない。今のところドフラミンゴ以上に名前を怒らせる人間も居なければ許される人間も居ない。笑顔を向けられる以上に満たされる。以前クルーのひとりにチラッと話したら「さすがにゲスい」と引かれた。だがそれで良い。真似する者が現れるのは許さない。笑顔を向けられたい気持ちがどれだけあっても、それがこの座を揺らがせることになるなら要らないのだ
『……はぁ』
「…!読み終えたか?」
『…え?…あ、まだ…。話が深くて。…ちょっと休憩』
「ほら、氷が溶けちまったが飲むか?」
『ん』
深く息を吐いた名前が、ドフラミンゴに預けてた身体を起こして手渡された飲み物を受け取る。行儀の良いところは不満だ。しかし腹にまわした腕はそのままであることを許されているので、機嫌は良いままだ

「フッフ。全部読み切るのか?」
『そうしたいけど…いま何時…?』
「夕方だ。陽が落ちるまでまだ時間がある」
『そっか。あ…そう言えばミホークはどうしてるかな』
「…さあな。部屋に誰も来ねェところをみると、あいつもまだ読んでるんじゃねェか」
『んー…じゃあ…読み切っちゃおうかな。あと少しだし』
「あァそうしろ。読み終えたらちょうど飯時だ」
『…もしかしてあんたもお昼食べ損ねてる…?』
「フッフッフッ」
『うわ…あ〜………ごめん…』
「気にする必要無ェよ、フフフフ!」
これだってよくあることだ。飲まず食わず集中するのはいつものこと。だからクルーに、飲み物と一緒に軽食を運んできてもらうこともある。今日はそういう気にならなかっただけ
『先に食堂行ってる?』
「行かねェ」
訝しがる名前にお馴染みの深い笑みで返す。他の男の名前を出して機嫌が傾いたことも、気にかけてくれて気持ちが弾んだことも、まだずっとこうして居たいことも全部、名前がわかっていなくても今のドフラミンゴは満足出来るのだ




夕食の席ではミホークが読んだ本の感想を名前に伝えて、名前は楽しそうにしている。気に食わない。グラスを割りそうなくらい気に食わないが、今日は我慢出来る。そんなドフラミンゴを見てクルー達が名前に対し流石だなァと感心してるなど、気づくはずもない。食後には紅茶と、口直しにフルーツを食べながら皆で話していたらあっという間に夜が深まる。ミホークはすでにうとうとしている。おっさん早く寝ろ。ドフラミンゴがじっとりした目になっている
『ミホーク、そろそろ寝たら?』
「む…そうだな…」
ぼやけた様子で立ち上がり自室(仮)へ戻るミホークは、世界最強の剣士(笑)といった感じか。顔洗って歯磨きしなよとの名前の声に手を上げて返事したが怪しい。見送ったあとに名前達も部屋に戻る

お湯を沸かしてまず先にドフラミンゴから入る。湯船に浸かると力が抜けるので好きではないが、名前にしっかり温まれと言われてしまえば従わざるを得ない。最初こそ拒んでいたが、今となっては気にならない。それでもさっさと上がるドフラミンゴと交代でお風呂に入る名前は時間をかけるタイプだ。お湯を張り直したいと不満を抱いていたのが懐かしい。いくら設備が良くても海上での真水は貴重に変わりないので、早々にそんな我儘は胸にしまった。お風呂から上がればもう良い時間だ。ドフラミンゴはベッドヘッドに上半身を預けて酒を飲んでいる
「名前チャンも飲むか?」
『いらなーい』
海賊って四六時中呑みたがるなぁと呆れるばかりだ。毎晩呑む習慣すら無い名前には考えられない。水を飲んでベッドに潜る
「なんだァもう寝るのか?」
『んー…本読む気分じゃないからなぁ…』
「そうか」
すっかり慣れきったベッドの寝心地は良くて、すぐに眠気が襲う。そんな様子を見たドフラミンゴは酒を飲みきってシェードランプの灯りを消す。名前が本を読むならそれに付き合って起きているし、寝ると言うなら一緒に寝る。名前にとって数少ないドフラミンゴを好ましく思う部分だ。自己中心的で一切遠慮の無い人間でも気を遣えるものなんだなと驚いた。これまた裏があるのではと悩んだ日もあったが、今はもう甘えることにしている
『…おやすみ』
「フッフッフッ…おやすみ」

こうして過ぎていく一日が、この船の当たり前なのだ






















まばたきするたび変わる世界を一緒にみよう



(ぐぴー…ぐぴー…)(たまーにイビキかくんだよなぁこの人…)

























ーーーーー
甘いよぅ…

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