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□〈染みわたる毒液は、我が愛撫である〉
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ジョルジュにとってナマエは理想そのものだった。ジョルジュはことさら自由に憧れていた。“自由”の定義を何とするかは人によって様々であろうが、彼にとっての最大の“自由”とは生まれに縛られないことだった。ジョルジュは自身の家柄だけでなく、そもそも一族自体を嫌っていた。強者の取り巻きとなって栄えてきた卑しい一族だと、彼はそう思ってきた。それだけでアカネイアの五大貴族のひとつに並べられるかと言えばそうではないのだが、ジョルジュには一族に共通する思想が合わなかった。自分達の都合だけで彼を祭り上げ、あまつさえ結婚までさせようとしたのだから仕方がないとも言えるが。それでも祖国の為、仕える者の為に生きるのは嫌ではなく、後に暗黒戦争と語られる戦争においては祖国開放の為に弓をひいた。その戦争でナマエと出逢い、ジョルジュはナマエに自分の生き方を重ねることになる

アカネイアを抜け出し、解放軍に飛び込み見た世界の中では、自分とはまったく違う様々な生き方や思想を持つ者達が居た。堅物の同輩は周囲がなんと言おうと前だけを見て進むが彼は違う。より広い世界を求め、より多くの声を聞き、そうして得たたくさんの知識や経験によって生き方も思想も無限に変えていきたかった。 ナマエはジョルジュにとって生き方の理想だった。主君に揺るぎない忠誠を誓いながらも、何ものにも縛られない。これはジョルジュの考えであるが、絶対的な存在であるはずのマルスでさえ、ナマエを縛りつけることはきっと出来ないと思う。それでも常に緩くあるくせに芯はきちんと通っているのだから不思議だ。だがそんなナマエの姿こそがジョルジュの追い求めてきた生き方だったのだ。強烈に焦がれた。しかし真似は出来ない。同じように生きようとしてみても、これまでの彼を形造ってきたものがそうはさせてくれなかった。ナマエの生き方は理想であったけれど、同じ生き方をするには少なからず護るべきものを犠牲にしなければならなかった。 彼とて貫き通したいものがある。 代わりにジョルジュはナマエの隣に並ぼうと決めた。自身の“理想”と“自由”に恥じぬよう生きると決めた。それが祖国に弓をひく結果となっても

そうして焦がれ続けた相手に、また違う感情を持つようになったのはいつからか。視線の先にいる彼女はいつも誰かと居た。主君がそうであるように彼女もまた、何者も受け入れた。彼女が受け入れてきた大勢の中のひとりにしか過ぎないのだろうか。ジョルジュはそれが許せないと思った時、はっきりと自身の感情を認識した。“自由”の真似事をしているうちに数多くの浮き名が流れたが、その中のいくつに正面から向き合ったろう。初めて抱いたに等しい感情の前ではどれも意味を成さない。どんな甘言も彼女の前では霞んでしまいそうで、質量を無くしてしまいそうで滑稽だった。ただひとつ言えるのは、新たに始まってしまった戦争が終わったとき、結末がどうであれナマエはアリティア騎士として、ジョルジュはアカネイア騎士として、立場が同じと言えど生きる道が分かたれるであろう。実際は、英雄戦争と召し上げられたこの争いの後に事実上マルスがアカネイア大陸を治めて行くことになるのだが、そうだとしても騎士として生きるふたりの世界が遠く離れることに変わりなかった

想いを告げたときのことは鮮明に憶えている。忘れられるはずがない。ナマエはジョルジュの本気の想いを鼻で笑ったのだ。とんでもない女だ。その背景にはジョルジュの過去の浮き名が要因としてあったのだけだど、鼻で笑うのはあんまりだろう。冗談だとしか受け取らないナマエに本気を示すのは骨が折れた。そうでなくてもライバル達が居たのだから、本当に難儀した。よくめげなかったものだと同輩は驚く。彼が過去に執着したものを挙げろと言われてもせいぜい弓と、自分の部下くらいしか浮かばない。常にニヒルで居て何事も飄々とこなす男が見せた和らげな表情を、アストリアは忘れられない。ジョルジュは本心から欲しがったものを手に出来た瞬間、例えそれが戦争のさなかであったとしても声にして幸福と呼べた。束の間の夢まぼろしにはしたくない

「死ぬなと言うから消えてみましたとでも言い訳するつもりか、あのバカは」
左腕にはめた華奢ながらも細やかな細工が施された銀のバングルを見つめ、舌打ち混じりに呟く。揃いの物を恥ずかしげもなく身に付け平然としていたのはナマエのほうだった。嬉しいと言ったナマエに対して、そっぽを向いて安物だとしか返せなかった自分をいま恨む。彼女はどんな表情をしてくれていたのか。縛りつけたいわけではなかったが、離れていても目に映る何か証のようなものがあってもいいと思った。当然のように受け入れられて、それだけで満足してしまったのは愚かだったろうか
「…離れてもいいと言う意味ではないことくらい、わかっていたはずだろう」

此処から先に訪れる世界はそう悪くないものであるはずなのに、彼には価値の無い虚しいものにしか思えなかった





















いばらで微睡み君を待つ



(平和など要らないと言えば)(怒ったきみが現れてくれるだろうか)
















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新紋章のジョルジュの表情が本当に好み

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