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□〈大いなる山の影、かがやく一つの星〉
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ねえほら、私ってこんな性分じゃないですか、ジェイガン様には怒られるしカイン達には呆れられるし。それで考えたんです、ねえマルス様、マルス様が私を導いてください。だからマルス様はどうか道を間違えないで。立ち止まって悩んで後ろを振り返ってもいいから、そのあとに前へ進むときは自信を持っていてください。いいですね?約束ですよ?

ふいに思い出した言葉にマルスは人知れず哀しげに顔を歪めた。忘れていたわけではないのだけれど、今まで当たり前に自分に寄り添っていた言葉だったので改めて思い返す必要がなかったのだ。幼い頃、厳格で武断的な父の教えが肌に合わず涙こそ流さないものの、マルスはいつだって傷ついていた。アリティア王家に生まれたことを誇りには思うが、それ以上に父であるコーネリアス王から向けられる期待は重い。父だけではない、家臣や国民の誰もが英雄アンリを通してアリティア王家を見た。マルスは自身に、父や、伝え聴く英雄アンリのような雄々しく勇猛で大勢を導ける器があると思えずにいた。命が尽きるのを見るのはこわい。人に剣を向けるのはこわい。そんな事を言えばぶたれるのはわかっていたので口にはしなかったが、いつだって心の中で葛藤していたのだ。そんなマルスを慰めてくれるのは決まって母と姉であったのだが、奮い立たせてくれるのはナマエだった

ナマエの父はコーネリアス王の腹心のひとりだった。しかし王とは違い極めて柔軟に物事を計れる人物だった。そんな父を持っていたからか、ナマエは幼いながらに宮廷騎士に身を置いてなお奔放な人間だった。よく訓練や講義をサボり城から抜けだして町や森に遊びに行っていた。後に必ずモロドフやジェイガンから怒られるのだが本人はどこ吹く風と受け流してしまう。マルスよりも少し年が上で女性という事もあり、エリスのほうがナマエと親しくしていたようにも思う。マルスとマリクのような、幼馴染のような友人のような間柄だったのだろう。それでもナマエは不思議とマルスによくかまっていた。城を抜け出すときにはマルスを誘ったし、ひとりで何処かへ行った後も何か手土産をくれた。姉やマリクと話すのはとても楽しいが、ナマエと居るとまた違った楽しさがある。内向的で言葉で強く自分を主張出来ずにいるマルスにとって、物言わずとも心の内を汲み取ってくれる姉やマリクは優しい存在だった。しかしナマエと居ると新しい自分を見つけられるのだ。ナマエと居るときちんと声にして自分の考えを言える。マルスが何かを主張したときナマエは、王子としての主張だとかアリティア王家に相応しい言葉だとかそう言う物の見方で見るのではなく、その主張の意味とマルス自身をきちんと正面からみてくれているように感じられてマルスの心は自信を取り戻す。彼女の明朗であけすけな性格がそうさせた

そうじゃなくとも、連れ立って見た城の外の景色は彼にたくさんの刺激を与え、世界の広さを教えてくれた。だから時間が許せばナマエの誘いに乗っていたのだが、ある日ナマエがマルスを外に連れ回していることで彼女が怒られているのを見てしまう。それまでマルスは小言を言われることはあれど強く咎められた事がなかった。しかしそれはナマエが自分の分まで多く怒られているからにすぎない。考えてみれば当然だ、マルス自身が望んでいようと、周囲は家臣が王子を連れ回しているとしか見ないのだから矛先は全てナマエに向けられる。そんな、少し考えればわかることにも気づかず浮ついていて自分を彼は恥じた。同時に、彼女に頼りきりである事を責めた。これはナマエにだけでなく、姉や幼馴染にも言えることで、マルスは自分がどれほど彼女らに甘えていたのか気づく。父があれほど厳しく自分を育ててきたのが何故かもなんとなく理解出来る。弱いのだ。自分はとても弱い。武芸だけでなく心や、その心に留めておくべきものさえも、とても脆い。こんな自分がどうして国を背負う事など出来ようか。短い人生ながらに誇ってきたものがみんなみんな壊れてしまいそうで、無意識にその場を走り去っていた

マルス様、どうしたんです?また何か落ち込んでるんですか?マルスが隠れている場所を、いつだってナマエはすぐに見つけ出す。いわく、お城の中の隠れ家は全て知っている、だそうだ。自分の分まで叱られていたと言うのにこうして気に掛けてくれるナマエに、泣いてしまいそうだ。僕の分まできみが叱られる、ごめんよ、ごめん。どうして僕はこんなに弱いのだろう。強くなりたいよ、ごめんナマエ。震える声で言う。俯いたままだったので、ナマエが瞳をぱちくりとさせてから小さく微笑んだのをマルスは知らない

ナマエは退屈が大嫌いだった。どんな時も自身が一番楽しくて面白いと思えるものを選んだ。退屈やつまらない、は、要らない。騎士になったのは父の影響もあるが少なからず彼女自身が面白そうだと思ったからでもある。けれど、騎士としてアリティアの為、王家の為に生きて死ぬのは違うと、まだまだ発展途上の心で思う。父はアリティアとコーネリアス王に身を捧げている。王は素晴らしい方だけど自分には出来ない。何かの為に身を尽くして死ぬのがこわいのではなく、彼女なりに騎士として描く生き様があるのだ。そんな父からは、自由に生きなさいと言われて育った。母はどんな場所ででも大切なものは見つけられると教えてくれた。ナマエはその教えを胸に、子供ながらに多くのものを見てきたつもりだ。そんなナマエの眼から視てマルスはとても無垢だった。 無垢ゆえに王の期待に応えようと必死で努力していた。王や家臣、民衆が求めるアリティア王家の人間であろうとしていた。 それが自身の望む道でなくとも。重苦しい生き方をしている彼を見てられなくてナマエはマルスにいろんなものを見せてきた。叱られることなんてはじめから分かっていたし、やりたいからやったのであってそんなの彼女にしてみればどうってことはない。それなのに、そんな些細なことにでも心を傷めるマルスが彼女は好きだった。自分を弱いと認めるのは誰もが出来ることじゃない。そうしてその後で強くなりたい、だなんてなかなか言えない。逃げれば済むのに、彼の中にはそれが無い。弱くともちゃんと前を向いていて、遥か高い理想を追い求めている。本人はわかっていないけど。でも、だから、決めたのだ






「違うんだ、導かれていたのは僕のほうなんだ」
不毛な争いを繰り返し、何度も何度も駄目だと思った。長く険しい日々だった。口には出さなかったがどれほど辛かったことか。それでも歩いてこれたのは大勢の人々の支えがあってこそだ。マルスは、自分がとても恵まれているのを知っている。支えられ助けられ、そうしてやっと終わりに辿り着いたのに。その中でもいっとう側に居て支えてくれてたナマエがいまは居ない。幼かったあの頃のあの日に彼女が自分へ立ててくれた誓いは生涯消えないけれど、それだけでは満たされないのはいけないことだろうか
「…わかってる大丈夫。それでも前に進むときは、自信を持つよ」
大丈夫、今だけだから。ほんの少し疲れてしまっただけだから。刀礼の真似事をして恭しくマルスの前で跪いてみせたナマエはこの世界のどんなものよりも輝いていた。彼女が誓いを立てるに足る主でいようと、彼もまたあの日に誓ったのは嘘ではない

だけど、今だけ、少しだけ。明日には強くある為に
「きみは何処へ行ってしまったの」
ひとことの弱音を許してほしい
























わたしがちっぽけな人間で、きみがちいさな天使だったころ



(僕の中の弱いものはみんなみんな)(君が遠くへ追い出してくれていた)
















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主従って胸を熱くさせる

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