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□楽園が楽園であるために、厳格なる秩序は必須である。
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とてもよく似ているのだけど、何もかも違う。違っていて当然ではあるが、目を惹くロイヤルブルーが主君の影をチラつかせるのでナマエの視線はついクロムに向けられる

「…あー…その、なんだ…俺の顔になにか…?」
『え?ああ、ごめんなさい、髪の色がマルス様とよく似ているからつい』
宿の主人に無理を言って五人分の食事を用意してもらった。日中に町で起こった出来事とクロム達の素性が相まって主人は恐縮しきりで了承してくれた。ナマエが使っている部屋より幾分か広い部屋を宛てがってくれたので、主人に甘えて使わせもらっている。食堂では野次馬だらけで話しにくいのだ。この町に訪れてからナマエは物珍しく見られていたので、その存在はほとんどが認識している。さらに夜は酒場で過ごすことも多かったので顔見知りも出来ていた。賊の人質に取られた少年の父は酒場で知り合ったひとりだ。そんな彼女が賊の討伐に大きく貢献しただけでなく王族自らに声を掛けられているとあっては、気にならないでいるほうが難しいのだろう。宿の主人には改めてお礼をしなくてはと、ナマエはコックが腕をふるった料理に舌鼓を打ちつつ考える
「マルス、か…」
食事の手を止めクロムは難しげな表情で呟く。クロム達一行がナマエから聞いた話は、にわかには信じられないものだった
「では貴女はメディウスが最後に放ったブレスを受けて此処に来た、と言うことですか?」
『そう言うことになるかな。もしくはこれらみんな私が視てる夢とか』
「そ、そんな!わたし、夢の中の存在じゃないよ!」
『フフ、わかってるよ』

マルスがメディウスを討ち取ったかに見えたあのとき。最後の最期、命を投げつけるような強烈なブレスがマルスに向けて放たれた。無我夢中だったのでナマエ自身、その瞬間は自分がなにをしたかわからなかった。目覚めたのは草木が生い茂るのどかな森の中だったので、自分が直前まで何をしていたのかしばらく首をひねって悩んだのだが、落ち着いた今思い出すのは自分がマルスを庇ったと言うこと
「…ナマエさんの話が事実だとすると、ナマエさんは遥か大昔の人…ってこと…?」
緊張した面持ちでルフレは言う
『この世界が本当にあなた達の言う通りの世界ならね』
「それは…説明した通りだ。俺たちの住んでるこのイーリス聖王国に伝わる伝承に、いにしえの英雄王マルスが世界を救ったとある」
「ナマエさんの話と照らしあわせて考えれば、ナマエさんは英雄王マルスの時代から二千年も先になるこの時代にやってきた…そしてクロムとリズはその英雄王の子孫…。すごい……こんなことが起こりえるなんて…」
ルフレは興奮した熱を逃がすように溜め息を吐く。だがそれを諌めるようにフレデリクが続けた
「…しかし、貴女の話だとイーリス聖王国は貴女や英雄王の祖国ではないと言うことになります。それに、伝承では英雄王の傍らに仕えた騎士はふたり…“黒豹”と“猛牛”の二つ名が伝わっていますがどちらも男性だったと記録されています。聞く限り、貴女はずいぶんと英雄王に近しい方のようですが、女性で伝わっているのは王妃であると言う“シーダ”の名だけです。先ほどの戦いぶりを見れば貴女が只者ではないことくらい解りますが、それが逆に何故貴女の名が後世に伝わっていないのかと疑いを持たせます」
「フレデリクお前、彼女の話を疑っているのか」
「イーリスの民を救ってくださった方を疑いたくはありませんが、クロム様とリズ様をお守りするのが私の務めでございます」
「で、でもナマエさんみたいにこんなに詳しく英雄王のお話が出来る人なんて、お城の中には居ないし、お姉ちゃんだって出来ないよ?」
「だからこそ、疑ってしまうのです」
「そんなぁ…」

クロムとリズが咎めても、フレデリクは疑惑の眼差しでナマエを見た。ナマエとしては訊かれたから答えただけであって、信じる信じないはどうでもよかった。フレデリクが疑うのもわかる。疑うことも仕事なのだろう、棘を含んだ物言いに感じられないことが何よりの証拠だ。ただ可能性を提示していだけ。彼は彼の務めを全うしているに過ぎない。話をしてみてわかるのは、クロムとリズ、それにルフレも揃って素直で正直で情に厚そうな人物だということ。だからこそフレデリクは家臣として周囲に気を配らなければならないのだろう。二人に詰め寄られても頑として立場を変えないフレデリクを見てナマエは、退役してなお軍師としてマルスに付き従い厳しくも暖かく皆を纏めてくれていたジェイガンを思い出す。ナマエはその気ままさゆえに特に厳しくされたが、それも全てマルスの事、ナマエの事を想ってであるとわかっていたので本気で疎ましく思ったことはない。逃げ出した事は数え切れないが。フレデリクは、ようはジェイガンのような立場なのだろう。聞けば自警団なるものを半ば強引に作ったのはクロムで、リズは我先にとそれに乗っかたようだし、ルフレも何やら訳アリだがクロムが自分の気持ちを押し通して現在は仲間に加わっているらしい。猪突猛進な主君を持つならば一歩引いて物事を視るのも当然だ。まだ若いのに立派だなぁと呑気に考えつつも、フレデリクが言う“黒豹”と“猛牛”が誰を指すのか。自分の知っている人物なのか。訊くのが躊躇われるが怖いもの見たさで気にならなくもない。それにしても自分にそんな二つ名が付いていなくて良かったと、心底ホッとして水をひとくち飲んだ。気づけば食事も終わっている

全員が食事を終えたので、早々に食器を下げてもらい本腰入れて話をすることになる。食事の前にナマエがフレデリクに頼んで、簡単に世界地図を書いて貰っていたのでその紙がテーブルの真ん中にある。先にフレデリクが言った、イーリスはナマエとマルスの祖国では無いとの発言はここから来ている。簡素に書かれた世界地図と、そこに書き込まれた国名を目にしたナマエは小さく唸ったあとにイーリス聖王国は自身の祖国ではないと告げた。それもそのはずだ、地形から見るにイーリス聖王国と記された場所はナマエの時代、大陸の諸国を統率している宗主国、アカネイア聖王国がある場所だった。一方でアリティア王国があったとされる場所はペレジア王国の領土になっており、しかもその周辺地域は邪竜ギムレーが眠りから覚めた際に破壊され、長いこと荒れ地になっているそうだ。二千年も経てば変わるよなぁと少々の感慨を抱きはしたが、ナマエの感想はその程度だった。だが、ペレジアとわだかまりを残したままのイーリス王家の面々にとっては、英雄王の祖国がペレジアにあったとなっては納得いくはずがない。フレデリクがナマエを強く疑うのは其処にもある
『で、話をすると言っても私の話は食事の時に話したことで全てなんだけど、あなた達はまだ聞きたいことが?』
「…私は未だに貴女が英雄王に仕えた方のひとりだとは決めかねています」
「フレデリク」
『いや、いいよ。私だっていま自分が生きてるこの世界を信じきれないでいるんだから、それと同じで私の存在を疑うのも当然でしょう』
「…だが…」
『それにどうやら、信じ過ぎる主君に仕えているようだし、ね』
「…む」

からかうように目配せするナマエにクロムは何とも言い難く渋い表情を浮かべた。それを見てナマエは優しく微笑む。気性はまるで違えど、よく似た髪色の王子様が一生懸命に自分を庇おうとしてくれたのが嬉しかった。ふたりのやり取りを見てフレデリクは二の句を告げるのをやめた。クロムの言い分はよく理解している。幼少より仕えてきた主だ、考え方は手に取るようにわかる。クロムはナマエを好意的に見ている。彼女の言葉を一から十まで信じきっているかはわからないが、少なくとも信じようとはしている。ルフレの時もそうだった。フレデリクはクロムが人を見極める才に優れていると思っている。しかし、勘だけで一国の王子の側に誰彼構わず人を寄せることは出来ないのだ。クロムがじっとフレデリクを見詰めた。目は口ほどに物を言う、まさにそれだ。ナマエはきっと悪人ではない、彼もそう思う。不躾に疑いを掛ける自分に嫌な顔ひとつせず付き合ってくれているし、それを理解してもいる。食事の際に垣間見えた所作は貴族にも近かった。良い出自なのだろう。それでも、ルフレが現れて僅かばかりの間にナマエまでも現れるなんて、不自然を感じてしまう。それがふたりの意志に関係無いとしても。だが、しかし
「フレデリク…。俺は、彼女信じたい」
火の灯る眼差しで言われてしまうと、どうしようもなくなってしまうのだ
「……わかりました。クロム様、貴方の仰る通りに致しましょう」
「フレデリク!」
歓喜の声を上げたのはリズだった。心底嬉しそうにされては、苦笑しか出ない。結局、折れてしまう。なんとも難しい立ち位置だ。小さく溜め息を吐けばナマエに笑われた
「いつまでも疑っていて申し訳御座いません、不快に思われたでしょう」
『まさか。それが貴方の仕事でしょう?似たような人を知っているの、気にしないで』
「…そうですか」
さっぱりとした性格なのだろうか、ナマエの物言いにフレデリクは少し安堵した

「それじゃあ、えー、ナマエ、さん、行く宛は無いと言っていたな?なら、俺たちと来ないか?」
「僕は勧誘出来るような立場ではないけど、でも僕も貴女に来てほしいです。ナマエさんの世界の話を聞きたいな」
「わたしもお話聞かせてほしいなぁ」
「王宮には沢山の歴史書もあるし、此処へ来た原因や帰り方なんかもわかるかもしれない。何か助けになるかもしれん」
「そうだね!ナマエさん、お兄ちゃんの言うとおりですよ!お城にある本の数、すごいんです!」
矢継ぎ早に繰り広げられる会話を止めたのはフレデリクだ。咳払いをひとつ
「みなさん、歓迎したいお気持ちはわかりますがみなさんが話し続けていてはナマエさんが喋れませんよ」
「あ…」
「ご、ごめんなさぁい…」
「す、すまない、つい…」
一様に照れた顔で口を噤む様子に、ナマエはやっぱり笑みを零す。ペレジアに祖国があると聞き、いつまでもこの町に居る訳にもいかないのでせっかくならひと目祖国の跡地を見物に行こうかとも思ったのだが、こうも熱烈に歓迎されたのなら予定を変えるべきだ。それに、歴史書に目を通せるのは魅力だ。可能性は低そうだが、過去に自分と同じ体験をした者の記録があるかもしれない
『ありがとう、あなた達の好意に甘えさせてもらうね。それから、私のことは呼び捨てでかまわないし、敬語も必要ない』
「ああわかった、ナマエ、俺も呼び捨てでかまわない」
「僕も、ルフレでいい」
「わたしも、リズでいいからね」
「私は…こう言った話し方が常なので…」
『気兼ねしないで、話しやすいようにしてくれたらそれでいいの。私もそうさせてもらうから』
少しの間よろしく、とナマエが言い、各々が返事をする

そうして、話はひとまず終わりだと全員が肩の力を抜いた。クロムが今夜は自分たちもこの宿に泊まろうと提案し、リズは野営を回避出来たと喜ぶ。フレデリクとルフレも混ざり、わいわいと談笑する四人をナマエは眺める。彼らにはとても暖かい空気がある。ナマエは四人の様子に自分を重ねることはしなかったが、共に歩んできた仲間の顔を頭に浮かべた
『…いにしえ、か…』
呟きは誰にも拾われることなく消えた

































世界の切れ端の上に立つ



(世界とはひたすら続いていくものだと)(いまさら理解した)














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ムリヤリだけど同行させないことには話が進まぬ

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