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□〈自らを縛る聖なる鎖は、心の安息を約束する〉
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助けて。そのひとことを言ってくれたなら二人を何処へもやらないと。必ず駆けつけると。言ったのは貴女なのに。日に一度ことばにしてみても一向に現れないじゃない。嘘吐きなんて最低なんだから





「ユベロ、ここに居たの。もう行くわよ、早くして」
「あ、ユミナ。うん、ちょっと待って。やっぱりコレも持って行きたくて」
「あんなに沢山の本を持って行くのに、まだ足りないの?」
「う、うん…だって関係無さそうな本にも何か手掛かりが見つかるかもしれないし…」
グルニア王城、かつての我が家にユミナとユベロは帰って来ていた。しかしそれも束の間、これから二人はグルニアを出てアリティアへと向かう。激しく過酷な戦争がようやく終わり、これから世は平定へと向かうだろう。幼いながらに王族であるが故に戦争の渦中へと身を投じた二人は、病死した父ルイ国王亡き今、グルニア王族の生き残りとして難しい立場に立たされていた。本来であればすぐにでも時期国王、王女として民衆の前に出て支持を扇ぎ滞っていた政務に着手しなければならないが、そうするには彼らはあまりに子供だった。加えて戦争時にはカダインで幽閉されていた等、必要な勉強をする時間が少なかった。その為、彼らが正しい知識を有するまでは王位継承は行われない運びとなった。当面はグルニアに長く仕えてきた家臣や、アカネイアの加護の下で国が動いていく。そんなユミナとユベロは勉学の学び舎としてアリティア王国を挙げた。世界を見聞してより沢山の知識を得たいと言葉にはしたが、子供ながらに争いの中で数多くの生と死を見てきた二人は、グルニア解放の際に自国や自分たちを助けてくれたアリティア軍には殊更想い入れがあった

「アカネイアやカダインほどじゃないけど、グルニアにも此処にしかない書物があるから…。出来れば全部読みたいんだ」
「全部って…。どれだけあると思ってるの。わたし達は王族としての勉強もしなくちゃいけないのよ?」
「わかってる、それは勿論だよ」
「勉強もして、さらにこの量の本を読んでたら貴方あっという間に倒れるわよ」
「でもユミナはやってるじゃないか」
「…!」
「ボク、気づいてたよ。ユミナが夜中まで魔導書とか竜族についての本とかを読んでるって」
「……」
「ナマエさんが見つかる手掛かりを探してるんでしょう?」
ユミナとユベロを救ったのは何もアリティア軍だけではない。それより以前には黒騎士団、ウェンデル司祭、ロレンス将軍らが二人を保護してくれていた。それを十二分に理解していても、二人がアリティアに拘るのはひとえにナマエの存在があるからだ
「…わたし達、沢山の人達に助けられてきたけど…マルス王子の命令があっただけかもしれないけど…でも…“助けて”って言って助けてくれたのは、あの人だけだったわ。…そもそも“助けて”なんて本気で言ったのはあのときが初めてなのだけど」
「…うん。“助けて”って言ってもいいんだって教えてくれたのは、ナマエさんだ」
王族だからわがままを言ってはいけないと思っていた。子供だから誰も言葉を聴いてくれないと思っていた。戦争が起きたから、為すすべなく死んでしまうのも仕方ないと思っていた。けれど、どれも違った。違うと言ってくれた。声に出して、どうにかして欲しいと言ってもいいのだと。此の場所が嫌なら。あの場所へ行きたいのなら。自分の力だけではどうにもならないなら。誰かの手を掴んでムリヤリにでも振り向かせればいいと言ってくれたのはナマエだった。そうしてようやく声に出した“助けて”はナマエが拾ってくれた

ホルム海岸でオグマと、シリウスと名乗った仮面の騎士が二人を守りながらバイキング達と交戦したが、高い実力を誇るオグマとシリウスでも数の多さに圧されつつあった。ユベロは恐怖に潰されそうだった。ユミナも、気丈に振る舞ってはいたが震えが止まらなかった。そこに光がひとすじ差すかのごとく現れたのはナマエだった。グルニアでラングに連れ去られる直前に見た人だった。ただひとり、剣を抜きラングに斬りかからんとしていた人。鮮明に思い出せる。声を出せと言ってくれた人
―――マルス様がご命令なされないのであればお二人から直接頂きます!ユベロ様ユミナ様!!仰ってください!!あなた方の望む通りになさいましょう!!
ジェイガンの制止により二の句を告げれずにいるマルスに代わって二人からの言葉を求めたナマエ。しかし鬼気迫る状況の中、言葉を紡げずにいた二人を嘲笑い、ラングは去って行く。結果として、この時の出来事がマルスの背を押しアカネイア―――ハーディンへの反旗を掲げることとなったのだが。それともうひとつ。このときがあったからこそ、ユベロとユミナの切なる想いが音となる

―――助けて…、助けて!助けてっ!!
ナマエの姿を目にした瞬間、無意識に叫んでいた。こんなふうに無我夢中で助けを求めたことはなかった。怖がりで気の弱いユベロにだって、王子としての立場がそれをさせなかった。自分たちがそれを望めば、動いてくれる人達が居る。自身の全てを犠牲にしても護ってくれようとする人達が居る。だからこそ言えなかった。自分を護ってくれる人達の命をこれ以上散らせることなど出来ない。ロレンスは自分たちを生かす為に死んだ。途方もなく哀しくて、何も出来ない自分が悔しくて、護られるのが辛いとさえ思った。それでも心の底にあった。生きたい、死にたくない、どうしてこんな目に。自分じゃどうにもならない。苦しい。だれか、たすけて。望むのはそれだけ

それは、男性騎士ばかりだったグルニアで育ったせいもあったかもしれないが、深いネイビーブルーをした長い髪をなびかせながら剣を振るう姿は輝いてすら見えた。目が合って、不安を取り除くように微笑んでくれたのを忘れない
「強くなろうって、戦えるようになろうって、ボクあのときやっと決心したんだ。怖かったけど…今でもやっぱり怖いけど…でも、強くなりたいって。あのとき思ったんだ。ロレンスのときみたいなのはもう嫌だった」
「ユベロ…」
「ボク、臆病だから疲れちゃうときもあるけどさ…。でもそれだって、甘えてもいいよってナマエさんが言ってくれたから」
世界はどうにもならない事だらけだ。自分たちの立場がそれをさらに加速させている。子供らしく、なんて誰もさせてくれない。それでも居心地好い甘えられる場所を探してしまうのは、やっぱり子供だからだ。まだ幼かったマルスが稽古に疲れたときは母と姉が優しく慰めてくれていた。それすら奪われたユベロとユミナを見て、ナマエは何を感じたろうか
「頑張るだけでもダメなんだって。少しテキトーなくらいがいいとも言ってたっけ」
「…やだあの人、そんなこと言ってたの?本当にテキトーなんだから」

しかめっ面で話を聞くユミナにユベロはにっこり笑う。自分とは違い、王女として常に強く気丈でいようとする双子の姉が本当は寂しがりなのだと知ったのは、ナマエと出会えたからだ。ナマエが消えてしまったと知らされた日以降もユミナはあまり変わらずに見えた。泣きじゃくったユベロと比べたら冷たいとすら思えるくらい。けれどユベロはあるとき気がつく。ユミナが日に何度か、必ずナマエの話題を出すことに。それは文句だったりグチだったりが多いが、何度も繰り返し言うのだ。ユベロは最初こそナマエの話をすると会えない淋しさでいっぱいになって、ユミナの話を聞くのが嫌だった。でもそれを告げたときのユミナが一瞬、泣き出しそうになったのを見てユベロは自分が勘違いしていたのだと気付かされる。寂しいと言えない彼女は代わりに何度もナマエの名前を呼んでいる。そうやって、寂しいと訴えていた。ユミナが沢山の本を読み漁っている事を知ったのも同じ頃だ。寂しいから何度も名前を口にする。また会いたくて探してる。それだけの、単純なことだった

「…ユベロ、わたしはアリティアで少し過ごしたらアカネイアへ行くわ。パレスで勉強するの」
「ええっ!?ユミナもずっとアリティアに居るんじゃなかったの?」
「国の再建に忙しいマルス王子に負担を掛けるわけにはいかないわ。それに…別々の場所に居た方が沢山の情報を集められるじゃない」
「ユミナ…」
「マルス王子や他の人達もいろいろ探してるわ。きっと、わたし達なんかよりもずっと沢山。でも、だからって何もしないのは嫌なのよ」
きゅっと握りこぶしを作ったユミナはユベロを見据えた。迷いの無い眼差しは、どこかナマエを思い出させる。ユベロは応えるように静かに頷いた
「さあ、もう本当に急がなくちゃダメよ。わたしも手伝うからさっさと終わらせましょう」
「うんありがとう。……ねえユミナ、ナマエさんに会うまでに沢山勉強して、強くなったらナマエさんは褒めてくれるかなぁ」
「さあどうかしら。もっとテキトーでいいとかなんとか言うかもしれないわよ」
「あはは、そうだねそうかも。…でもそうしたら、息抜きだって言って遊びに連れてってくれるかも」
「まったく、騎士のくせに王族を連れ出すなんて呆れる人よね」
「そのときは、ユミナも一緒に行こうね」
「…わたしが首を横に振ったって、どうせ連れてくでしょ。ナマエさんなら」

そうして手を引かれ連れ出された先でユベロと貴女が笑ったら、わたしもつられて笑うでしょう。何も出来ないわけじゃない。ちっぽけだけど、ちっぽけなりに出来る事がある。いつか彼女に再会したとき、胸を張って貴女を探していたのと言えるように。それからそのあとで、嘘吐きなんて最低よって言って困らせてやるんだから

































神様を見つけられなかった代わりにキミに出逢えたならそれでいい



(生きる希望と世界の優しさを思い出させてくれたひと)























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立派な子達だよほんと…

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